狂気と踊る希少鉱石の国

第108話 鉱物的な少女

希少鉱石の国、その名の通り希少鉱石が採れる国である。

希少鉱石と言っても宝石やレアメタルではなく、精霊の力や魔力を宿す特殊な石だ。

当然のごとく裕福な国で人も何もかもが活気づいている。



僕達は、いや僕は、そんな国に漂着した。

植物の国の船は驚くほどに脆く、漕ぎ出して数分でオールが砕けた。

それよりもなによりも僕を絶望させたのは『黒』の言葉だ。


『翼が濡れて飛べない、水分の干渉を切るレベルになると君に触れられない』


そして挙句の果てに。


『……頑張って!』


僕はこの時久しぶりに見捨てられた気分を味わった。

心臓を握られたような、体の奥底から冷えてくるような。

そんな感覚に襲われる。

決して海水に浸かって体が冷えたが故の症状ではない。いや、本当に。


『ちょっと待ってて、人呼んでくるから』


細かな輝く石の混じった砂浜はとても美しい、だが景色を楽しむ余裕などない。

見渡す限りでは周辺に人家はない、『黒』が戻るのはいつ頃になるだろうか。

まだ、死にたくないな。


「アル……会いたいよ」


冷たく濡れた巾着を頬に当てる、固く刺々しい石の感触だけが返ってきた。

僕はそのままアルの姿を思い描いて意識を手放した。




目が覚めると、見知らぬ場所に居た。

無機質な白い天井だけが目に入る、機械的に人を暖めるだけのシーツが手に触れる。


「おはよ」


横から聞こえた優しげな声に視線を向ける。

見覚えのない少女が本を読んでいた、清らかな聖書でも禍々しい禁書でもない、澄んだ科学の雰囲気のある本だった。


「気分はどう?」


「あ、大丈夫……です」


色素の抜け落ちたような白い髪と肌は『黒』の人格の一つだったヴォロンタを思い起こさせる。

ただ、一つだけ違う。

少女の瞳も彼女と同じく血のような赤さだ、だが違う。

少女の瞳はもっと不気味な……感情が欠落したような、そんな瞳だ。

見た目で言えば鉱物的、眼球と言うよりも宝石と言われた方が信じられる。


「あぁ、冷えているよね。シチューを作っていたんだけど……食べられるかな?」


「え、あ……いただきます」


「良かった。持ってくるね、他に欲しい物は?」


「大丈夫……です」


慈悲を感じさせない瞳とは裏腹に、少女はとても優しい。

裏があるのではと邪推してしまうほどに。


「どうぞ冷めないうちに……ああでも、舌を火傷してしまわないように気をつけてね」


温かいシチュー、甘い人参に口に溶ける牛肉、優しく砕けていくジャガイモ。

何もかもが完璧で温かい、でもだからこそ気味が悪い。

いつもの僕ならば喜んでこの人に懐いてしまうだろうに、何故か今日は勘ぐってばかりだ。


「お風呂も用意してあるよ、海水と砂で汚れてしまっているだろう?」


「あ……はい、ありがとうございます」


心にはない礼を述べる。

少女の優しさに甘えきれない自分が、感謝もせずに嘘を並べる自分が、何より嫌いだ。


風呂の温度も丁度良く、石鹸の香りも僕の好きなものだった。

満たされているはずなのに、気味が悪いほどに心が寒い。


「……おかえり」


寝かされていた部屋に戻ると、丁度少女がシーツを替えているところだった。

海に流され砂浜で倒れていた僕を寝かせたシーツはとても汚れていて、気を悪くしたに違いない。

そんな事を考えられるのに、僕の心は動かない。


「どうかした?」


「え、あ……いえ。別に」


「…………そう」


赤い石のような少女の瞳は僕の心の底まで見透かしているようだった。

───赤い石? そういえば、魔獣達の石は?

石の行方について考えを巡らせる、少女に聞いてしまえばいいのに、何故か僕はそれを嫌がった。

僕がぼうっとしているうちに少女は僕に近づき、首筋を指でなぞった。

動脈の位置を確かめるような、そんな手つきだ。


「あ、あの!」


「……ん?」


「何……してるんですか?」


「こうされるのは、嫌?」


「え、別に……その、嫌とかじゃなくて」


僕の言葉が終わるが早いか、少女は僕の首に舌を這わせた。

咄嗟に突き飛ばすも、少女はほとんど離れずに艶っぽい笑みを返すだけだ。


「流石にこれは嫌? ならもうしないから安心してよ」


「何がしたいんですか」


「……別に。次は君みたいなのにしようかなって、その調査……かな?」


年相応の悪戯っぽい笑みに変わる、それは安堵を誘うためのものだったが、意図が見え透いて気味悪く映った。


「僕みたいなのにするって、何の話ですか」


「僕の愛を受け止めるだけの人形の話、そっくりなのもいいけど、それじゃあ飽きてしまう。たまには違うものを……違う人形を、趣向を凝らして作らなければ」


少女はわざと的を外して、僕の理解できるギリギリの線を踏まずに答える。

靄に隠された真実はきっと違う、もっとおぞましいものだ。

だけど僕はわざと目を逸らした。

そうすればこの少女が僕の''線''を踏み間違えると考えて。


「ああ、人形作家さんなんですね。それで新しい人形のモデルを探してるんでしょう」


「へぇ……ふふっ、良い推理だね。純真で可愛らしい」


正解とも間違いとも言わない、この反応は予想していたものだ。

もう少し腹を探れば……というところで玄関のベルが鳴る。


「こんな時間にお客さんかな。少し待っていてね」


少女が部屋を去り、ふと腰掛けたベッドの横の棚を見た。

そこには妖鬼の国で買った巾着が三つ、中身もそのまま置いてあった。

石を見つけたことにより僕の猜疑心は一気に萎む。


──あの少女は優しい、良い人だよ。

──石について話してみようよ、何か知ってるかも。

──ねぇ、人形を見せてもらおうよ。良い推理だってのはあの人なりの正解だって言葉だよ。きっと可愛い人形がたくさんあるよ。


僕の中で僕が一斉に話し出す。

その中でふと僕は大切な事とどうでもいい事を思い出した。

『黒』はどこでどうしているんだろうか。

そういえば少女の名を聞くのも、名乗るのも忘れていたな、と。

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