第781話 二次会

酒色の国でも古い店、過去はBARだったらしいホストクラブ。以前来た時に言われた「二次会にでも……」との社交辞令を本気にして二次会会場に選ばせてもらった。


『きょーぉおっだいっ!』


透けていくカヤに礼を言っていると赤銅色の塊が──いや、カルコスが飛びかかってきた。アルの元に飛んできたようだが、彼の巨体は僕を巻き添えにした。


『痛いよカルコス……もう』


僕など眼中にないカルコスの下から抜け出し、立ち上がる。赤銅色の翼に包まれて、同じ色の鬣を生やした獅子の顔を頬に擦り付けられているアルは鬱陶しそうに顔を顰めていた。


『兄弟、兄弟! まさかあんなことを思っていてくれたとは!』


『……世辞だ』


『我は姉様と兄様と姪様を命に替えても守ると誓うぞ!』


いつかの堕天使との戦いで自爆したことを思い出すと笑えないな。


『離れろニート。お前はニートなのだから有事の際に盾になるのは当然だ』


カルコスはこの店で働いているのにまだニート呼ばわりされているのか。


『ふん……しかし、お前があんなことを思っていたとはな。普段の態度からは考えられん、素直じゃない奴だ』


『世辞だ』


クリューソスは二対の白い翼を器用に曲げてカルコスを引き剥がしてアルを抱き寄せた。


『言葉と態度が冷たくとも本心はもう分かっている。魔性のお前に触れるのはやはり気分が悪いが──』


『なら寄るな鬱陶しい』


『──たまにならお兄様がこうやって甘えさせてやってもいいぞ』


『要らん』


そういえばアルは姉でもあって妹でもあるのか。そう考えると……何か、萌える。


『……おとーと』


クリューソスの抱擁から逃げようともがくアルを眺めていたら背後から兄の抱擁を受けてしまった。


『何、にいさま』


『……うぅん、僕のことちゃんと家族だって思ってくれてたんだなって、嬉しくて』


あのスピーチが本心だと思っているのだろうか、僕がスピーチで本心を語るような奴だと思っていたのだろうか。


『まぁ、披露宴のスピーチだからね……信用はしてないけどさ、でも、嘘でもああ言ってもらえたら嬉しい生き物なんだよ、兄ってのはさ』


信用していないのはいいとしても本人に言うのはどうかと思う。兄らしいと言えばそれまでだけれど。


『……ねぇ、おとーと? 僕は一生君の傍に居て、君に尽くすよ。下僕なんだろ? 所有物はちゃんと握っておいて欲しいな』


『…………! もちろん!』


『何、僕に結婚して欲しいんじゃなかったの?』


『相手可哀想だし、にいさまが僕を一番に見ないとか考えたくないし』


『ふふ……僕も。君のお兄ちゃん以外の称号なんて要らないよ』


あぁ、何故だろう。僕も兄も気持ち悪くて仕方ないのに、正しくそう感じられているのに、嬉しくて仕方ない。

人はきっとアルのように美しいものだけを好きにはなれないのだ。兄のように気持ち悪いものも求めてしまうのだ。それこそが人である証だとしたら、人間ではなくなってしまった僕にはどれだけ嫌悪したとしてもあって欲しい習性だ。


『とーぉーりょぉー! こっち来いや! 野郎だけで飲むで!』


『……馬鹿っぽいのが呼んでるけど、どうするの?』


『行くよ。あと、酒呑は意外と頭いいから』


『意外ってなんや!』


聞こえたのか。十メートル以上離れていて小声だったのに。


『……淑女だけで飲みましょうか、先輩。結婚生活の愚痴でも自慢してくださいな』


ベルゼブブが酒呑達を真似てアルを連れて行ってしまった。せっかくなのだから全員で楽しみたいのだが──まぁ、酔ってきたらそうなるか。


『ね、ねぇ魔物使い君。ボクどっち行けばいいかな、どっちにもなれるんだけど……』


セネカは異性恐怖症だし、酔い潰れるまでは男女分かれていた方が良いかもしれない。


『話に一段落ついたら移動とかにすればいいんじゃないですか? せっかくどっちにもなれるんですから』


『それいいねぇ。流石! じゃあ結婚生活の愚痴を自慢されてくるー!』


さっきも思ったけれど、愚痴の自慢って何だろう。

聞く気も起きない程度の疑問を抱えてむさ苦しい机に移動する。


『みんな正装で何かイメージ違うね……何か亡霊みたいなのも見えるけど』


生首を抱えた悪疫の医師、ホラー演劇の主人公か何かか?


