第190話 神に禁じられし神術
また、まただ。
また邪魔をされた。
シナリオ通りに進まない。
より面白くなってくれるのなら大歓迎だが、今回も前回も全く面白くない展開だ。
つまらない。
……こうなったら、アレを呼ぼうか。
幸い火種は大量に用意出来ている。これも必然だったのかもしれない。
ああ! 愉しいシナリオがまた思いついた! さぁ、さぁ、今度こそ大爆笑の劇の幕開けだ!
オークション会場の裏手で一人笑う子供。
次に風が吹いた時、黒一色のその子は消えていた。
燃えるような赤い髪、美しいグラデーションになったその髪を眺めながら、ハートは不規則な揺れに酔っていた。
人に担がれた経験はない、ましてやこんな雑になんて。
競売にかけられて、この男に買われて……いつ、どうやって逃げ出そうか。
「……っと、着いた」
男の小さな呟き、ハートは唯一動く眼球で目的地の特定を試みた。
大邸宅、という言葉がこれほど似合う建物もあるまい。
嫌味なまでに大きな家の、大きな庭の、大きな噴水の縁に体を預けさせられた。
「おい、聞こえてるか?」
聞こえてはいるが、それを証明する手段がない。
「この札か、今から剥がすが……暴れるなよ」
思ってもみない好機、逃走経路を思い描きつつ、男が札を剥がすのを待った。
言うことを聞いてやる義理などない。
角に貼り付けられた札が剥がされ、ハートの体に自由が戻る。
思いっきり地面を蹴り、男を飛び越え柵の外を目指す。
だが、竪琴の音色が耳に届くと同時にハートの足は意志とは真逆の動きをとる。
「暴れるなって言っただろ。ほら、戻ってこい」
弦が弾かれる、足が勝手に男の元へ向かわせる。
「この家は国のほぼ中心に建ってるんだ、逃げてもまた捕まるだろ。別にとって食おうってわけじゃないんだ、そう警戒するなよ」
警戒するに決まっている、疑うに決まっている。
そんな思考とは反対に、口は了承の意を伝え、体もそれに従った。
「隣国から来たんだろ? 午後に運び出される荷物に紛れさせるから、その時にちゃんと逃げろよ」
「……助けてくれるってこと? 何で?」
「神降の国ではああいうオークションが流行ってるんだよ、国連の目がないからって……全く。下手に獣人に手を出すと天使が来るだろ? この国はオリュンポスの加護下だから、そうなったら神同士の戦争になるんだよ。まぁオリュンポスの神々は下界に降りてこないから、神具所持者が駆り出されるんだろうけどな」
「戦争を防ぎたいってことね、まぁ分かったよ」
信用はしないけど、そんな台詞は捨て置いて。
「戦争……は、そうなんだがな。神具所持者は所詮人間だろ? だから戦いになったら確実に負けるんだよ。国も当然滅ぶ」
「正確には「死にたくないから」って?」
「そういうことだ、理解が早くて助かる。俺には可愛い妹がいてな、正確には妹が危険な目に遭うのが耐えられないから、だ」
「……そう」
礼を言わないのは無礼だろうが、「ありがとう」と言うのも照れくさい。
「ところでさ、その琴なんなの?」
男が持っている竪琴を指差す。
ハートは先程の奇妙な現象の原因はこれだろうと推測していた。
「これか? オリュンポス十二神具の一つ、アポロンの竪琴だ。音色を聞いた者を魅了し、操る……これは何となく分かってるんじゃないか?」
「なるほど。神具所持者だからこそさっきみたいに戦争がどーこーって考えるわけだ」
「全ては妹のためさ、妹も神具所持者なんだ」
男は簡単な曲を演奏してみせた。
子供だましのような音の数だというのに、その音色の美しさに頭が回らなくなる。
「今度は私から質問させてもらいたい」
「どうぞご自由に。恩もあるしね」
「どうして獣人の国から降りてきたんだ? あそこなら安全だろうに」
「それがそうでもなかったみたいでね、一夜にして全滅だよ。そっちにもいたんだろ? 人喰いの怪物がさ。そいつにやられて草食の村は壊滅、肉食は分かんないけど、俺はそっち行けないし」
「そう……だったのか、悪かった。無神経で……しかし、天使はなにもしなかったのか?」
「少なくとも当時にはいなかったね、今頃来てるんじゃないかな? 肝心な時に役立たずなんだよ」
ハートが話すうちに男は演奏をやめてしまった。
ハートはそれを残念に思ったが、口には出さなかった。
神具の影響を受けていると認めたくなかったからだ。
「それにしても獣人の国って位置おかしいよね。正義の国の隣にでも住めばいいのに、何でわざわざ管轄外の国の間に作ったんだか」
酒食の国は悪魔が、神降の国は別の神々が。
悪魔も獣人もそれほど獣人に興味を示さないからいいものの、ヤハウェの神を信仰しない人間が近くにいるというのは安心出来ない。
「……知らないのか?」
「何を?」
「獣人の国は和平協定の証だよ、信用の証として大切な種族を住まわせたんだ。まぁ裏の理由もあるな、何かあったらすぐに天使を派遣できる……と」
「……何、それ。それが本当なら神は獣人を道具としか思ってないってことじゃないか、神獣の末裔だとか言っておいて!」
「落ち着けよ、神の考えなんて人間には分からないんだから。それに道具だとしても希少価値が高くて大切ってことには変わりないだろ? 言えば保護してくれるさ」
「……無理だ、俺、神術使えるから」
ハートがポツリと呟いた理由、それは男には理解できないものだった。
「神術を使えて何か問題があるのか? そんな奴いくらでもいるだろ」
「はぁ!? 問題あるに決まってるだろ? 大ありだよ! 神術は奇蹟、神以外が使うのは禁忌だ! いくらでもいるなんて、そんなわけないだろ」
「え……? あ、ああ、そういうことか。ヤハウェの神は伝えていないのか」
「は……? まさか、ここの神って人間にまで教えてんの?」
「ああ、簡単なものを学習施設で教えている。本物とはかけ離れているがな」
神術。
神が引き起こす奇蹟、神のみわざ。
ヤハウェの神は神術を神以外が扱うのを禁じている。
それは唯一神の威厳を守るためでもある、神術を生業とする人間が増えれば、人は神への信仰心を忘れるだろうから。
だが、この神降の国では神術が盛んに使われている。
オリュンポスの神々は神術も神具も人間に渡しているのだ。
その御心を推し量ることは不可能だが、不敬な一論によれば「統治なんて面倒だから」だそうだ。
人間が力をつけたところで神には適わないのだから、自治のためにも好きにさせておこうと。
「禁忌ならどこで神術を覚えたんだ?」
「……山の中だよ、村の周りを見回ってたら、巨大なヘラジカがいたんだ。国連には精霊に指定されてる自然神だと思う、そいつに教えられた」
「あの山に神が……? 知らかったな」
「……悪い、ちょっと疲れた。少し寝てもいいか?」
「ん、ああ。分かった。荷車が来たら起こす」
ハートは半分眠りながら、曖昧な返事をした。
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