第775話 生放送
ウェディングドレスのデザイナー探しをヴェーンに頼み、クラールをアルとフェルに任せ、僕はインタビューを受けていた。立場上取材を申し込まれることは多い、普段は政策などはライアーに発表まで全て任せていたが、今日は出ることにした。
『──それでは、結婚を発表された件について……』
映像だけでなく音声でも放送されていること。国中に放送されていること。生放送であること。
それらが僕が今日自分で出ると言った理由だ。
『結婚そのものは前からしてましたよ。ただ、タイミングが悪くて式を後回しにしていて……改革も落ち着いてきましたし、そろそろかな、と』
『なるほど。では、奥様……王妃様の人物像をお聞かせ願えますか? 国民は皆気になっていますよ、雑誌などの媒体から国王様の愛妻家っぷりは知れ渡っていますから』
これまでにもライアーで止まらなかった取材は幾つか受けた。詳細は覚えていないが、確かにアルのことを話したように思う。
『……カメラ、近付けて頂いても?』
『はい……? はい、構いませんが……カメラさーん?』
好機だ。
僕は近付いたカメラを真正面に見据え、目を見開いた。
『……僕の妻はとても美しい女性です。強く、気高く、美しい……僕には勿体無いくらいに素晴らしい人です。式の日にはあなたもそう思う。美しいと、完璧だと、惚れ惚れする』
キィン……と耳鳴りが始まる。それと同時に魔物使いの力を使っている時特有の高揚感が膨らみ始めて、薄ら笑いを浮かべた。
『あなたは王妃を美しいと讃え、王妃だと認める。僕があなたの支配者であるように、彼女はこの国の王妃だ。民に望まれ、愛される王妃だ』
ゆっくりと目を閉じ、頭を下げる。
『……妻をよろしくお願いします』
完璧だ。
カメラを元の位置に戻してもらい、取材に来た吸血鬼の女性の方を向く。彼女はぼうっとした顔をしていたが、すぐにハッとして咳払いをした。
『え、えぇと……式は税金の無駄遣いという意見もありますが……』
『式に税金は一切使っておりません。税収と使い道につきましては完全公開しておりますので、ご確認ください。式に使う金銭の出処などにつきましても公開予定ですので、お待ちください』
女は横目でカンペを確認し、まだまともに働いていないだろう頭で質問を重ねる。
『王妃様はこれまで全く露出してきませんでしたが、何か理由が?』
『照れ屋さんなんですよ。可愛い人です』
『はぁ……王城に出入りしている赤髪の女性が居るとの噂がありますが、彼女なのでしょうか』
メルのことだろうか。確かにレストランの昼休みに王城に通う彼女は異様だろう。移動中に囲み取材なんてことになったら可哀想だし、何か策を考えるべきか。
『……いえ、僕の思っている人物のことならば、彼女は非常勤の職員です』
『王城の敷地内に突然小屋が建ったとのことですが……』
『あれは高位の悪魔が勝手に建てたもので……協力関係にあるので問題はありませんが、次からは相談するように言っておきたいですね』
ベルゼブブが勝手に建てた空軍本部のことだな。王城内の部屋を借りれば良いだけだというのに、自分だけの家が欲しい年頃でもないだろうに。
『国王様が突然現れたり消えたりするという噂の真意は……?』
『空間転移ですね。僕の兄が得意なので、急ぐ時に使ってもらっています』
『兄というのは秘書の方のことですか?』
『はい、彼ともう一人兄が居ます。それに弟も。四人兄弟なんです』
今日はライアーを見ていないな、式場の設計でもしているのだろうか。
『──そろそろお時間です。結婚のご挨拶の取材もさせていただく予定なので、その時もよろしくお願いします』
『はい、それでは……』
『あ、国王様、あちらのカメラに』
促されて手を振る……本当にこれでいいのだろうか。国王の挨拶にしては緩い気がする。まぁ、自発的にやった訳ではないのだし、別に批判されることはないとは思うけれど。
一応頭を下げて、放送は終わりだ。取材関係者達と
雑談混じりの別れの挨拶を交わし、王城の門まで見送る。門を閉じ、王城には戻らず掘っ建て小屋に入る。
『あ、いらっしゃいませ、魔物使い様。放送聞きましたよ、思い切ったことしましたねー』
小屋の中には机と椅子しかない。机の上にあるのもラジオとランプ、それに買い溜められたお菓子だけだ。ベルゼブブは空軍本部だと称しているが、子供の秘密基地ではないか。
『家にはテレビもラジオもないからね』
約束の抜け道を通ったのがアルにバレる心配はない。
『誰も興味ありませんもんね。私は割と好きなんですけどねー、七割AV二割下ネタでCМも酒と風俗店の宣伝ばっかり……』
だから家の者は誰も見ないんだろうな。
『残り一割は?』
『今みたいなマトモなニュースですね。ま、ニュースある時の特別番組ですから一割もないかもしれませんが……』