『亡霊? 僕?』


ぬ、と白い仮面が目の前に浮かぶ。演劇と言うならこっちだったな。


『……ハスター。えっと、お酒飲めるの?』


『実体化すれば飲めるよー、うん、甘いの欲しいなー』


『と、とりあえず座って……』


『さっきの会場にお祝い置いてきたから、後で見てね』


『そこ机だよ。椅子に座って』


何をしでかすか分からないので隣に座らせておこう。黄色い布が隣に浮かび、白い仮面が布の中で持ち上がる。布の内側が深淵に代わり、布の裏が見えなくなり、そこから触手が伸びてグラスを絡めとった。


『…………か、かんぱーい!』


全員と届く距離ではないので、軽くグラスを持ち上げるだけの乾杯を済ませ、一様に一気飲み。


「新支配者殿、いえ、酒色の国国王、この度はおめでとうございます」


ハスターは右隣に座っていて、僕の左には椅子はない。その左側に神降の国国王が──トリニテートが跪く。


『あ、ありがとうございます……えっと、二次会は無礼講……? ってやつで……いこうと』


「一応ご挨拶は必要かと。では、無礼を……綺麗なねーちゃんの席に突撃を。それでは新支配者殿また今度!」


目にも止まらぬ速さでトリニテートが淑女達の席に突っ込む。まぁ、アルは手を出されないだろうし別にいいか。

新たに注がれたグラスに手を伸ばす。掴む寸前、今度はヘルメスがやってきた。


「魔物使い君おめでとう! いやぁ国王様になるとか本当驚きだよ結婚と娘さんのこともね! また改めて話したいけどまずは奥さんと娘さんのお顔見たいから俺も向こう行くね! 一番胸おっきい子の名前と髪色教えて!」


『……ベルフェゴール、紫』


「あっりがとぉー! ホントに君とは話したいことあるんだけどやっぱおっぱいには勝てない……!」


ヘルメスもトリニテートと同じく目にも止まらぬ速さで駆けていく。流石は親子、似ている。

ノンアルコールカクテルを片手に謎の感慨にひたっていると、また左側に跪く者が。


「父と弟が本っ当に申し訳ない……!」


『ア、アポロンさん……やめてください、大丈夫ですよ。そんな』


「いや、もし彼らが女性達に過剰なスキンシップを強いたらと思うと……」


『ほとんど人間じゃないので強いるのは無理ですって、本当、多分大丈夫ですから頭を上げてください』


「……乱闘でも起こったら」


食い下がるな。謝罪を強行する人を止めるのは面倒なのだ、僕は他の者と楽しい話がしたいのに。


「もしそれに我が愛しの妹が巻き込まれたら!」


『……行きたいなら好きに行ってきてください。そもそもどうして分かれたのかって感じですし』


「ありがとうそれではまた改めて!」


親子だなぁ。

アポロンを見送り、カクテルに浮いていたサクランボを口に含む。


『……なんであんなに女の子の席行きたがるの?』


右隣、僕の目の高さに浮いた白い仮面が傾く。


『女の子が好きなんだろうね』


『…………盛ってるの?』


『悪く言えば』


『ふーん……ぁ、ねぇ、この細長いの何?』


ハスターは触手に串揚げを絡めて持ち上げた。


『イカの足のフライだね』


『………………そっか』


イカの足っぽいの生やしてるくせにイカの足食べるんだな。


「……魔物使い君、そろそろ空いたかな?」


左隣に白い布が──いや、白布の目隠しをしたウェナトリアが屈む。片手にグラスを持ち、唯一表情を伺える口で微笑んだ。


『ぁ、はい、ハスター、ちょっと詰めて』


『うん。にゃる君、膝座るね』


『は!? ちょっ……ぅっわぁ! ぐじゅにゅるって……何!? 何これ! 膝に何乗ってんのこれ!』


『僕だよー』


隣が騒がしいな。そういえばハスターの隣はライアーだったか。


『……すいません騒がしくて。あれからどうですか? 植物の国の方は』


「あぁ、万事順調さ。ホルニッセの娘さん達は時折突っかかってくるけれど」


そこは本人達次第だな。僕が首を突っ込むことじゃないし、突っ込んでもどうにもならない。


『ご家族と来たとか……ツァールロスさんですか?』


「あぁ、ツァールロスと姫子。それに影美も」


『えみ……?』


「姫子の義理のお姉さん。君には姫子のことと自分のこと、両方の恩があるから直接お礼を言いたいんだと。今は向こうの席にいるけれど、そのうち来ると思うよ」


自分のこと……ナハトファルター族が攫われた時のことか。直接助けたのは僕ではないし、僕は僕で勝手にナイの遊びに巻き込まれて死にかけたけれど、向こうは恩を感じたのか。

女性達の席の方を見て、自分のしてきたことを考えて、何だか誇らしくて頬が熱くなった。

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