第255話 テケリ・リ!

銀色の美しい毛並みをかき分け、少女達はメスを通す場所を探る。

ツァールロスは見たくないと部屋を出た、ウェナトリアは女と何かを話している。


プツ、と皮が裂ける。

傷口が細い線のため、血は玉のように膨らんでから零れ落ちた。

見ないために、見せないために、アルの頭を抱き締める。


「……大丈夫?」


『ああ』


「本当に? 我慢してない?」


『大丈夫だ、貴方のお陰で痛みは無い』


スラスラと喋っているところを見るに、本当なのだろう。

台に作られた血溜まりを見ながらそう思う。


「……あの、再生して」

「……よく、見えない」


少女達はメスを取り替え、また皮を裂く。


「アル、少しの間だけ再生しないようにしてって」


『そう言われてもな』


『させるんですよ、ヘルシャフト様』


「え、あ、そっか」


右眼で見る景色が少し歪む、いつもとは違う使い方をしているせいだろうか、消耗が激しい。


「切れました」

「開きます」


少女達の細い指が無機質な青いビニールに包まれ、アルの腹の中に入っていく。


「……動いてる?」

「何か……いる?」


消化器官の中で何かが蠢いているらしい、少女達は再びメスを手に取り、アルに近づける。

だが、ウェナトリアが少女達を抱き寄せ、アルから離した。

メスが手から滑り落ちて床と高い音を奏でる。


「ウェナトリアさん? 一体何を……」


『ヘルシャフト様! 離れて!』


ベルゼブブが僕の服を引っ張る、僕はアルを抱いたまま少し後ろに下がった。


『ソレから手を離して!』


「な、何言ってるの……」


『いいから早く! 腕捥げますよ!?』


その剣幕に僕は腕の力を緩めた、ベルゼブブはその隙をついて僕を自分の後ろに投げ飛ばす。


「国王様? うちの子たちに勝手に触るなんて、よほどの理由があるのでしょうね」


「ああ、もちろん。君も私の後ろに下がれ」


「……そうさせてもらいますわ。私は非力ですから」


ウェナトリアもベルゼブブも、何を警戒しているのだろうか。

何も分からないままで、説明を求めることも出来ず、ただアルを呼んだ。

アルがこちらを向いた瞬間、アルの腹から黒い液体が溢れ出した。


「ス、スライム!?」

「カルディナール様、ご指示を!」


「落ち着きなさい。私達に役目はないわ。そうでしょう? 国王様」


「……ああ、国王として、君達には髪の毛一本ほどの傷もつけさせない。約束しよう」


「アルメーの名が泣きますわね……えぇ、でも、守られるのも悪くありません」


黒い液体は粘着質で、光を反射しているのか虹色に輝いている。

スライム、と呼ぶには禍々しい。

これは──まさか。


「にいさま……?」


どろりと漏れ出た液体は床に落ち、グニョグニョと蠢く。

アルは二、三度咳をして血を吐き、腹の傷を再生させた。

全て外に出ていったのだろうか、不安は付き纏って離れない。

アルは僕の傍まで跳び、鼻先を手のひらに擦り付けた。


「……アル」


『心配をかけたな、もう大丈夫だ。もう何の問題も無い』


「出ていったんだね? 残ってないよね?」


『ああ、何も感じない』


「ならいいけど……アレは、何? ベルゼブブ分かる?」


『忌まわしい、外来種ですよ。気づけないなんて……不覚です。やはり外からのモノは気配が薄い』


スライムのように立体的な形を作り、腕のつもりか細長い触手を伸ばす。

目が無数に開き、牙の並んだ口が一斉に鳴き喚く。

鈴のような──美しく、不自然な声で。


『テケリ・リ! テケリ・リ! てけっ……』


『うるっさいんですよ!』


ベルゼブブの蹴りを受け破裂する……が、飛び散った液体は動きを止めず、寄り集まってベルゼブブの足にまとわりつく。


『暴食貪食健啖悪食……なんの事だか分かります?』


ベルゼブブの姿が蜃気楼のように霞み、歪む。

瞬きの後に現れたのは巨大な蝿。

その蝿は獣のような雄叫びを上げ、足にまとわりついた液体を足ごと呑み込む。

新たに生えた足が地に着く頃、蝿はまた人の姿に戻っていた。


『……私の愛称ですよ』


「ベルゼブブ、大丈夫なの? 食べたよね、お腹痛くない?」


『痛いわけないでしょ。私が食べられると思ったものは、なんであろうと食べられるんです』


「でも、アルは……」


『先輩は食べたんじゃなくて仕込まれたんですよ、まぁ食べても同じ結果にはなるでしょうけど』


「仕込まれたって、誰に? まさか」


『ハイハイまさかまさか。兄君ですよ、それ以外誰がいるんですか』


やはり、兄か。

信じたくなかった、聞きたくもなかった。

知らないままでいたかった。

兄がアルを嫌っていることは知っている、だが、こんな手を使うなんて思いたくなかった。


『魔法を仕込まず、指揮系統も作らず繋がらず、ただ肉片を仕込む。ただの嫌がらせですね、腹を食い破って殺す気だったんじゃないですか』


「……そんなこと、するのかな」


『するでしょ。兄君が全人類滅ぼすって言っても驚きませんよ私は、そういう人でしょう?』


「知らないくせにそんなこと言わないでよ! 何も、知らないくせに! にいさまは……にいさま、は、そんなこと……しない。僕の大事なもの壊したりっ、しない!」


『…………そうですか、だといいですね』


座り込んで、アルを抱き締めた。

そうしてそのまま泣き出した僕を放って、ベルゼブブはアルメー達に説明を始める。


『失礼しました。もう解決しましたよ』


「質問、構わないかな」


『どうぞ、国王様?』


「アレは何だ?」


『……外来種ですよ。タチの悪いスライムと考えてくださって構いません。この辺りにはいないので、ご安心を』


「では、もう一つ。君は何だ?」


『悪魔です』


「…………我々の祖先か?」


『知りませんよ、そんなこと』


「知らない? 生ませたのなら分かるだろう、それとも忘れたのか?」


ウェナトリアの声が低く、口調は早く荒くなる。


『虫に似た悪魔なんていくらでもいますし、そもそも貴方達の祖先が悪魔かどうかだって不確か、私を子捨て呼ばわりしないでください。サタンじゃあるまいし、失礼ですね』


「…………そうだな、すまない。取り乱した」


ウェナトリアは深々と頭を下げる。

彼はずっと前から亜種人類の存在について、ルーツについて、悩んでいる。

解決の糸口すら見つからない暗闇でさまよっていた。

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