牢獄の国に封じられし最美

第66話 極小範囲の凍土


牢獄の国。

どうしてそんな名前なのかは誰も知らない。

ただ、数年前に王が変わってからはまさに牢獄と化した、なんて皮肉を言われている。



『どうしてまたこんな国に行きたがるんだ』


「ちょっと事情があってさ」


空港でチケットを買っている間、アルは文句を言い続けた。

尾を足に絡め、抗議を繰り返す。

僕の横に立った薄桃色の髪の青年が、遠慮がちに話した。


『ヘルシャフト君、悪いんだけど……お金貸してくれないかな。ボク、一度お菓子の国に行かないといけなくて』


「お菓子の国ですか?」


『ちょっとメルちゃんに呼ばれててさ、チケット代だけでいいから、お願い!』


「セネカさんには大分お世話になってますから、別にいいですよ」


お菓子の国行きのチケットを追加購入し、菓子パンと一緒に手渡した。

セネカと別れ、飛行機に搭乗する。

僕はイマイチ飛行機を信用しきれないままで、小さな窓からぼうっと離れていく空港を見ていた。

安定したとのアナウンスが流れ、何人かの乗客が席を立つ。

僕の座った席の横の通路にもそんな人が歩いていた。


「おっ? ヘルじゃねぇか、お前も牢獄の国に行くのかよ」


「セレナ? お前もって……君も行くの?」


「雪華の里帰りの付き添いでな、あの後色々話して気が合っちまってよ、しばらく一緒に旅しようぜってなったんだ」


セレナは親指を立てて背後を指す、僕には見えないがその先の席にあの修道女が居るのだろう。


「へぇ……牢獄の国の出身だったんだ」


「最近の暴政を聞いてししょーサンが心配になったんだとよ。じゃ、また地上でな。暇なら一緒に回ろうぜ」


「あ、うん。ばいばい」


軽く手を振り、セレナと別れる。

アルは少し不機嫌そうに僕の肩に頭を擦り寄せた。


『随分と仲良くなったものだな』


「何? 妬いてるの?」


『ああ、もっと私に構え』


「今日は素直だね、よしよし……いいこいいこ」


『ん、もうちょい右だ』


「……頭痒かっただけじゃないの?」


飛行機に乗っている間中ずっと頭を撫でさせられた。

柔らかい毛並みを堪能する機会はこのところ少なくなっていた、だから嬉しくもあったのだが。手が疲れてしまった。





飛行機を降り、レーンに乗ったカバンを回収する。

僕のカバンは銀弓が少しハミ出ているのでとても分かりやすい。

まぁそのお陰で荷物検査を抜けるのは大変なのだが。

いや、今回は僕以上に不可思議な荷物を持った人がいた。

レーンを流れる大剣というものは、なんというべきか……不釣合な面白さがある。


「荷物検査大変だったぜ」


「よく乗せてもらえたね、僕もだけどさ」


「お二人共……もっと平和的な武器を持っては?」


「平和的な武器ってなんだよ、そっちのが怖ぇよ」


『私が乗っている時点で気にする必要はない』


少女達と共に空港を出る、街の中心に近づくにつれ、僕の左手に絡んだ黒蛇の力は強くなっていく。

街中には昼だというのに人通りが少ない、その僅かな人達でさえ僕を見て家や店に駆け込んだ。


「昔、私がいた頃はもっと活気ある街だったんですよ?いつからこんなふうになってしまったのでしょうか」


分かりやすく肩を落とす雪華に僕達は不器用な慰めをする。

そんな僕達に話しかける人影が一つ。


「君…雪華ちゃんかい?」


「おじさん! お久しぶりです、氷襲こおりがさね雪華せっかです!」


「ああ、大きくなったね」


深緑色のエプロンをした男性は雪華の知り合いらしい。

立ち話もなんだからと八百屋に案内された。

すると男性は急に真剣な顔をし、声を低くした。


「……とんでもない時に帰って来たね、全く運のない娘だよ」


「何があったんですか? この街はもっと元気だったじゃないですか」


「誰にも言っちゃいけないよ、この国の王様は人に化けた魔物なんだ。酷い暴政でね、逆らった人は皆拷問を受けて殺されたよ。

そこの男の子……そう、君が連れてる狼が怖がられているのもそのせいさ。王の兵は全て人に化けた魔物だからね」


男性は落ち着きなく店の入り口に目をやる、誰かに聞かれれば処刑されかねない、そういうわけだ。

『黒』から聞いてこの国の王が魔物だとは聞いていたが、ここまで酷い事になっているなんて。


僕と少女達は暗い顔で八百屋を後にした。

今日は雪華が昔住んでいた教会に泊めてもらう事になった。

魔物を恐れるこの国ではアルを連れて宿は取れないだろう、という事で。

男性の店で買った林檎を齧り、僕達はどんどん街から離れる。


「雪華、ホントにこっちなのかよ、街外れってレベルじゃねぇぞ。人や動物どころか木も草もねぇ、なんなんだよここ」


雪華に先導され、岩山と言って差し支えない道を歩いていた。

草の一本もない岩場はいつ崩れてもおかしくないほどに岩が老いている。


「もうすぐです。あ、皆さんこれを着てください」


雪華は背負った大きなカバンから引きずり出した分厚い上着を差し出した。

羽毛らしいそれは全身を包み、汗をかくほどに暑い。


「あっちーのにこんなモン着れねぇよ」


「すぐ丁度良くなりますから。アルさんは、えっと……こちらをどうぞ」


分厚い紐付きの毛布をアルに被せ、腹の下で紐を結んだ。

アルは嫌悪をあらわにしていたが、口に出さずにされるがままとなっていた。


「アル、歩ける?」


『何とかな』


僕はアルを見下ろしている筈なのだが、目に映るのは歩く毛布。全く奇妙な光景だと笑みがこぼれた。

だが、しばらくして僕達はこの過剰な防寒対策の意味を知ることになった。


ようやく坂が終わり、足元が土に変わる頃。

霜柱の立った地面を踏む感触を楽しむ、初めての体験だ。

吐く息は白く、吸う息は肺に刺さる。

急激に気温が下がっている。


「さっみぃ〜! なんだよこれ、全っ然羽毛役に立ってねぇぞ!」


「教会が見えてきましたよ、もうすぐの辛抱です!」


アルは少し前から僕におぶられている、地面が冷た過ぎて肉球が剥がれるなんて言っていたか。

そんなアルの言葉もあながち嘘ではないのだろう。


救いを求めるように教会の扉を開く、だが室内は外よりも寒く、風をしのげるというそれ以外に利点はなかった。

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