第361話 高度知的生命体
ピュンッ、と甲高い機械音が四方八方から聞こえる。アルは縦横無尽に跳躍し、何かを避けた。
『やはり飛び道具か…………犬神!』
『朵……tェ、ニ?』
『そうだ、しっかりやれよ!』
轟音が響き、熱が伝わってくる。金属やらの焼ける匂いが鼻に届く。
『……おい犬神、防ぎ切れるか?』
『汪、乪……』
『だろうな。よし、作戦変更だ。貴様は姿を消して遊撃しろ』
『了……kaィ』
寒気が消え、アルは不安定な場所に着地する。尾に縛られているとはいえ、傾きは不安だ。
「どうなってるの? 大丈夫なの?」
『今の所はな……だが、不気味だ。奴等の狙いが読めん』
「さっきカヤが食べちゃった人……? は、シンタクが欲しかったみたいだけど」
『シンタク……? 信託、いや…………神託か?』
アルはまた跳躍し、さらに不安定な場所に着地する。少しだけ目を開けると、眼前に天井が見え、アルが歪な梁の上に立っているのだと分かった。
『ふむ、神託か。科学の国は国連加盟国だったな? そうとは思えん倫理観をしているが…………よし、ヘル、神託を与えろ』
「え? えっと……何それ」
『…………私の言葉を大声で繰り返せ』
「わ、分かった」
声を上げては見つかってしまうのではないか、とも思ったが、アルの頭脳は僕に大きな差をつけて勝っている。攻撃は避けてくれるだろうし、やるしかない。
『あぁ、その前に犬神を連れ戻せ』
「カ、カヤー……おいで……」
下に向かってか細い声を出すと、半透明の身体が僕に寄り添い、溶けた。
『よし、繰り返せ…………聞け、哀れな子羊共よ』
「えっ……? ぁ、きっ、聞け! 哀れな子羊共よ!」
『我は神の言葉を告げに来た』
「わ、我は神の言葉を……えっと、告げに来た!」
『銃を捨て、灯火を持て』
「銃を捨て! 灯火をまて!」
『も、て、だ』
「もっ、もて!」
ブゥン……という音ともに電灯が緑色の弱い光を放つ。
下を見れば気味の悪い造形の生物と、その死体と、銃らしい金属の棒が見えた。
『この犬共は我の下僕』
「この犬共は我の下僕! ぇ……待ってこれアルとカヤのこと? 下僕じゃないよ友達だよ」
『うるさい、威厳を持たせる為だ。いいな? 次だ…………我は神から全権を委任された、我に隷属せよ』
「うるさい……!? ひ、ひどいよ…………えっと、我は神から全権を委任された! 我に隷属せよ!」
アルは梁から飛び降り、穴ぼこだらけの床に着地する。
彼らは渦を巻いたような頭に生えた触覚を動かし、頭の色を変え、顔を見合わせる。
「……アル? まだあるの?」
『いや、もうない。だが貴方の言葉は私が考える、勝手に喋るな』
「…………なんかアルこわい」
『瀬戸際だ。ふざけていたら死ぬぞ』
彼らは僕の前にもぞもぞと集まり、押し合いながら一人の代表者を差し出した。
押し出された彼はゆっくりと頭を下げ、上げ、頭の下の管に付いた輪を弄った。奇妙な音が鳴り響く、それは次第に人の声に似る。
『……発声装置か』
『──ご名答、humanよりも高い知能と見受けられる』
『そんな事は無いさ』
『神託を頂きたい』
『あぁ、少し待て。使者様……耳を』
体を乗り出してアルの喉に耳を当てる。微かな低い声が僕の返答を伝えた。
「え、えっと……まず、警察記録? から僕の情報を消して、監視カメラ? の映像の改竄をやれ…………これでいい?」
『上出来だ。あとはもう少し威厳のある声で話せれば完璧だな』
数体の彼らが集団を離れ、別の部屋に向かう。僕の要求を叶えに行ったのだろう。
さて次に──、とアルが囁くと、大きな音を立てて勢いよく扉が破られた。差し込む陽光に彼らは甲高い悲鳴のようなものを上げ、物陰へと隠れ、銃を拾って構えた。
『たのもー……ってのはちゃうな、注文してたもん取りに来たで』
「シュテンさん! ここは工場! 作ってるとこ!」
『うるさいのぉ、作ってるとっから直接取った方が早いやろ』
「向こうにも都合はあるんだからさぁ!」
長い影を伸ばし、工場に入ってきたのは赤髪の鬼。
