第262話 堕落した契約

眠りこけるベルフェゴール、何かを食べさせないとと言ったはいいが、食べ物が思いつかない。


「……ねぇ、アル。僕の手ちょっと噛んでよ」


『嫌だ』


「僕の血ってかなり美味しいんでしょ? 起きると思うけど」


『私も反対ですよ、私もまだ髪しか食べてないのに……ベルフェゴールが血を飲むなんて』


ベルゼブブの半分冗談の幼稚な理由は聞き流そう。

あまり痛くない場所はないだろうかと傷をつける場所に迷っていると、ウェナトリアの背から降りた姫子がベルフェゴールの前に座った。

祈るように瞼を閉じ、ベルフェゴールの頬に手をかざす。

姫子の体の内側から溢れる光が、強く輝いた。


『…………んん、ん?』


『おや、起きましたか。流石は主食ですね』


「前に奪った歴代の御白様の力、少しあげた」


「姫子は大丈夫なのか?」


「……平気」


「ならいい、無理はするなよ」


姫子は表情があまり変わらず、そのうえ口数も少ない。

疲労が外から見ても分からないのだ。

ウェナトリアは姫子の頭を撫でて、再びおぶった。


『ベルゼブブ様じゃないっすか、珍しいっすね』


『やぁベルフェゴール、目は覚めたかな』


『いやー、まだ寝たいっすね』


『目が覚めたそうです、とっとと申し付けてください』


ベルフェゴールは大木を背に足を組み、時折に欠伸をしながら応対する。

はだけた寝巻きは目のやり場に困った。

露出した肌からは蔦模様の刺青……ボディペイント? が見て取れた。


「こんにちは、美しいお嬢さん。お願いがあるんだ。構わないかな?」


『構うー……眠い』


「そう言わないでくれ。君の力を借りないと私達は滅んでしまう」


『あたしさぁ……あんたみたいな優男嫌いなんだよねー、しかもあんたプレイボーイって感じだし、好みじゃなーい』


「やさ……ぷれ…………誤解だよ、私はそんな男じゃない」


『あたしの好みは年下ー、生まれ変わってやり直せー』


ごろんと寝転がり、腹を見せる。

その警戒心の無さは慢心ゆえなのか、何も考えていないだけなのか。過去に戦った記憶が蘇る、あの強さなら慢心していてもおかしくはないな。


『この人年下ですよ、貴女何歳ですか』


『……ってかあんた、前戦ったよな』


ベルフェゴールの目が見開かれる。

突然の鋭い紫の眼光は、その場にいたベルゼブブ以外の者を萎縮させた。


『あー、思い出してきた。腹減って、外出たら天使共とお前がいて……シャイセ。あー嫌なこと思い出した、もうあたし寝る、決めた、寝る』


『待ちなさい、そのまま寝たら貴女消えますよ?』


『…………もー息するのもめんどくさいんすよ、消えるならそれでもいいっす』


『ベルフェゴールに頼るのは諦めた方が賢明なようですよ? 国王さん』


僕が前にかけたあの暗示はもう効いていないのだろうか、なら、もう一度かければいいのか?


『あー、そーそー、蜘蛛男。あんたに聞きたいことあんのよね』


「私に? 何かな」


『あん時さ、子供いたでしょ? かぁいい男の子、あの子連れてきたら、お願いきくかどうか考えてやってもいいよん』


「子供……? 子供か。姫子、ではない……よな?」


『男ってんでしょぉ? ドゥム、あたしの話聞いてたぁ?』


『どんな子か言いなさい、この変態』


『可愛い男の子サイコー、えっと……キレーな目してた、虹色の……アレ見てたらなんか、ふわっときて……あー、気がついたら穴の底で…………んで、どうでもよくなって、寝た』


『虹色? そんな虫いますよね、この島には?』


「翅なら虹色に光る者もいるが、目はいないぞ。そもそもあの場にいたのは私と、天使が二人、姫子とロージーに、ヘルシャフト君だけだ」


『ふぅん……』


ベルゼブブは僕の髪をかきあげ、右眼を露出させる。

もう片方の手は僕の首を掴み、ベルフェゴールの前に突き出させた。

その乱暴なやり方に意義を唱えるも、無視された。


『コレですよね』


『うっお……これこれ、流石っすねベルゼブブ様。あー、この子この子。キレーな目……あー……いいなぁ、これ』


ベルフェゴールは両手で僕の顔を挟み、恍惚とした目で見つめる。

目が綺麗、なんて普通なら喜ぶ言葉だ。

だが僕は過去に目を抉り取られた経験がある、その言葉も表情も、恐怖の対象でしかない。


「やっ……やめてくださいよ」


『いやぁイイ、イイなぁ。この子くれるならお願い聞いてあげてもいいよ?』


『ダメです、私の食事を盗る気なら貴女を前菜にしますよ』


『この子喰う気すか? 冗談じゃないっすよ、こーんな可愛いのに勿体ない。この子はあたしと一生ダラダラ過ごすんですー』


『ダメに決まって……ダラダラ? ふむ、ストレスのない環境なら肉は上質に……いえ、それでは魔力が鍛えられませんね。ううん、どうしましょう』


強力な悪魔二人に挟まれるなんて、生きた心地がしない。

アルに視線を送り、助けを求める。


『……あの、ベルゼブブ様、ベルフェゴール様。ヘルは物ではありませんよ……その、もう少し、丁重に扱って頂けませんか』


アルもこの二人には下手に出るしかない、辛い役を任せてしまった。


『てーねーにしてるって。ねー、少年』


『……それ以上ベルフェゴールの横にいたら、だらけ癖が伝染りますよ』


「えっ……」


『うーつーりーまーせーんー』


「あの、とりあえず離してください」


『だめー、君はあたしの』


ベルフェゴールは僕を抱き締めて起き上がる。

丁度僕の顔の位置に胸が来て、恥ずかしさと息苦しさで顔が熱くなる。


『で? 蜘蛛男。あたしに何してほしーの?』


「……『堕落の呪』をもう一度お願いしたい。できれば国民は影響外に、侵略者だけに。可能だろうか?」


『国民と侵略者見分けんのはメンドー、けど外から来るのにかけるのならヨユー。あんたらは海外旅行できねーよ』


「する気もないさ」


『んじゃ、交渉成立。悪魔との契約……破ったら、死ぬより怖いよ?』


ベルフェゴールはウェナトリアと指を絡め、上下に振ってニヤリと笑った。

ウェナトリアの右腕に紫の炎がまとわりつき、彼の皮膚に焼き付いた。

その模様はベルフェゴールと同じ、蔦模様だった。


「……死ぬより怖い、か。上等だ、国を守るにはそれぐらいの気概が必要だ」


『ふーん? 強がるじゃん、いいんじゃない? 優男の割には点数高いよ、おっさん』


「おっさ……!? いや、私はまだ、そんな」


おっさんと呼ばれたことにショックを受けているようだが、ウェナトリアは忘れているのか、それとも気がついていないのか。

この契約の代償は僕で、僕がこの島に留まることは出来ないのだからこの契約は反故になる、と。

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