第403話 相談と銃撃

都合が悪くなったからと人格を交代されては、まともに脅しがかけられない。そもそも脅す必要はあるのかと聞かれたら僕は何も答えられないけれど。


「おーさま……おーさまは、ぐろるにひどいことしない?」


「しないしない。グロルちゃんにはしないよ」


グロルを宥める僕を肴に、フェルはアルにもたれかかって期限切れの茶菓子を食べていた。


『には、ってことはさ、さっきの奴の時はやるってことだよね』


『……私がやらせん。子供の見た目のものを傷付けては、ヘルはより深い傷を負う』


『…………愛されてるねぇー、お兄ちゃんは』


アザゼルになったらまず斧の持ち手で殴ってやると決めている。傷が残らなければグロルは何にも気が付かないはずだ。


「にいさまはまだかな。ランシアさん、そろそろ……」


『そうだな、埋葬してやらなければ』


『じゃあ、僕呼んでくる』


「あ、待って、一人じゃ危ない……トールさん、フェルの付き添いを……」


僕達は再び家の裏手に回り、本人には聞こえない最後の挨拶と準備を済ませる。そのうちに不機嫌そうな顔の兄がやって来て、フェルが何処からか摘んできた花をランシアの胸の上に置いた。


「……にいさま? どうかしたの?」


フェルとグロルが泣きながら別れを言って、トールが穴と墓標を用意している間に、僕は兄のストレスを緩和する事にした。

僕もランシアには世話になったが、フェルを見ていると冷静になってしまって、どうにも涙が出てこないのだ。


『ん、あぁいや、別に。ただ、もうちょっとあの天使で遊んでたかったなぁって思ってただけ』


「オファニエルさん? えっと……殺したの?」


『天使ってどうやって殺せばいいか分からないんだよね。飽きたし、魔法解いたら飛んで逃げちゃった』


「十六夜さんは?」


『あぁ、普通に置いて行かれてたよ。出血多いしそのうち死にそう……って、ヘル、そんなに気になるの?』


あぁ、この流れはまずい、面倒だ。兄に他者を気遣っている面を見せると不機嫌になる。ついでの情報収集で本末転倒となっては洒落にもならない。


「ううん、復讐しに来たしたらやだなって。にいさまが居たら平気だけど、何回も撃退してたら僕に構う時間減っちゃうでしょ? だから、やだなって」


『……ふふふっ、うん、そうだよね、ヘルはそうでなくっちゃ。お兄ちゃんはずーっとヘルだけに構うからね~』


面倒だし危険性が高いしでついつい関わりを避けてしまう兄だが、実際に話してみれば存外扱いやすい。初めからこんな人だったとは思えないが、丸くなったのだろうか。それとも僕が今更慣れてしまったのか。


「…………ねぇ、相談があるんだ。こっち来て」


玄関前に兄を引っ張る。兄は素直に着いてきてくれた。


『人に聞かれるとまずいの?』


「……ちょっと、ね」


『そう、ならついでに──』


兄の手が頬に添えられ、人差し指と中指が耳を挟む。微かに擽ったさを感じながらも、僕はじっとこの行動の説明を待った。


『──どう? 聞こえる?』


「普通に聞こえてるけど……あれ?」


兄は口を動かしていない。それに、周囲の音が消えて互いの声だけが聞こえている。


『秘密話には最適だろ? で、何?』


魔法か、便利なものだとつくづく思う。思考しただけでは兄に伝わらないようだし、本当に秘密話をする為だけの魔法だ。


「グロルには人格が二つある。一つは今の幼い女の子で、もう一つは堕天使。今のは問題ないけど、堕天使の方を警戒して欲しいんだ」


『……なるほど。それは本人には聞かせられないね』


「僕が本当に頼れるのはにいさまだけだよ。だからにいさまだけに話したかったんだ」


良くも悪くもアルとトールは純粋過ぎる。僕と同じく捻くれた兄かフェルでなければ幼い女の子を警戒していられないだろう。しかしフェルでは力不足で、その上ランシアに執心のようだ、アザゼルがこちらに牙を剥いた時に対応できるとは思えない。


『そう、そうだよね、そうに決まってるよ……ふふ』


「……堕天使の名前はアザゼル、アザゼル自身気のいい人って感じだし、僕に敵意を抱いてるとも思えない。でも、堕天使だ。堕天使には嫌な思い出があるんだ。だから、信用しきれなくて」