酒呑はリンをおぶり、茨木を横抱きにしていた。
僕は銃を構えた彼らに撃つなと指示を出す。それはアルの言いつけを破る行為だったが、僕の判断に満足したのかアルは褒めてくれた。
『おー頭領やんけ、なんでここ居るん』
「こっちのセリフだよ」
『義手の注文したんここらしくてな、取りに来てん。そっちは?』
「まともな理由だった……えっと、警察から逃げて、ここに」
『ほーん? えらいめちゃくちゃな理由やのぉ』
酒呑は僕に歩み寄りながら茨木を落とし、リンを振り落とした。抗議の声を上げる二人を無視し、僕の肩に手を置いて物陰に隠れた彼らを睨む。
『……なんやあれ』
「えっと……なんだろ」
『義手は?』
「ま、待ってね。ここあの人……? 達の工場らしいから、聞いてみる」
アルに助言を貰って威厳のある言葉遣いを考え、振り向くと丁度扉が開いた。入ってきたのは二対の足を持つ異形の者で、彼は長さの違う人の腕を二本持っていた。
『おぉそれやそれや、多分』
「そ、そうなの?」
彼は僕に腕を渡すと物陰に隠れる。
腕は思っていたよりも重く、また断面は銀色で色とりどりの管があり、僕にも機械だと分かった。
『うちの腕?』
「みたい。つけてみる?」
『酒呑様ぁー』
『……はいはい』
酒呑は茨木が着ているブラウスのボタンを外し、肩を露出させる。
「あっ……後ろ向いておくね」
『お気遣いどーも。ええ子やねぇ』
『せんでええけどな』
ガチャガチャという音が背後から聞こえて、しばらくすると「もうええよ」と言われ、振り返る。
『……どないやろ。似合ってる?』
「あ……うん、似合ってるよ」
義手とはいえ、見た目は本物の腕と変わらない。温度と芯の硬さに目を瞑れば感触もそう変わらない。
『うん、うん……よぅ動くわぁ、あとは武器仕込めたらええんやけど……』
「武器? 義手に?」
『銃とかなぁ。腕変形してそんなん出てきたら格好ええやろ』
「そうかな……」
『なんやの。男の子のクセにそんなロマンあらへんの』
男の子のクセに、と言われても。僕は機械には本能に近い忌避感があって、変形なんて考えられない。
「……男のクセにとかイバラキさんが言っちゃダメな言葉第一位ですよ?」
『…………男のクセに細かい人やね』
「また言う……細かくても大事なとこでしょ」
静かに言い争いを始めた茨木とリンを放って、アルに頼んで物陰に潜んだ彼らのところへ向かう。
目どころか顔がどこにあるかすら分からない、僕はとりあえず頭らしきものを見つめ、威厳を保つため少し声を低くして言った。
「茨木……彼女の義手に武具を搭載してもらいたい、構わないかな」
『──承認、追加料金を要求』
「えっ……そ、そこはさ、ほら、僕神様の使いなんでしょ? なんとか……ね?」
『──否認、追加料金を要求』
「分かったよ。払うからやって」
『──承認、彼をここに』
財布がどんどんと軽くなる。それに痛めつけられる心を慰め、茨木を呼んで要望が叶うと伝える。
彼女の嬉しそうな顔を見れば財布の軽さなど気にならない──なんて考えられたら僕はもう少しマシな人生を送っている。
僕は茨木に、ついでに酒呑にも「今日は立て替えるけど後で返せ」と念を押しておく。鬼達の気の抜けた返事には金を返す気は微塵も感じられない。
「どんな手を使ってでも取り立ててやるから」
『おー怖、頑張りや』
茨木はさっさと奥の部屋に行ってしまった。残った酒呑は人を苛立たせる笑顔で僕を見下している。
僕を頭領なんて呼んでいるくせに、その気になれば僕は彼を跪かせることも出来るのに、彼は僕を舐めきっている。
どんな感情を抱けばカヤが動くのかまだ分からないし、感情は自分で操れるものではない。誤ってカヤに襲わせてしまうかもしれない。
だから僕を苛立たせるな、なんて言ったら酒呑はどうするだろう。大人しくなるだろうか、それとも逆上するだろうか。
どちらか僕には分からないしカヤもまだ大人しい、僕はとりあえず我慢する事にした。
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