第60話 防衛装置


街から十数キロ東に位置する遺跡。

砂漠の国に多数存在すると言われる遺跡の中でも最も危険とされ、調査が全く進んでいない。

そんな遺跡に僕達は足を踏み入れた。


遺跡の中は当然の事ながら真っ暗だ、そしてとても寒い。

薄着で来たのは間違いだった。


「じゃ、アタシが先頭。おっさんは真ん中入っとけよ」


「ああ、よろしく頼むよ。それとおっさんはやめてくれ」


『ヘル、足元に気をつけろ』


「分かってる……わぁっ!?」


石段を踏み外し、アルに支えられる。

今言ったばかりなのにと呆れるアルは僕の腕に尾をまきつけた。

不測の事態に備える為の行動だ。


長く続いた階段が終わり、少し開けた場所に出る。

セレナが手に持った松明では壁も天井も見えない。


突如、広場に明かりが灯る。

壁中に取り付けられた燭台の上には真新しい蝋燭が燃えていた。


「おっさん、どういう事だ、人が居るわけねぇんだろ。」


「私に聞かないでくれ、超常現象は専門じゃない」


「アル? 何かいるのかな」


『居るな、腐った匂いだ。かなり多い』


「く、腐った……モノ、ですか?」


アルの言葉にセレナは大剣を両手で構えた。

ヴィッセンは壁まで下がり、僕はその前に立ち弓を構える。

雪華は昨日夜市で買ったロザリオを握りしめていた。


『会敵まで……あと十秒、と言ったところか』


「アル、お前も前衛か。アタシの剣に当たんなよ」


『上手い剣士は味方に当てんものだ』


「アタシはまだまだ未熟者ってね」


広場の壁はレンガらしきもので作られている。

そのレンガがくるりと回り、壁に穴を作っていく。

そしてその奥から無数の『犬の形のナニカ』が飛び出す。


『この遺跡、きな臭いな』


「同感っとぉ!」


セレナが大剣を振るう、数体を巻き込み断ち切る。

アルは尾を振るい僕に向かったモノを優先的に薙いだ。


腐死犬クーストースだ、体を完全に破壊するまで動き続けるぞ』


「オッケーオッケー! 余裕だっての!」


大剣を振るうセレナにはどうしても隙が生まれる。

僕の役目はきっとその隙を埋めることなのだろう。

銀に輝く矢は正確に眉間を撃ち抜く、だが動きは止まらない。


「ヘル、手足狙え!」


「分かった!」


セレナの指示通りに撃つために再び矢を番える。


『二体逃した、仕留めろ』


アルの言葉が耳に届くよりも早く、一体が僕に向かう。

矢はまだ生成途中だ。

身構えたその時、パァン! と破裂音が響き僕に向かってきていたモノは消えた。

何の痕跡もなく消えていったのだ。


「セネカさん? ありがとうございます」


コウモリはいつの間にか僕の頭の上に乗っていた。

翼か尾でも振るったのだろう。

さて、もう一体は?


「氷晶、封じ込め」


ロザリオを握りしめたまま雪華がそう呟くと、目の前に迫った腐死犬は氷の中に閉じ込められる。


「氷塊、撃ち抜き」


瞳を閉じて、そう呟く。

雪華の周囲に大量の氷の弾が現れ、手足を的確に撃ち抜いていく。


「っと、これで全部か? アル」


『私に聞くな、動くモノと動かんモノの匂いに違いはない』


「見た感じ動くヤツはいないぜ、進むか? おっさん」


「あ、ああ、凄いな君たち」


呆然と立ち竦んでいたヴィッセンはセレナの声でようやく意識をこちらに戻した。

だが僕には進む前に聞きたい事がある。


「ハカセ、この遺跡の仕掛けについて何か知っていますか? この国では普通の事だったり?」


「いや、知らない……聞いた事もないよ。こんなオーバーテクノロジーが遺跡が出来た当時にあったとは思えない」


ロザリオを服の中に仕舞い、雪華は小さく手を挙げる。


「なら、誰かが改造したのでしょうか」


『呪術なら当時でも可能ではないか? ハカセとやら。この国では昔からそういうモノが盛んだろう?』


「超常現象は専門外でね、だが歴史学的にはその意見は的を得ている。確かにこの国では昔からその類の術が盛んだ、最近は廃れも見え始めたがね」


呪術、か。

人間が扱う呪術は悪魔のかける呪いとはまた違ったものだ。

牛や山羊などの家畜を生贄に、人間の願いを叶えるモノ。

後世の者に歪んで伝わり、決まり事が破られる悪魔との契約と違い、呪術は人間だけで完結するものだ。

だからこの国もここまで発展したのだろう。

なんて考えながら狭い道を行く、すると先程と同じく広場に出て、大量の蝋燭が燃え上がる。


「おいアル、またなんか来んのか?」


『匂いが薄いな、音……骨の擦れる音だ』


カチャ、カチャ、と暗い穴の奥から不気味な音が響いてくる。

その音からは何故か一切の温かみも生命も感じられない。


骸兵アルコか、面倒だな』


現れたのは人の骨だ。

骨だけが歩いて来る。

骨と骨の継ぎ目には何も無く、宙に浮かんでいるようだ。

無数の骸兵達は皆、弓を構えた。


『呪術によって作られる秘宝の番人、生贄となった人間を使っているようだな』


アルは淡々と説明しながら先頭に立ち、大きく翼を広げた。


『砕こうが溶かそうが再生する、完全な破壊は不可能だ。呪術の触媒を破壊するしかないな』


木と石で作られた矢が降り注ぐ、その全ては狼アルの翼に防がれる。

骸兵達が一斉に次の矢を番える瞬間、セレナはアルの翼を潜り抜け大剣を振るう。

脆い骨は簡単に崩れ去るが、カタカタと揺れては浮かび、元に戻っていく。


「なーるほど、厄介だな。で、その触媒ってのはどこにあんだよ」


『まず見つからん、棺にでも入れて地中深く埋めるかどうにかするだろう』


「ならこいつらは倒せねぇってことか。気が進まねぇぜ、どうせ元に戻るもんを壊すってのはよ」


そう言いながらもセレナは嬉嬉として大剣を振るい、骸兵達を薙ぎ払う。

再生している間に走り抜け、振り切るのがおそらく最上の策だろう。

絶え間なく降り注ぐ無数の矢を、セレナは大剣を頭の上で横に構え盾として防ぐ。

アルの体を矢で傷つける事など出来ない、矢を払う翼にも一本も刺さっていない。


「ハカセさん、下がってください」


雪華はロザリオを握りしめたままヴィッセンを後に庇い、呟く。


「氷膜、止めよ」


矢は雪華の体を覆うように現れた氷によって防がれる。

頭の上できゅうきゅうと鳴き声がする。

コウモリは翼を傘のようにして僕を守ってくれていた。


「セネカさん、ちょっとの間お願いしますね。すぐにアイツら倒しちゃいますよ……アルが」


銀の矢を幾ら飛ばしたところで破壊できる骨は僅かだ。

アルが尾を振るっている方が余程効率がいい。

だが、次から次へと立ち上がり続ける骸兵にはキリがない、走り抜ける事すら出来ない。


「氷牢、閉じ込め」


ロザリオを掲げ、雪華がそう呟いた瞬間。

骸兵達は氷の下に閉じ込められた。

隙間なく凍りつき、骸兵達は動きを止めた。


『ほう、動きを止めてしまえば再生など問題ではないか』


「やるね、雪華。ところで……どうやって進むの?」


広場の中心を埋める氷塊は壁まで届き、道を塞いでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る