第782話 次なる花嫁
皆好き好きに席を立っている。男だけで、女だけで……はもう少し続くと思ったが、今や立食パーティーだ。僕もグラスを持って歩いてみようか。
『神父様!』
立ち上がってすぐ零の元へ行き、彼の隣に座った。
「あぁ、主役さん。おめでとぉ」
『は、はい……ありがとうございます。来てくれて嬉しいです。ツヅラさんは?』
「そこに置いてあるよ」
机の上に乗った生首がストローで酒を飲んでいる。
『え……と……』
分かっていてもツヅラが食事や酒を楽しむ光景は衝撃が強過ぎて、話そうと思っていた内容が吹っ飛んでしまった。
「……癖は、どうかなぁ?」
『え? あぁ……癖……そうですね、神父様に話してからは、まだ……』
「そっかぁ。ゆっくり治していくんだよぉ」
心身共の自傷癖は以前のように頻繁に出てはいない。自信がついたからか、実力が備わったからか、責任が重くなってきているからか──きっと全てが作用しあっているのだろう。
零がツヅラにローストサーモンを食べさせているところを眺めながらぼうっと考えていると、肩を叩かれた。
『ぁ……えっと、アルテミスさん』
「結婚おめでとう」
『…………ありがとうございます』
「何よその嫌そうな顔! 招待しておいて!」
僕が招待したかったのはヘルメスだけで、国王同士だからと一応トリニテートも招待しなければならなくて、それなら──とついでにやっただけ。
『アルテミスさんは獣婚気持ち悪いとか言うんでしょ、どうせ。そんな人に祝いの席にいて欲しくありません』
「言わない! 何よ、純粋に祝福してやろうと思って来てやったのに!」
『…………男漁りでしょ?』
「……話が早くて助かる。協力しなさい」
純粋に──とか言ったばかりだろう。何なんだこの人。
『勝手に漁ればいいじゃないですか……』
「ほとんど初対面ばっかりなのよ、紹介しなさい」
『えー……めんどくさい』
ツヅラがローストサーモンを食べ終えたのか、零が顔を上げる。僕は彼の肩に手を置き、アルテミスの方を向かせた。
『神父様はどうですか?』
「一日中不気味な仮面つけて生首抱えてるような男絶対に嫌よ!」
「えっ……と、王女様? 零、何かしたかな……」
突然「絶対に嫌」なんて言われたら当然戸惑う。アルテミスは王女のくせに失礼な言動が多い。
「優しそうだしイケメンだけど、一人称が名前とか痛すぎんのよ!」
『それは分かりますけど』
「え……? 魔物使い君?」
『せやな、俺も会った時から思ってたわ』
「りょーちゃんまで……!?」
次、と言って僕の腕を引っ張るアルテミスは落ち込む零に見向きもしない。
『ツヅラさんはどうなの? 今は生首だけど人魚だし美人だよ?』
「整ってても魚ヅラは嫌いよ」
確かに魚っぽい顔をしているし若干魚臭い。
『アポロンさんは? 君の方行ったけど……』
「にぃはお酒弱いのよ」
飲ませて潰した、と? 訝しげな視線を向けるとアルテミスは黄金色の酒が入ったグラスを揺らし、片目を閉じた。
進行方向に視線を戻す途中、アルテミスは一人集団から離れ壁に背を預けグラス片手に微笑むサタンを見つける。
「……何あのイケメン! ちょっとSっ気ありそうだけど笑顔優しいじゃない、最高……!」
司会の顔も見ていないのかこの女。しかし妙だな、サタンは大勢の歓談を慈しむような性格ではない
「ねぇ、あのイケメンの名前は?」
『サタンだけど……あの人既婚者だし子持ちだし悪魔の王で』
「サタンさーん! ちょっとお話しませんかー?」
名前しか聞いてくれなかった。
『……構わないが』
「やだ……声も素敵」
『何か用か?』
兄に惹かれていた時にも思ったが、アルテミスは男を見る目がない。零とツヅラを早々に切り捨てたのもそうだ、彼らは独身で優しくて見た目も良くて……そういえば収入は無いな。
「え、えっと……ア、アタシ、アルテミスっていいます。神降の国の王女です」
僕にあれだけ強く出れるくせに意外と人見知りなところもある。
「あの、サタンさん……女性の好みとか、聞いても?」
好意があると分かりやす過ぎるだろう。
アルテミスの直球勝負に鈍感な僕でも気付いた、当然サタンも気付き、爬虫類のように細長い瞳孔を膨らませてグラスに隠した口元を嗜虐的に歪めた。
『……そうだな。長い髪の女性は好きだ』
スッとアルテミスの髪を軽く持ち上げ、優しく微笑む。
『そう、君のような……』
『てめぇの好みはショートだろうがクソトカゲ!』
