第260話 節足動物
地図に描かれているのは森、森、森……正直、見ても何も分からない。
「ここが今回上陸された海岸だ、崖が消されたからな、一番上陸しやすい」
「やる気を削ぐ『堕落の呪』が消えた以上、崖からも登ってきているかも知れませんわよ」
「そうだな、索敵はモナルヒに任せてあるが……君にも頼みたい」
「はぁい。さ、私の可愛い娘達、お仕事ですよ」
カルディナールが手を叩くと、部屋の外から大勢の人が出ていく足音がした。
『ベルフェゴールでしょう? 生きてるなら起こせばいいんですよ』
「……だが、生贄は出せないぞ」
『魔力食べられれば肉はなくて大丈夫です、魔力を食べさせる方法はそっちで考えてください』
「切った爪とか髪とかじゃダメ?」
ベルゼブブが僕の髪を食べていたのを思い出し、発言する。
それが気持ちの悪い発言だと気がつくのには時間がかかった。
『私はそれでも構いませんが、ベルフェゴールは食事も面倒臭がりますからねぇ。小さいものを大量にやるよりは、誰か魔力を多く蓄えている人が……こう、両手を突き出して、ていやーって魔力を差し出した方がいいと思いますよ』
ベルゼブブは虚空に両の手のひらを突き出し、僅かに震えさせる。
「亜種人類はそんなに魔力の扱いは上手くありませんわ」
「いや、姫子はかなり上手い……姫子? 姫子!」
「わっ、どうしたんですか急に」
「忘れていた、姫子はどこだ! しまった……最後に見たのは私の家の前で、ヘルシャフト君達のところに向かってはぐれて……ホルニッセ族には襲われないだろうとは思うが、もし侵略者と出会ったら!」
ウェナトリアは早口で叫び、僅かに見える顔を青ざめさせる。
「ツァールロスもどこにいるんだ! 眠ってから姿が見えないが……まさか外に出たんじゃ、あぁ、どうしよう」
「面倒を見る子が多いと大変ですわねぇ」
カルディナールは他人事のように菓子を貪る。
「探しますか?」
「あ、ああ、そうだな。そうしよう。侵略者もついでに探して、見つけたら縛る。これでいこう」
アルメーの少女が縄を持ってくる、僕達にも手渡されたそれは、とても荒く持つだけで手の皮が剥けてしまいそうだった。
『甘いですねぇ、殺せばいいのに……あ、縛って海に捨てるとかですか?』
「そんなことはしない、縛って送り返す」
『お優しいことで』
小馬鹿にしたように笑うベルゼブブに目もくれず、ウェナトリアは外へと向かう。
僕達も後を追い、緑溢れる空間に戻ってくる。
陽の光を浴びた大木からは木霊が産まれては地面に吸い込まれていく。
「どこを探せばいいんですか?」
「……全く分からん」
『打つ手なし、ですか。まぁ侵略者を探すっていう目的もあるんですからダラダラ行きましょうよ』
「行きそうなところとか分かりませんか?」
「ナハトファルター族の集落に戻ったのかもしれない……いや、あそこからは遠いな、姫子が歩くとは……」
『何か痕跡が見つかるかもしれませんし、はぐれた所に行きましょうよ』
「……そうだな」
ウェナトリアを先頭に森を歩く、人どころか生物の気配すらないこの森は、漂う木霊も手伝って少し不気味だ。
無言のまま歩く、注意深く辺りを見回しながら。
足音だけが聞こえている。
『静かですねぇ、ヘルシャフト様、何か面白い話してください』
「え……あっ、そういえば、ベルゼブブの髪留め借りっぱなしだった、返すね」
『ああ、どうも。髪留め似合ってましたよ、今度買いますか?』
「いやだよ、女の子みたいじゃないか」
『そうですかねぇ。女の子っぽくなりたくないのなら、鍛えたらどうです?』
もっともな意見に言葉が詰まる。
正論は嫌いだ。
「そういえば……えっと、ベルゼブブ? さんはお嬢さんなのかな」
『見て分かりませんか』
「あぁ、すまない。いつもなら見て分かるんだが……」
『私は無性ですよ』
「…………そう、なのか」
『お嬢さんと呼んで構いませんよ?』
「なら遠慮なく、お嬢さん」
ベルゼブブは得意気な顔を僕に向け、鼻で笑った。
『貴方様もこのくらいの対応はして頂きたい』
「え……? お嬢さんって言えばいいの?」
『はぁ……ねぇ先輩、ヘルシャフト様と一緒って疲れません?』
『ヘルを見るだけで疲れは吹っ飛ぶ』
『麻薬ですかね』
「アル……! 僕もアルといると疲れを忘れるよ!」
『貴方は私に触れるとすぐに眠るだろう』
仕方ない、アルは温かいし柔らかいし、何より安心するのだ。
最近は特に睡眠時間が短い、不可抗力だ。
『……おや、いますよ?』
「ああ、不届き者だ」
二人の会話の意味が分からないでいると、木陰からサーベルを持った男達が飛び出してきた。
「……フリーゲだぜ」
「微妙だな、他のは?」
「分からん」
「魔獣だぞ、やばくないか」
この辺り一帯には木霊が少ない、この男達のせいだろうか。
「やぁ、初めまして。私は国王ウェナトリア……ルフトヴァッフェの令嬢達の索敵を逃れるとは、なかなかの手練と見た。どこの国から来たのか聞いてもいいかな?」
「あぁ? てめぇらに話すことなんざねぇよ、虫野郎が」
『あ、私亜種人類じゃないんで、悪魔なんで、そこのところちゃんとしてくださいね』
「はぁ? お前、フリーゲだろ」
「私からもいいかな? 私は虫ではない、そこのところしっかり勉強してくれないとな」
「チッ……うるせぇな、早くやっちまおうぜ」
先頭の男が振るったサーベルはベルゼブブに止められた。
ベルゼブブはサーベルを咥え、噛み砕き、そのまま飲み込んだ。
男達は僅かに後退するも、叫び声を上げて突っ込んでくる。
『食べてもいいですかぁ?』
「ダメ! 武器奪って、気絶させるくらいにして!」
ベルゼブブは残念そうに触角を下げながらサーベルを奪い、飲み込んだ。
ベルゼブブが頭を殴って気絶させている間、ウェナトリアは一人の男を──先程、「虫野郎」と罵った男を締め上げていた。
「少し話したいな、いいかな? 亜種人類は確かに虫の特徴を持っている、獣人が獣の特徴を持つようにね。でも私は君達の言うところでの"虫"ではないんだよ」
ウェナトリアの服が捲れ上がり、蜘蛛の足が現れる。
男は首を絞められながらもそれを見て目を見開いた。
「蜘蛛は昆虫ではないよ、分類としては節足動物に入る。さらに言えば私は蜘蛛でありながら糸は出せない……おや、もう聞いてくれないのかな」
男の口から泡が溢れたのを見て、ウェナトリアは彼を離す。
泡を吹く、なんて実際に見たのは初めてだ。
「縛るんですか?」
「ああ、木に結んでおこう。後でモナルヒに回収を頼む」
するすると服の下に隠れる蜘蛛の足、何度見ても慣れない。
僕は意識的に目を逸らしていたのだが、ウェナトリアはそれに気がついただろうか。
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