第259話 恋バナ

ウェナトリアとの世間話はそれからも弾んだ。

時折アルも混じったが、基本的な話題提供者はウェナトリアだった。


「そういえば……ヘルシャフト君、恋人とかはいるのかな?」


「な、なんですかそんな、ウェナトリアさんってそんな話するんですね」


「私も普通に若い話がしてみたいんだ、どの子が好きだとか、どんな子が好きだとか」


僕もそういった類の話は今までしてこなかった、する相手がいなかった。

いざするとなると、やはり恥ずかしい。

だが楽しさもある。


「そういうウェナトリアさんはどうなんですか」


「私? 私は……国民を愛している」


「そういうんじゃないって分かってるでしょ、好きなタイプとか、そういうのですよ」


「タイプ……タイプか、ふむ、難しいな。先に言ってくれないか」


「え? えっと……えぇ……えー……難しいなぁ」


質問で返せば質問で返される。

そんな無駄なやり取りも楽しい。


「甘えさせてくれる人、かなぁ……こう、抱きついても許してくれて、なんか温かくて、柔らかくて……」


目を閉じて、理想の恋人を思い浮かべる。見えた特徴を声に出す。


「柔らかいは言わない方が……まぁいいか、そういうのが面白いんだからな」


「もふもふしてて……」


「ん? 待て、待てヘルシャフト君」


「なんですか」


「女の子はもふもふしていないだろう」


「……僕そんなこと言いました? でも探せばもふもふしてる子もいますよ」


「そう……か? うぅん、ナハトファルター族にはもふもふしている子もいる、獣人ならもっと……そうだな、私が迂闊だった」


ナハトファルター族や獣人がタイプだと言った覚えはないが、まぁ口走ってしまったのなら仕方ない。

理想を口にしただけなのだ、甘えさせてくれて、柔らかく温かく、包まれて……

いや、これは好きなタイプと言えないかな。恋人とは言えないかもしれない。


『ヘル、ヘル、私はどうだ? もふもふだぞ、柔らかいし体温も貴方より高い』


「んー……最高。アルだいすきー……」


細かいことは考えない、気にしない。

アルに触れれば何も考えられなくなる。

なんだか眠くなってきた。


「……私の質問が悪かったな、恋人は? などと……はは、馬鹿なことを言った」


アルの首に頬を寄せて、目を閉じる。


「なんだ、昼寝かヘルシャフト君。なら君に聞こうかな」


ウェナトリアの声が遠く、水の中にいるような気分になる。

僕はそのまま眠ってしまって、その後の二人の会話は聞けなかった。


「まぁ、聞くまでもないかもしれないな、恋するお嬢さん」


『……私の事か?』


「お嬢さんはこの場に君以外誰かいるのかい?」


『ふん、私は「お嬢さん」と呼ばれるようなモノではない。それに、恋もしていない』


「…………想い人は眠っているよ、言ってもいいんじゃないかな。私は口は硬いよ」


『ヘルに恋するなど烏滸がましい、そもそも私は魔獣だぞ。ヘルは主人だ』


「素直じゃないね、まぁ両想いなんだから気楽にやりなよ。でも、突っ張りすぎちゃダメだよ」


『ヘルに突っ張るわけなかろう』


「ならいいんだ。それじゃ、私は侵略者への対抗策を出してくる、ヘルシャフト君が起きて気が向いたらカルディナールの部屋まで来てくれ」


ウェナトリアが去った後、アルはぐい、とヘルの頭を押し戻し机の上に落とした。


「ん……痛い、よ。もう」


『ウェナトリアはもう行ったぞ、昼間に寝るな』


「え、行っちゃったの? 好きなタイプ聞けなかったなぁ。あ、そういえばアルの好きなタイプってどんなの? やっぱりイヌ科?」


『……私の好きなタイプは、私を頼る可愛い人だ』


「へぇ……可愛い人、かぁ」


アルに好きな子がいたら、嫉妬してしまうな。

でも、落ち着いたら科学の国にでも行って小型犬でも紹介してもらおうか。

ああ、でも、やっぱり、アルには僕だけを見ていてほしい。

いや、それではアルが可哀想だ。

葛藤を抱えて、じっとアルを見つめる。


『……内向的で、怖がりで寂しがりで、私無しでは駄目な人』


「そんな人がいいの?」


『ああ、一人で何でも出来るように育てたい思いもあれば、私無しでは生きてもいけないようにしたいという思いもある』


「へぇ……」


色々あるんだな、なんてぼうっと思った。

この人なしでは生きていけない、なんて相当ダメな奴に思えるのだが。

僕だったらごめんなさいだな、そんな奴。

僕は自分で自分の面倒も見れないのに、人の面倒なんて見れるわけがない。


アルは僕の椅子を引いて立ち上がらせる。

よろけてアルに支えられて、誤魔化しの苦笑いを作る。


『ウェナトリアに呼ばれている。早く行こう? 私の……可愛い人』


「……え、アル、今なんて」


『早く行くぞ』


「ねぇ待ってよ、可愛いって言った? 僕のこと?」


『カルディナールの部屋は……こっちだ、早く来い』


「ま、待ってよ、置いてかれたら僕迷っちゃうよ」


それ以上アルの言葉を追求できず、走っていくアルをただ追いかける。

そのうちに息が切れて、胸を抑えて座り込む。


『全く……ほら、乗れ』


「ご、ごめん」


『貴方は私が居なければ何も出来ないな』


「……する気もないかも」


『駄目な子だ、可愛い可愛い私のヘル』


アルはくつくつと笑いながら、背の上で寝転ぶ僕を運ぶ。

アルはとても楽しそうで……どことなく、虚しそうだった。



カルディナールの部屋、彼女は玉座に座って昨日の菓子……花瓶を食べていた。

指で少しずつ摘んで、唇の間に押し入れる。

その仕草はとても上品で、それでいて色っぽい。


『おや、ようやく起きましたか。ヘルシャフト様』


「あ……ベルゼブブ、その、昨日はごめんね。ちょっと気が立ってて……別に、アルと話してもいいから」


『全く気にしてませんからお気になさらず』


ベルゼブブは口調は丁寧だが、態度は大きい。

悪魔の帝王なのだからそれは構わない、構わないのだが、やはり腹が立つ。


「…………でも、触っちゃダメだからね」


『おや、怒りました? 気にするなと言って気にしなかったら怒るなんて、面倒な人』


「気にするななんて言ってないよ僕、謝っただけだよ。気にしてよ」


『はぁ? ああ、そうですか、はいはい。別に私は魔獣に性的興奮を覚えたりはしませんので、お気になさらず』


「せいっ……そんなこと思ってないよ!」


『じゃあいいじゃん鬱陶しいなもう』


とうとう口調を整えることもやめて、両の手のひらを天に向ける。


「はいそこまで。喧嘩しない、君達も加わってくれ」


「あ……すいません、ウェナトリアさん。えっと、何に加われば?」


「作戦会議だよ、侵略者を捕まえる……そして、もう来ないようにする、作戦」


「僕頭悪いですよ、それでもいいなら」


『あ、じゃあ私作戦名考えます』


「名前は要らないから案を出してくれ」


アルメーの少女達が何かを運んでくる……大きな、紙だ。

広げられたそれは島の地図のようだ、この植物の国を表していた。

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