堕天使とアルを傍に置くなど許容したくない。けれど、堕天使と一括りにしてしまっては手に入る戦力も手に入らなくなる。

戦力を集めるのはアルに楽をさせる為でもあるのだ、気は抜けない。味方になる者は種族や立場に関係なく僕に尽くす者だけを選ばなければ。そう思ってはいるが、やはり堕天使への嫌悪感は拭えない。


『分かった。それじゃ、あの子供も連れて帰るんだね?』


「うん、お願い。」


『…………家、もう一つ用意しないとかなー?』


以前ほどの警戒は必要ないが、兄の機嫌は気にしておかなければならない。人が増えれば増えるほど兄の機嫌は悪くなるが、その都度僕が兄に頼れば機嫌は良くなる。上手い具合に媚を売って反比例させなければ。


『あれが終わったら家に帰る?』


兄の言う「あれ」は葬儀の事だ。兄らしい、思いやりのない言葉だ。


「一度、魔法の国に行ってみたいんだ。オファニエルが気になること言ってて……」


『そ、分かった』


そう言うと爪先で地面をつつき、魔法陣を描いた。空間転移のものだろうかと眺めていると、兄は僕の腕を掴んで引き倒した。

兄が影となって辺りの状況がよく見えない。けれど、兄は立っているのに僕の腕は掴まれたままで──


『しまっ……た。せっかく、耐性を獲得したのに…………結界に組み込むの、忘れて……』


兄の右半身は消失していた。僕の腕を掴んだ手は手首だけが残っていて、そのうちにどろりと溶けた。


「ぁ、にっ、にいさま! にいさま、にいさま!」


『空間断絶、隔離空間構築……属性付与、月光』


倒れ込んでいた地面に魔法陣が描かれる。そこから伸びた光の筋は僕を閉じ込める鳥籠のようなものを作りあげた。


「にいさまぁっ!」


隙間は十分にあるのに、見えない壁があって兄に手を伸ばせない。

再生は滞りなく進んでいたけれど、終わる前にまた攻撃されて、今度は腹から上が消えてしまった。


「……にいさま? にいさま! にいさまぁ!」


ガンっ、と頭の上から金属音が振ってきた。見上げれば柵の隙間に銃口が見えた。そのさらに上には十六夜の顔が見える。


「子供はどこですか、ヘルさん……教えてください、あなたまで殺したくありません」


「…………いざ、よい……」


まで、と言ったか。彼女は兄を殺したと思っている、兄を殺すつもりで撃ったのだ。


「子供をここに連れてきてください!」


珍しくも苛立っているのか、銃をガンガンと鳥籠にぶつけている。

銃声や十六夜の怒鳴り声を聞きつけて皆がやって来る。十六夜は舌打ちをして、辛そうに口を歪ませて、銃を構えた。


「やめろっ!」


発砲音が響き、僕は思わず目を閉じた。

今度は誰が撃たれた? 治癒魔法は間に合うか?

泣き叫びたくなる気持ちを抑え、結界に頭を打ち付けて目を開いた。

放たれた銃弾は結界のすぐ前の地面を抉っていた。銃身に噛み付いた半透明の犬が弾の軌道を逸らしたのだ。


「……カヤ」


十六夜の腕に噛み付かず、銃を奪おうとしているところを見るに僕にはまだ躊躇いがある。

これから様々な問題に立ち向かわなければならない僕に躊躇など要らない。降りかかる火の粉を燃える物ごと絶たなければならない僕に優しさなど要らない。


「…………その女を咬み殺せ!」


カヤは銃身から口を離す。十六夜は銃口をカヤの眉間にあてがった。けれど、カヤは動かない。


「……カヤ? 何してるの! カヤ!」


『……主、兕サ…………望、nデ』


「何度もやってきただろ!? 僕の命令じゃなくても僕の敵を殺してきたじゃないか! なんで僕の命令だったら殺さないんだよ!」


カヤに向けて何度も発砲が行われる。だが、カヤの透けた身体は揺らぎもせず、地面がどんどんと抉られていくだけだ。


『ゴ、主人……サ、ま…………噓、坏i』


カヤは僕の願いを叶える存在だ。それなのに、今は命令を聞いてくれない。

もしかしたら──いや、そんな馬鹿な。僕の十六夜への殺意は本物だ、躊躇いはしたが、本気で殺したいと思っている。そのはずだ。

十六夜は兄を撃った、昨晩はフェルも撃った、僕を脅したしアルに銃を向けたしカヤも撃っている。

そんな彼女を殺したくないなんて、思っているはずがない。僕はそこまで情けない人間ではない。

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