第169話 今はもう無い国
真っ白い髪、それを掻き分けて生えた白い猫の耳。
紺と金のオッドアイ、縦長の瞳孔。
赤い首輪に揺れる鈴に、尻尾の先のピンクのリボン。
白い家猫、なんて。失礼かな。
「にゃー……? どうかしたにゃ? じっと見て」
「あ、いや。その……初めて見たから」
「にゃにを?」
「えーっと……獣人? でいいのかな」
「そうだったのにゃ。私は獣人じゃない人初めて見たにゃー」
「あ、そうなんだ。ここは……僕みたいな人はいないの?」
「普通の人間」と言いかけて、「僕みたいな」と慌てて変えた。
何を普通とするかは人によって違うだろう。
そもそも僕の普通は世界的に見ればかなり異質だ、魔法の国だからね。
「いないにゃー。ここは獣人と……あとはせいぜい鳥人くらいにゃ」
「ちょうじん?」
「スーパーじゃないにゃ、バードのほうにゃ」
「ああ、なるほど」
そういえばさっき翼が生えた人が通ったな。
天使やらと違って腕が翼と同化していたが、不便ではないのだろうか。
それとも生来のものなら不便なんて考えないのだろうか。
「……ね、虫とかいないの?」
「虫……にゃー、いないにゃ。亜種人類のことにゃら種族が違うにゃ」
「あ、そうなの?」
「獣人や鳥人は、神獣の末裔って言われてるにゃ。だから神様には割と好かれてる方にゃ。でも亜種人類は神様には嫌われてるにゃ、魔物の血が交じったからなんて伝承があるらしいにゃ」
「へぇー……なんか、ややこしいね」
「亜種人類は大体虫っぽいけど、にゃかには違うのもいるにゃ。私が子供の頃に滅びた武術の国には、とっても強い亜種人類さんが居たらしいにゃ。その人は虫とはビミョーに違ってたらしいにゃ」
「へぇ……強い人」
「にゃんでも二刀流にゃらぬ十刀流で、神速の軍曹ってあだ名がついてたにゃ。新聞で見ただけだから詳しくは知らにゃいにゃ」
「十分詳しいよ」
当初の疑問はほぼ解消された、感謝しなければ。
端的な礼を伝えると、ミーアは照れくさそうに笑っていた。
本当に可愛いな、なんていうか……その、可愛い。
悪魔や天使は人が美しいと感じる見た目にわざとなっているらしい、僕が今まで会ってきた者達もそうだった。
だから今更可愛い子に会って取り乱すなんてありえない……はずだ。
「にゃ、今度は私が質問する番にゃ!」
「あ、うん、どうぞ……何かあるの?」
「たっくさんあるにゃ。まず……ちゃんと聞こえてるにゃ?」
「耳はあるからね? っていうか、こっちにも僕と同じような耳の人はいるでしょ」
「にゃー……尻尾なくて不便じゃないにゃ?」
「あったことないからね」
「それもそうにゃ。あとは……えーっと、あ! ヘルさんのいた国のことが聞きたいにゃ!」
ミーアの無邪気な発言に、僕の思考は止まってしまった。
何か適当なことを言わなければ、当たり障りのない世間話を、どこにでもあるような話をしなければ。
早く、早く、早く、早く答えろよ。
「あー」だとか、「えっと」だとか、意味の無い音を発して沈黙を避ける。
ミーアは目を輝かせて僕を見つめている、未知のものへの期待で溢れている。
ああ、まずい、手が震えてきた。
「僕が……いた国はね、その、薬草作りとか盛んだったかな」
「へー! すごいにゃすごいにゃ! 詳しく聞くにゃ!」
「え!? あ、ああ、分かった」
大して詳しくもない話を掘り下げられても困る。
薬草……薬草か、学校を辞めてしばらくは兄に習っていたが、全く頭に入ってこなかったな。
「なんか……ほら、日当たりが良い方に歩くやつとか、抜いたら叫ぶやつとか、葉に触ったら肌が緑になるやつとか」
「怖いにゃ」
「えーっと、ピリピリするやつもあったし、まぁ大体苦かったかな、たまに美味しいのもあるけどそういうのに限って毒があるんだよ」
「………食べたのにゃ? 食べてもいいやつなのにゃ?」
兄に無理矢理食べさせられた薬草の感想を話してしまった。
食用の薬草など食べた覚えがない、そもそも人間用ではない。作物に虫が寄らないように、薬草を煮た液を巻く……なんて使い方だったか。
それを生で食べさせられていたのだが、そんな話をする訳にはいかない、誤魔化さなければ。
「実験という名の拷問で……いや、臨床試験?」
「怖いから薬草はもういいにゃ、どんな人が居るのにゃ?」
「人かぁ……僕、引きこもってたから、あんまり」
「にゃー……あ、家族は? どんな人か聞きたいにゃー」
家族か、一番聞かれたくないところを突かれてしまった。
まぁ適当に誤魔化すか、両親も兄も外面はいい。
「えっと、確か……母は医者、父は塾の先生、兄は………………読者好き」
「職業と趣味を聞きたかった訳じゃないにゃ」
「じゃあ何を聞きたいのさ」
「獣人じゃない人に興味があるのにゃ、その人だけの特徴とか人となりが聞きたいのにゃ」
そう言われても、答えられない。
両親とは終ぞまともに話すことはなかった、性格も話し方も知らない。
何が好きで何が嫌いなのか、どんな時に笑ってどんな時に泣くのか、何も知らない。
「にゃー……? 難しいにゃ? じゃあヘルさんのお兄さんが好きな本が知りたいにゃ。きっとここにはないような本にゃ」
「………古代魔法」
「にゃ!? すごいにゃ! そんなの魔法の国くらいにしかないにゃ!」
そう言った直後、ミーアの顔が硬直する。
気がついたのだ、薬草作りが盛んで古代魔法の本が手に入る国なんて、今はもうない魔法の国以外にありえないと。
滅びた国の話をその国の生き残りにさせてしまった、ミーアは血の気が引くのを感じた。
「あとは………人体解剖学とか」
ミーアの変化に気がつかなかった僕は、そのまま話を進めた。
「にゃ、も、もういいにゃ。ごめんなさいにゃ」
「………そう?」
「にゃー………ヘルさん、魔法の国の人なのにゃ? 魔法使いなのにゃ? 」
「出身だけど、魔法の才能は無いよ」
「………ごめんなさいにゃ」
「ん、いいよ。気にしないでよ」
そうやって気の毒そうにされるのも嫌だ、憐れまれるのは嫌いだ。
だってそういう人は可哀想だと口で言うだけで、何もしてはくれないだろう。
「にゃー……ヘルさん、一人なのにゃ?」
「ううん、今はアルがいるから。それに旅の間に知り合いも増えたし」
無理矢理笑ってみせて、ふと思った。
今までの旅で知り合った人達は、僕が魔物使いでなくなったら……付き合いを続けてくれるのか? 魔物使いでない僕に価値などないのに。
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