第180話 次の行き先

ラファエルが帰った後、僕達はコルネイユの工房に集まっていた。

集まっていたと言っても大層なものではない、必要もない安否確認に近かった。


「だんだん思い出してきたぜ、ミーアの親父にエライ目に合わされた」


「にゃ……ごめんにゃ」


「飛びゃあ逃げられるなんざ甘ェ考えってこったな、ったく酷ェ話だぜ、鳥人にゃ勝てる要素ねェじゃねェかよ」


木製の歯車を組み立てながら、コルネイユはブツブツと愚痴を続ける。


「コルネイユちゃんは頭良いにゃ、お父さんは頭悪いにゃ」


「……やめてやれィ」


そんな少女達の会話を聞き流しながら、僕はヤスリがけに夢中になっていった。

アルは木屑やら木粉やらに苛立っていたらしいが、その時は気がつかなかった。


「ところでミーアよ、いい加減にその気持ち悪ィ喋り方やめてくんねェか」


「にゃ? どこが気持ち悪いにゃ?」


「いや、普段''ちゃん''とか付けねェし、''にゃ''とかも言ってねェだろ」


「いつも言ってるにゃ、コルネイユちゃんの勘違いにゃ」


「ンの猫被りめ、まァ本性晒したら男が逃げるもんなァ」


にゃあん、と可愛らしい声と鈴の音が耳に届く。ヤスリがけの友としては優秀だ。


「そういえばヘルさん、もうここを出るって本当にゃ?」


狼が言ったのだろうか? ここに来たのは療養のためだし、傷が治った今ここに居る理由もない。

早く兄を探さなければならないのだ。


「うん、兄弟探したいから」


「にゃあ、寂しくにゃるにゃ」


探したいのは嘘ではない、眼を戻す件を抜きにしても一度会っておきたい。


「………着いて行っても、いいにゃ?」


「え? いや、ダメだけど」


「にゃー……どうしても?」


何故着いて来たがるのかは知らないが、これまでの旅も危険なものだった。

何の関係もない彼女を巻き込むのは避けたい。


「ミーア、ンな甲斐性ナシやめときなァ。苦労することになるぜ」


「よく分かんないけど馬鹿にしてるよね?」


「おうよ、ったりめェだ」


「……まぁ、いいけどさ」


少女達の目線から、話の主旨から逃れるために俯いた。

僕の否定は本気だと受け止められたようで、ミーアはそれ以上何も言わなかった。


「また、ここに来てくれるにゃ?」


「分かんない、けど来たら顔見せるよ」


「にゃん、待ってるにゃ」


どこか寂しく微笑んで、手を振った。

もう二度と会えない、そんな悲しみを湛えた瞳だった。




工房を後にして、宿屋にて。

もうこの国を出ようと言った。

予定よりは早いが、アルは反対しなかった。


『獣人の国の領地はこの山だ、隣国に行くなら反対側に下りなければならない』


「地図見てるから知ってるよ。アルなら一飛びでしょ?」


『山の頂上から向こう側は飛行禁止空域だ、隣国との関係上仕方の無いことらしい』


「え……じゃあ、てっぺんからは歩くの?」


『足が治ったのなら丁度良いだろう』


部屋に置きっぱなしだった地図を広げる、この地域の地形を示したものだから、山道などの記載はない。そこまで詳しい地図ではないのだ。


「散歩道とかならいいんだけど」


『良くて獣道だろうな』


「良くてそれなら悪かったら何? 地獄?」


『怪我はさせんさ』


地図をよく見れば赤い線で囲われた地域がある。

明らかな手描きの囲いの端には''飛行禁止空域''の文字。


「ここ通らないってのは無理?」


『地図を見れば分かるだろう』


「何で飛んじゃダメなの?」


『この国に来て二日目に聞いた話では、人喰いの怪物が出るから警戒を強めているそうだ。その怪物が空を飛ぶから、対空兵器が大量に設置されているんだと。航空機もここ最近は迂回させているらしい』


「人喰い……かぁ、結構な事件なんだね」


近年の魔物の狂暴化、それに伴いこういった事件は増えている。

警備や管理がきちんとしていれば問題はないのだが、この地域のような田舎ではどうしても起こってしまう。


『この村を出た後、頂上までは飛んでいく。その後は歩いて移動だ。途中に村がもう一つあるから、そこで一泊しよう』


「村……村……あ、ここだね」


『そこは現在地だな。その隣、違う。そっち、右、そう、そこだ』


頂上と麓の丁度真ん中に位置する村、ここも獣人の国の領地だ。

ということは獣人が住んでいる訳で、僕はまた物珍しい目で見られる訳で……嫌だなぁ。


『今日はもう寝ろ、明日は歩くからな』


「えー……アル乗せてよ」


『治ったのに使わないつもりか? ただでさえ運動不足だ、歩け』


「けち」


『何とでも言え』


ベッドに倒れ込み、地図を照明に透かした。

赤い囲いが目立って見える。

人喰いの怪物、か。

魔獣なら何とか出来るかもしれない、会うかどうか分からないが、念頭に置いておこう。


「隣の国って何だっけ」


『神降の国だ』


「そっか……どんな所かな」


『オリュンポスの神々が守護すると言われているな』


「おりゅ……何て?」


『オリュンポスの神々、と言った』


「何? それ」


『貴方も一時期持っていただろう? 弓の神具を、あの神具を授けたとされるのがその神々だ。国連が信仰する神とは違うからな、獣人の国との国境は特段厳重な警備が敷かれている』


「へぇ……何かよく分かんないけど、何となく分かった」


弓の神具というと、温泉の国で渡され堕天使との戦いで紛失したアレか。

確か希少鉱石の国で元の持ち主と会っていたな。


『あの国ならば天使も悪魔も簡単には手出し出来ん、身を隠すなら最良の場所だ』


「隠す……やっぱり、隠れなきゃダメなの?」


『少なくとも魔物使いの力が完全に消えるか、戻るかしない間はな』


「そっ……か。ね、にいさま見つかりそう?」


『まだ何の手がかりもない』


「そう……分かった」


会いたいような、会いたくないような。

治して欲しいような、治して欲しくないような。

矛盾した感情がごちゃ混ぜになって、グルグル頭を回っている。


それは治したかったから、僕はもう眠ることにした。

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