第150話 死地の遊戯
吹き抜けの天井、青い光を灯すシャンデリア、美しい彫刻に絵画。
地上でこれだけの豪邸を作ろうとすれば、一体どれだけの金額になるだろう。
それこそ王族でなければ住めないような邸宅だ。
「……す、すっごく大きいね」
『えへへー、でしょでしょー! でもね、ヘルここでずーっと一人だったの』
「え……そ、そっか。それは寂しいね」
『うん、でももう平気だよ! お兄ちゃんはヘルとずっとずっと一緒にいてくれるんでしょ?』
「………うん、そのつもり」
『やったぁ! お兄ちゃんだーいすき!』
僕の足に飛びついて、無邪気な笑顔を向けてくる。
可愛らしい女の子に懐かれて喜ばない人間はそういない、足にまとわりつくグチャっとした感触がなければ最高だ。
『じゃあね、じゃあね、えーっと、遊ぼ! トランプ!』
「トランプ? いいよ、何するの?」
『ブラックジャック!』
「賭けるものないけど……まぁいいか」
『夕飯のおかず賭けるー!』
「それは……負けられないね」
女の子は僕の前を駆けていく、パタパタと可愛らしい足音を添えて。
歩く度に肉やらよく分からない液体やら蛆やらが落ちていなければもっと可愛かっただろう。
早く慣れなければ、ずっとここで過ごすのだから。
……ずっと、ここで。二人きりで永遠に。
それは僕にはとても素晴らしいことに思えた。
二人とも死んでいるのだから、もう離れることはない。
別れが来ない、裏切られない、こんなに素晴らしいことが他にあるだろうか。
『お兄ちゃーん、早く早くー!』
「ごめんごめん、今行くよ」
永遠に二人きりで遊んで暮らせる。
僕の望む世界はここなのかもしれない。
ああ、でも、やっぱり。
……どこまで行っても僕はダメだ、今でもずっと考えている。
君が隣にいてくれるのならなんて、もう叶わない願望をずっと抱いている。
トランプゲームに勝つには何が必要だろうか。
運? 頭脳? それともカードを自由自在に操る指先?
きっとどれも正解だ、最後のは悪手だが。
そしてどれも僕にはない。
「あっ……越えた、バスト」
『お兄ちゃんの負けー! お兄ちゃん弱すぎるよー、考えなしにヒットしすぎだよー』
「だって……あと7だったし、一枚くらい大丈夫だと思って」
『これでお兄ちゃんの夕飯はパンだけになって……可哀想』
今の今まで笑顔だったのに、僕の夕飯がパンだけでは可哀想だと泣きそうになる。
頭を撫でて慰めながら、自分でやったくせにと言いそうになる口を抑える。
『他のゲームする? お兄ちゃんの得意なやつ』
「……僕には兄弟がいてね、小さい頃はトランプもやって遊んだんだよ」
『そうなのー? ならお兄ちゃんの得意なやつもあるよね』
瞳を閉じて、瞼の裏に思い描く。
昔日の兄……幼い僕に勝って本気で喜ぶ兄、ルールを少し歪めて教えてきた兄、負けそうになってイカサマする兄。
「…………そうだね」
『ないの?』
目を逸らしながらの肯定は否定と受け取られた。
「僕は……弱くなんてない、にいさまが強すぎるんだよ、勝ったら勝ったで何されるか分かんないし……勝ったことないけど」
『お、お兄ちゃん? お兄ちゃーん』
「にいさまは酷いんだよ、七並べは6と8を総取りするし神経衰弱はすぐ混ぜるし、ポーカーはイカサマするし」
『……お兄ちゃん』
「他のゲームもそうなんだ、ダイスには魔法をかけるし、チェスは生き人形にするし……あれは本当に酷いよ、駒がルール無視するんだもん」
『お、お兄ちゃん、ヘル外で遊びたいなー、ボールとかで遊びたい!』
「ボール、ボール……は、執拗に顔を狙ってきて。」
『あー! や、やっぱり絵本がいいなぁ! 』
わざとらしい大声を上げ、トランプを片付け絵本を持ってくる。
可愛らしい表紙は彼女にぴったりと言える。
「絵本かぁ、懐かしいなぁ」
『お兄ちゃんもお兄ちゃんのお兄ちゃんに読んでもらったことあるの?』
誰が誰だか分かりにくい言葉で、女の子は僕の心を抉る。
「……まぁ、まともな絵本はなかったかな」
『……え』
「あ、家にはあったんだけど、にいさまは読んでくれなかった。にいさまが読んでくれたのはなんか……図鑑、みたいなの」
『……お兄ちゃん』
「まぁそんなこと今はどうでもいいよね、ほらおいで。」
足を伸ばし、間に女の子を抱き寄せる。
またあの柔らかい感触を味わい、腕には蛆が登ってきた。
目を固く閉じて耐え、震える手で絵本を開いた。
「むかしむかしあるところに──」
絵本の内容はごくごく在り来りなものだった。
辛い思いをしていた主人公が最後に報われる話、在り来りでいてどこか羨ましい話だ。
『ヘルねー、このお話好きなの!』
「そっか」
『王子様が迎えにーって、よく考えてたの!』
「そうなんだ」
『ね、お兄ちゃんのお兄ちゃんって、どんな人なの?』
「うーん、反社会的というか……病的というか、人間味がないというか。よく分かんないなぁ」
『ヘルはよく分かったよー……会いたくないと思ったよ』
その感想は正しい、僕もそう思う。
まぁ今は会いたくて仕方がないのだが、会ったら会ったでまた離れたくなるのだろう。
暴力さえなければ最高の兄……いや、暴言もなしで。あと性格をもう少し柔らかく……っと、これ以上は兄でなくなる。
「あ、そろそろ夕飯だね」
『絵本読んでくれたから、おかずぜーんぶ返すね』
「ありがとう」
『それと……お兄ちゃん、なんか可哀想だからポテト半分あげるね』
「ありがとう、気持ちだけ頂くよ」
女の子が''ごはんすぺーす''と呼んでいる部屋、一般的に言うダイニング……いや、これだけ広いと食堂と呼んだ方がしっくりくる。
今は二人だが女の子は一人でこの家にいたのだ、だというのに机は何十人の使用を想定した物だ、椅子の数も同じく。
女の子はすぐに席につき、どこからともなく現れる料理を美味しそうに食べていた。
誰が作ったのか、どこから出てきているのか、何も分からない料理を食べる気になれず、僕はハンバーグを頬張る女の子をぼうっと見つめていた。
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