第334話 私は悪くないあなたが悪い

紅茶を飲み干し、溶け残った砂糖を歯と舌で弄び、また飲み込む。口の中のザリザリとした感触を完全に消す為に水を飲み、国を出る意を告げた。


「もう行くのか?」


「部屋は余ってるし……金欠なら城に泊まってもいいのよ?」


「お金はあるでしょ。報酬は全額渡したんだし」


兜を取り返した報酬は全て僕が貰った。

ヘルメスが「自分は大した事をしていないから」「王族に戻れたから」と全額譲ってくれたのだ。


「いえ……僕、その、旅をしてて」


魔物使いとしての修行の為に。困っている人達を救う為に。そんな理由を建前に。


「ここに長く留まるわけには……」


仲の良い兄弟の姿を見せられては嫉妬で狂ってしまう。そんな本音を飲み込んで。


「だから、その、もう出ていきます。ありがとうございました。また……この国に来たら、仲良くしてください」


醜い心を隠して綺麗な言葉を並べるのはなにも自分を良く見せたいからという理由だけではない。綺麗事だけを聞く方が爽やかな気分になれるだろう。

そう、相手を配慮しての言動だ。なんて、意味もなく自分に「僕は自分勝手な人間じゃない」と言い訳する。


「……まぁ、そう言うなら仕方ないね」


「立派な志だな、応援しよう」


「今度来る時は兄貴連れてきなさいよ」


三人は思い思いに僕に別れの言葉を告げてくれる。

アポロンはアルテミスの言葉に反抗する。


「連れてこなくていいぞ」


「絶っ対連れてきなさい」


「絶っっっ対に連れてこないでくれ」


「連れてこなかったら射る」


「連れてきたら射る」


二人は睨み合い、額をぶつけ合う。


「アタシの婚活邪魔しないでよ馬鹿にぃ!

にぃは知らないでしょうけど、こいつの兄貴めっちゃくちゃイケメンで手足も超長くて、その上めっちゃくちゃ優しくて声も低くて甘くて……超イイのよ!」


「駄目だ駄目だ駄目だ! どんな男だろうとお兄ちゃんは認めん!」


確かに僕の兄は美形だが、優しくはないだろう。

いや、恋人には優しいのか? 虐めるのは僕だけなのか?

どうでもいい事を悩む僕の顔をアルテミスが掴む。


「あんなイイ男そういないのよ!? 見なさいよこの顔! これを何年か進めた顔よ!」


それはまさか、僕も美形だと?

それはそれは……素直に喜ぶとしよう。


「肌は白いしクマはあるし何より幸薄そうだし……っ! とにかく血色が悪過ぎる! 絶対病弱だぞ駄目だ駄目だそんな男!」


「そ、その問題は兄貴は解決してんのよ! 健康体なの!」


そんなに僕は不健康そうな見た目をしているのか。別に病弱でもないと思うのだが。強くもないけれど。


「……言っておきますけど、この肌は人種的な問題で…………にいさまも結構白いですよ」


僕は引きこもりだった事もあり、人一倍肌は白く陽に弱い。だが、黒髪黒眼色白というのは魔法の国の民の特徴だ。


「そ、そうか?」


「僕の国では肌が黒っぽい人は神様の使いとか神様の生まれ変わりとか……まぁとにかく、珍しいんですよ」


「へぇ……興味深い。やっぱりもう少し居ないか? 他にも聞きたいんだ」


「僕、あんまり自分の国のことは知らないので。本でも漁った方が有益ですよ」


もう一度「さようなら」としっかり挨拶をして、城を出る。兄に会ったら一応アルテミスの事を伝えておこう。きっと興味を持たないだろうけど。


「……アル、何か食べたいものある?」


城を出て真っ直ぐ門に向かう、その途中にある商店街で僕の足は遅くなる。


『無駄遣いするな』


「いっぱいあるしさ……」


『駄目だ』


当然と言ってもいいが、王からの報酬金はかなりのものだった。多少贅沢をしてもいいと思う。

けれど僕とは反対にアルは堅実だ、いい事だけれどつまらない。


『………………肉』


肉屋の前を通りかかるとアルの足も遅くなった。


「ん? お肉食べたいの?」


『い、いや、無駄遣いは良くない。私は食事を必要としないし……は、早く行こう』


魔物の生命力はイコールで魔力。アルにとって魔力の源は賢者の石。賢者の石は無限の力を持つ。

だから必要ない……だがアルは食べる事が好きだ。


「どのお肉食べたいの?」


『これ』


「これだね」


『……はっ!? ま、待てヘル! 要らん! 要らない! 買うな!』


素直なのかそうでないのかハッキリして欲しい。

……いや、体は正直だ。足は止まっているし尾は揺れているし耳は立っているし、なにより目が全てを語っている。


「坊ちゃん、買うのかい?」


「あ、はい。これを……えっと、ふた包みください」


『…………ありがとう』


アルは好物が食べられる喜びと、僕への感謝と、本音を晒してしまった恥じらいを混じらせて僕に擦り寄る。

脛に頬を擦り付けるアルの頭を撫でながら、肉が包まれるのを待つ。

すると、トンと腕に何かがぶつかる。


「あ、すいません」


すぐに振り返って謝罪する。ぶつかったのは髪の長い女だった。黒髪に顔を隠して、微かに覗いた瞳で僕を睨む。


「…………ミナミさん?」


僕がそう認識するが早いか、ミナミは俯いたまま僕に体当たりを仕掛けてきた。

いや、体当たりなんて可愛らしいものではなかった。その手には刃を上に向けて包丁が握られていた。


「ヘルさんが悪いんですヘルさんが私を裏切るから悪いんですヘルさんがもう会わないなんて言うから悪いんですヘルさんが悪いんですから私は悪くありません」


また、刺されたのか。

数日の間に何度も刺されるなんて、このところ僕は運が悪いらしい。

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