政策とか法案とかちゃんと知れ渡っていなさそうだな。国営放送を作った方がいいかもしれない……誰も見ないか、AVには勝てなさそうだ。
『しっかし魔物使い様、放送された声聞くだけで洗脳できるとは……成長しましたねー』
『洗脳って……人聞き悪いなぁ。アルが綺麗なのは本当のことじゃないか』
『ならそのまま出せばいいじゃないですか。予防線張っとくってことは魔物使い様が先輩の美しさを信用してないってことでしょ?』
『……まぁ、僕も完全に盲目になってる訳じゃないからね』
どれほど美しくても魔獣は魔獣。人との、それも国王との婚姻をよく思わない者はきっと多い。アルはそれを気にしているから、そんな意見はアルには聞かせないようにしなければならない。
『別に悪影響ないだろ? 国民みんながアルを王妃として認めて愛してくれるだけ。国民の嗜好を変えた訳でもない』
『国民総ズーフィリアとか恐ろし過ぎますからねー……』
僕が出演した生放送が終わった後は風俗店や酒店のCМが流れていたが、それが終わると女の艶やかな声が流れ始める。
『……声だけで楽しい? これ』
ラジオの電源を切り、静かになった小屋の中ベルゼブブに訝しげな視線を向ける。
『私性欲ありませんから、特に興奮したりとかはないんですけど……たまにギャグなのかっていう言葉責めあって楽しいですよ』
変な楽しみ方をしているんだな。
『テレビは買わないの?』
『そこまでの興味はないんですよね……放送局に置いてある科学の国からの盗品見てしまいまして、あの画質見たら酒色の国の模造品の画質の低さが耐えられません』
酒色の国の科学力は科学の国からの盗品の解析力に直結している。悪魔らしいと言うべきだろうか。
『……ぁ、式の招待ベルゼブブに頼んでたと思うんだけど、どんな具合?』
『ちょっと待ってくださいねー』
ベルゼブブは紙束を取り出す。国外の知人に送った招待状の返事だ。
『えー、神降の国国王、第一第二王子に王女が出席。神父共も出席。希少鉱石の国国王欠席。錬金術師二名出席。マンモン出席。マルコシアス、アガリアレプトも出席。植物の国国王も出席……家族連れを希望。こんなもんですかね……』
『みんな来てくれるんだ、よかった。希少鉱石の国の王様が来ないならちょっとくらい弾けても大丈夫だね。希望はOKしておいて』
神降の国の王族は誰かが残ると思ったのだが、全員国を離れて大丈夫なのだろうか……まぁ隣国だし平気か。
『強力な悪魔が集まりますねぇ……天使来そうじゃないですか? 結界のメンテするよう兄君に言っておいてください』
『分かった。それじゃ、また後で』
小屋を出て王城に向かう。忘れないうちにライアーに伝えて、式場の設計を確認して、それが終わったら家に戻ろう。
頭の中で予定を組み立てながらドアノブに伸ばした手に触手が絡んだ。
『……聞いたよ。酷いよ』
同時に聞こえた落ち込んだ声に振り向く間もなくもう片方の腕や足にまで無数の触手が絡みつき、体を持ち上げられる。腕を顔の隣に持ち上げた状態で拘束され、首にまで巻き付き、僅かに服の中に侵入し、口も押さえられる。
しかし、僕は焦ってはいなかった。ただ「失敗したな……」と軽い後悔だけを抱いた。
『不老不死になってる錬金術師達が話してたんだ〜……式に何を着ていくかってね。酒色の国の王様の結婚式、そりゃあ彼らには名誉なことだ、恩人だとしても今は立場が違うからね〜。自慢できることだ、自慢はしてなかったけどさ〜』
口を押えていた触手が離れ、頬の隣で先端が割れて歯のない口のようになり頬を摘んで引っ張った。
『いふぁいよ……』
『僕、友達だよね〜? うん、友達だ。式の招待は友達にするものだよね〜。人間の文化は勉強してるんだよ〜? 僕』
頬を摘んでいた触手が離れ、額を小突く。
『ごめん……その、蔑ろにしたとかじゃなくて、ベルゼブブは君のこと知らないから、招待状渡せなくて…………君、呼んでも来なさそうだし』
『来るよ〜、行くよ〜、友達だもん』
『いや、本当に……ごめん。じゃあ招待させてもらえる? 僕の結婚式に来てください、ご出席いただけますか、ハスター様』
『行く〜』
パッと触手が消え、扉の前の石段に落とされる。膝と脛を打ってしまった、かなり痛い。痛みに悶えつつ振り返るとふよふよと浮かぶ薄汚い黄色い布と白い仮面があった。
『えっと、確か〜……贈り物するんだよね? うん、準備しておくよ〜。ばいばいター君』
次の瞬間には布と仮面も消えた。
『祝儀ならお金でいいんだよー……痛たた、そうだ、引き出物考えておかないと……』
痛覚を消し、腫れと砕けた骨を再生させる。
ハスターからの贈り物がまともで場所を取らないことを祈りつつ、王城に入った。
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