第356話 義手造り

時は少し遡り、ヘル達が酒場で注文を終えた頃。

リンは茨木を連れて義肢の工場に到着した。


「ここですよ美しい人! 予約はしてますのでどうぞどうぞ」


警備の者に会釈し、工場横の客間に。


「ここで採寸をして、希望を聞いて、いくつか試供品を試して、設計するんですよ」


『へぇ……えらい時間かかりそうやね』


「待ち時間も退屈はさせませんよ! 俺の話術でね!」


『あらあら、楽しみやわぁ』


しばらく待つと従業員がやって来て、採寸を始めると言う。従業員はリンと顔馴染みらしく、少し砕けた挨拶を交わした。


「えっと……女性の方、ですね。ではリンさんは席を外して……」


「あ、この人男ですよ」


「え? あ、そ、そうですか? でも……」


従業員はチラと茨木を見る。


『あんまり見られんのは恥ずかしいわぁ』


「すいませんでしたっ! 出ていきます!」


流し目で見られたリンは慌てて部屋を出ていく。茨木はそんなリンが可笑しくてたまらないとくすくす笑っていた。


「あー……採寸、私じゃない方がいいですよね……? 女性の方が……?」


『気にせんといて。あんたでええよ』


「そうですか? なら」


従業員は茨木の上の服を脱がし、まず右腕を見た。右腕は肘から下が無い。


「……目立つ傷痕はありませんね。感染症も無さそうで…………こちらはそのまま繋げても大丈夫でしょう」


残っていた肘のあたりにスキャナーを当て、肩からの長さも測る。


「身長は?」


『六尺……四寸くらいやろか』


「後で測りますね」


次は左腕、なのだが。

茨木の左腕は肩のあたりから散弾銃で吹き飛ばされている。骨は歪に癒着し、飛び散った骨や弾丸の破片が皮膚や肉に埋まり、凹凸を作っていた。


「……こちらは一度手術した方が」


『このまま付けられへんの?』


「義肢は問題ありません。ですがこのままでは感染症はもちろん重篤な……」


『問題あらへんのやったらこのまま付けて』


「…………うちの義肢は脳の電気信号で動きます。精密な動作が可能ですが、残った部分が繋がっていると勘違いしますので、その場合骨が歪んで繋がっていると激痛が起こるかもしれません」


茨木は自分の左半身を見て眉を顰める。醜く爛れた皮膚は出来ることなら治したい、だが手術となれば自分が鬼だとバレてしまう。


「……とりあえず採寸は済ませますね。義肢の製作には時間がかかりますから、その間に手術を受けて来てください。必要なら紹介状も書きます」


『…………おおきに』


「さて次に機能ですが──」


従業員は広告を机に並べ、何パターンかの機能を紹介する。

細かい作業に向いたもの、力仕事に向いたもの、子供の相手に向いたもの、様々な義肢が説明されるが、茨木の希望はこの中にはなかった。


『丈夫なんがええわぁ。せや、仕込み刀とか出来へんの?』


「法律的にちょっと……銃や刃物などの凶器になりそうなものはお付けできません」


『そうなん? 残念やわ。せやったら……普通に手の形にしといて、指の先っちょとんがらせといて』


「何に使う気なんですか……?」


それは当然、人間の肉を抉るのに使う気だ。と言ったら義肢は作ってもらえなくなる。

茨木はあまり嘘が得意ではなかった。鬼という性質上、力任せに生きてきたからだ。理知的に見える茨木だが、その実頭を使うことを嫌っていた。


『ちょっとした力仕事や。まぁ丈夫にしといてくれたらええよ』


「そうですか……? 翌日のトップニュースとかやめてくださいよ」


従業員はスキャナーの範囲を操作し、座ったままの茨木に向け、身長を測った。身長だけでなく体格や筋力もある程度測ることが出来、人間とは思えないような骨密度なども分かってしまう。


「……す、すごいですね」


『なんかおかしい?』


「あ、いえ。鍛えてらっしゃるんですね」


『尽くさなあかんお人がおるよって』


「そうですか……」


生物学でもかじっていれば測定結果で茨木が魔物だと分かっただろう、だが学のない従業員は茨木を「よく鍛えている人」で終わらせてしまった。


「にしても……いやぁ、いいですねぇその話し方。少し前にドラマで見ましたよ。妖鬼の国でしたっけ……あなたもあのドラマ見てハマったくちですか?」


『ん……? そやねぇ』


「やっぱりそうですかぁ、あのドラマに出てた当て馬のご令嬢にそっくり……あっ、と、すいません余計な話を」


その上、茨木の話し方がもはや妖鬼の国でも使われていない古いものだとも知らず、可愛らしいと褒めて世間話で終わらせた。


「えっと、次は……これ付けてみてください」


従業員は動作確認の義肢を茨木の右腕に装着させる。

一つ目は動きが鈍く、二つ目は上手く操作出来ず、三つ目はピクリとも動かず、四つめでようやく正常な動作を見せた。


「Dタイプですね。では設計して、二時間後に仮品をお持ち致しますので」


二時間この部屋で待つもよし、喫茶店で時間を潰して二時間後にまた来るもよし、従業員はそう伝えて部屋を出ていった。

従業員と入れ替わりに入ってきたリンは遠慮なく茨木の隣に座り、今からどこか行きたいところはあるかと聞いた。


『ふぅん……せやねぇ、服見ぃたいわぁ』


「分かりました! ではお袖を拝借…………ところで、義肢はどうです? 希望通りの物になりそうですか?」


『仕込み刀とか仕込み銃とか欲しかったんやけど、あかん言われてもうたわぁ』


「そ、そうですか……違法改造やってる場所もありますけど……ま、やめといた方がいいですね、犯罪者集団ですから」


茨木は「人間の犯罪者集団なんて暇潰しにもならないだろうな」なんて侮った予想を立てながらもリンに話を合わせる。


『そーなん。あぁせやせや、手術せぇ言われたんやけど、しとぉないねん。作ってる間にして来ぃ言われたけど……せんかったらなんか言われるんやろか』


「手術代がすぐに用意できなかったとかで言い訳できますよ、多分。義肢と接する部分がどうたらって言うなら手術した後で付けますって言っておけばいいんです」


『……結構適当なお人なんやねぇ』


「そうですかね……?」


手術しなくともとりあえず義肢が手に入ることが分かり、茨木は妙に色気のある微笑みをリンに向けた。


「いい店があるんですよ。二メートル越えの高身長でもふりっふりのワンピースが手に入るような店が!」


『…………別に可愛いのん着たいわけとちゃうねんけど』


今、茨木はわざと色っぽい仕草や表情をしてみせた。リンの反応を笑いたかったのだ。

だがリンはその色香に迷わされず、茨木を先導し、行きつけの店の素晴らしさを語っている。

茨木の心境を語るなら、拍子抜けといったところだろう。

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