第294話 気になる人物
感動と恐怖を丁度半分ずつ味わう、それが海の中。
美しい街並みと色とりどりの魚。暗く歪な半人半魚の者共。
正反対なそれらは奇妙な調和を成していた。
「あぁそうだ、バイトしなきゃ」
『またか』
「もうずっとやってなかったよ、このままじゃご飯も食べれない」
『私が近くに居られるものにしろよ』
「分かってるよ」
さて、仕事を探すと言うのは簡単だが行うのは難しい。
まずどこで探せばいいのかも分からないし、観光客を雇ってくれる所も少ないだろうし、そもそも異種族の街で人間に出来る仕事があるかどうか──ダメだ、考えれば考えるほど行き詰まる。
『ヘル、ヘル、ヘールー』
「あ、何? アル」
『これはどうだ?』
アルの尾の先が壁に貼られたポスターを指す、それはアルバイト募集のものだった。
「未経験、短期、未成年……よし、完璧」
『大丈夫そうか? 危ない仕事ではないだろうな、私には見えんのだ』
「あーそっか、アルって意外と背低いもんね。大丈夫、接客業……接客、接客!? ダメだ、僕に接客なんて……」
『接客なのか、ならやれ。いい経験になる。貴方は少し愛想笑いを練習した方がいい』
「い、いや、ほら、このポスター……その、アットホームとか……書いて、無いや。あ、あのさアル、苦手なことを克服しようと仕事に就くのは店に迷惑じゃないかな」
『早く行こう、ほら、大丈夫』
表情を作るのが下手なのは考えようによっては美徳ではないか、なんて反論も一蹴される。
半ば強制的に、募集先の店へと足を運んだ。
店主が気味の悪い見た目でありませんように、なんてここで叶うはずのないことを願いながら。
『最近ほんっと忙しくてさー、来てくれて助かったよー。観光客なんだね、キミいつまでここに居るの?』
願いは叶った。店主は人間だ、それもかなり美人。
髪も肌も瞳も黒い、異常なまでに美しい人。
「…………ナイ君だよね?」
『へ? 何? 無い? あぁ、未経験でも大丈夫だよ、ほんと人手不足でさ』
「…………すいません、お名前伺っても?」
『ボクの? ライアーだけど』
「…………ナイ君だよね?」
今まで会ってきた数人の彼、その全てに似た顔立ち、疑いようもなくナイだ。
だが、店主は認めようとしない。
『誰それ、キミの知り合い?』
「……違うんですか」
『ボクに似てるとは、その人かなりのイケメンさんだね?』
「…………違うんですか?」
キリッと顔を作り、顎に手を添え絶妙な角度で僕を見つめる。
やめろ、本当に美人なんだから。見蕩れでもしたら僕のプライドは壊れてしまう。
『疑い深いねキミ、ボクはライアーだって』
「…………ライアーさん」
『はい』
「…………ナイ君だよね?」
『しつこいよキミ。ライアーさんはライアーさんだよ、この店の店主、それ以外の何者でもないの』
もう訳が分からない、もうこのまま失礼な態度をとって不採用にされてしまおうか。
そんな考えを見抜いたのか、隣に座ったアルが僕を睨んだ気がした。
『今日はかるーい仕事のメモ渡すから、明日から来てもらえる?』
「あ……はい、採用ですか?」
『指が五本ある腕が二本ある人材を逃すなんてもったいない』
「……ありがとうございます」
採用基準は思っていたものと違った。確かにこの街には腕と言うよりもヒレ、といったものをぶら下げている人が多いけれど。
ナイ──じゃなかったライアーに渡されたメモを持って、店を出る。
アルはあまりナイがどんな者か知らない。ベルゼブブに相談しよう、そう思いついて僕は海を出た。
首飾りを外して指に引っかけ、ふらふらと街を歩いていると見覚えのある人を見つける。
零と同じ神父の祭礼服を着たその人は魚市場の魚をじっと見つめていた。
「……ツヅラさん?」
「うわっ! あ、あぁ……ヘルシャフト君、やったっけ。どないしたんなこんなとこで」
「色々片付いたので観光です」
半人半魚の者達が住む街で魚市場なんてやっていけるのだろうか。僕はツヅラと話しながらもその事が気になって仕方ない。
「観光? さよか……」
「ツヅラさんは?」
「俺はここに住んどるんよ」
「へぇ……」
零の話は伝えた方がいいのだろうか、いや、疑いが晴れた上で天使に連れていかれたのなら、何も心配することはないか。
ならツヅラの正体を零に聞いたことは話すべきか? ここに住んでいるのならずっと変身している訳でもないだろう、負担を減らす意味でも伝えた方がいいだろうか。
「今日のご飯はお魚ですか?」
「いや……魚って食える気せんのや。あとタコ……イカ、クラゲ、全部あかん」
人魚に魚を食えというのも酷な話だ。
……なんで魚市場があるんだ?
「クラゲって食べられるんですか?」
「妖鬼の国の野菜炒めってなぁ、キクラゲとかよーでるんや」
「……あれクラゲでしたっけ」
茸の一種だったと思うのだが……まぁ、同じ名前のクラゲがいるのかもしれない。
僕には年上の間違いを訂正する勇気はない。
「あの、零さんに……聞いたんです」
「何を? 性癖?」
「ツヅラさんが人魚……待ってくださいなんで性癖なんですか」
「はぁ!? 聞いたん!? 嘘やろ、マジか……言いよったんかあのボケ」
ツヅラは頭を抱えて零を罵倒する。やはり言うべきではなかったのか、これで彼らの友情が壊れるようなことがあっては僕はもう自分を許せない。
「なんで性癖なんですか、なんで僕がそれを真昼間の路上で話すと思ったんですか」
「ゆーなゆーたんに……まぁええわ、零がゆーたんなら信用おけるっちゅーこっちゃろ」
「零さんって変わった性癖あるんですか? 僕、リンさんより上はいないと思ってたんですけど」
「何に興味惹かれとるんな君……俺は巨乳ならなんでもええけど、零の好みは知らんよ。一応神父やしな、そういう話あんませんのや」
「教えてくれるんですね……別に興味あった訳でもないんですよ、すいません」
友情が壊れる、なんてことは無いようで安心した。
彼らの信頼関係は思っていたよりもずっと強固なものらしい、羨ましい事だ。
「俺はアンタが頂点や思てるリンさんっちゅーの気になっとるんやけど」
「ああ、未成年に女装させるのが好きなんです」
「わぁー……そらまた倒錯しとるな」
勢いでリンの事を話してしまったが、酒食の国で襲われた吸血鬼の方が上だったかもしれない。あの眼球蒐集家の……いや、そもそも性癖に上下とか無いな、何を考えていたんだ僕は。
『ヘルシャフト様ー!』
遠くから僕を呼んで手を振りながら走ってくる翠の髪の少女──ベルゼブブだ。
この状況は危険かもしれない、ベルゼブブはツヅラをよく思っていない。
僕はベルゼブブの視線からツヅラを隠す為に、アルの翼を引っ張ってツヅラを覆った。
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