ベルゼブブがサタンの足を蹴りつけ、サタンの気取った台詞は止まる。小柄な彼女は大柄なサタンの影に完全に隠れてしまっていただけで、最初から隣に居たらしい。ベルゼブブと話していたから笑っていたのだ。
「な、何アンタ……あ! この間国に来た化け物食ったチビじゃない!」
『誰が化け物チビだクソビッチ死ね!』
「はぁ!? 何なのよアンタ!」
随分機嫌が悪いな。バアルを喰ってからキレっぽくなっているとは思っていたが、今怒る理由はなかっただろう。
『ブブ、やめないか』
『触るなヤリチン!』
『……余は妻一筋だ!』
『冷たっ! 何すんですかクソトカゲ!』
サタンはベルゼブブを窘めたものの罵倒に対して容易に激怒し、グラスの酒をベルゼブブにかけた。属性として怒りっぽいから仕方ないとはいえ、悪魔の王達がそう簡単に喧嘩しないで欲しい。
「…………行きましょ」
『あ、はい……』
「アタシ、見る目ないのね。最初はアンタの兄貴で、次がDVしてそうな既婚者……」
『あ、どっちかって言うと尻に敷かれてるみたいだし浮気も何回もされてるみたいだし、それでもすっごい好きみたいだから暴力とかはないと思うよ』
「…………可哀想な男ね」
悪魔の王を鼻で笑うなんて命知らずだな。
僕は背後の乱闘間近の悪魔達を放ってアルテミスについて行く。
『……あ、ほらほら兄さん、あれが僕に惚れてた馬鹿女』
道中、兄達とすれ違う。
「アンタみたいなクズに惚れてなんかな……い…………嘘、怖いくらいにイケメン……」
ライアーは兄にがっしりと腕を掴まれて不愉快そうな顔をしていたが、それでも人間ではないと確信できる美貌を持っている。
『ライアー兄さんはにいさまみたいに性格歪んでないからオススメだよ』
「このイケメンもアンタの兄さんなの……? え、でも……顔が良過ぎて怖い。やめとく……」
アルテミスは怯えた顔で首を振り、僕の背に隠れる。
『……この子何? ヘル』
『結婚相手募集中なんだって』
『そっか。なら他当たってね、ボクはヘル以外の生き物に興味ないから』
『僕もー』
嬉しいけれど僕以外にも少しは目を向けた方が幸せになれると思う。
兄達に手を振って別れを告げ、また歩く。
「……ねぇ、ブラコン生成機」
『その呼び方やめて』
「優しくて痩せてない細身でアタシより背が高くて人間の範疇のイケメン居ないの?」
早口なのにしっかりと聞き取れる。
『……結婚相手探してる貴族が居ますけど、ハーフです』
「あら、いい感じ。何とのハーフ?」
『吸血鬼……ですけど』
「……とりあえず見てみる」
そんな物件探しみたいな。ボソッとそう呟くと「大して変わらない」と返ってきた。
床に転がったアポロンを跨いで席の隅でトマトジュース割りを飲んでいるヴェーンをに声をかける。
『ヴェーンさん、ちょっと』
「おぅ、何だ」
「…………こんにちは」
「あぁ、えっと……隣国の王女様? これはこれは。ヴェーン・アリストクラットと申します」
ヴェーンはその場に立って深々と頭を下げる。そういえばアルテミスへの対応の正解はこれだな……腐っても王女なのだから。いや別に腐ってはいない。
「アルテミス・ハイリッヒです。隣、座っても?」
「どうぞ」
好感触だ。僕はもう邪魔者だろうと離れようとしたが、アルテミスにベルトを掴まれたので仕方なく留まった。
「え、と……女性の好みとか、教えてもらえませんか?」
「え? 好み……そうですね、瞳の綺麗な方でしょうか」
「ア、アタシは……どうですか?」
真正面からの勝負しか知らないのか? まぁ、アルテミスの瞳は美しい金色だ、希少価値としてもヴェーンの好みには当てはまるはずだ。問題は──
「…………美しい」
「ほ、本当ですか? それなら……」
「寄越せ」
ヴェーンは机の上にあったスプーンを掴み取る。僕はアルテミスの顔の前に手を広げ、眼球をくり抜こうと迫ったそれを受け止めた。
『アルテミスさん、ヴェーンさんはこの通り眼球蒐集家だけど、どう?』
「ナシに決まってんでしょ!?」
酔っていたんだとのヴェーンの弁明を聞かず、アルテミスは席を立つ。
「……ぁ、王女……や、やばいよなこれ、外交問題じゃ……」
『上手くフォローします。酔い覚ましててください』
「悪いな、頼む。あと酔いはもう覚めたぜ、血の気まで引いたわ……」
趣味以外は常識人だからあまり責める気にはなれない。仲良くなれた理由の一つだ。
トマトジュースを貰おうかと机に伸ばした手を戻ってきたアルテミスに掴まれ、引っ張られ、僕は再び男漁りの付き添いになった。
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