北海道の田舎で釣りに行ったら異世界についた
@atrout
第1話
あの日は、確か4月1日。
エイプリルフール。ということはよく覚えている。
なぜかといえば、、僕はこの日が大嫌いだからだ。
世間が欺瞞と嘘にまみれたこの朝、僕は顔を洗ったあと鏡を見つめ、そこにいるもう1人の自分に問いかけていた。
「こんなことでいいのか?ええ?」
世間では薄汚いジョークという名の汚れた言葉にまみれていたこの日に、僕は前からやることがあった。
そこで、妻の出してくれた朝食を食べたあと、画面を割れたまま放置してあるスマートフォンを開き、ツイッターアカウントに次の文章を打つ。正さなくちゃいけない、このクサった世の中を。
「エイプリルフールだから言わせてもらうけど、フォロアーの金持ちは全員今日死ぬ」
確かに、エイプリルフールにムカついたから打った。それにこのくだらないお祭りを終わらしたい気持ちに駆られていたし。でも、結果的に金持ちへの恨みに代わってしまったのは、僕がとんでもない極貧だからでもある。
ともかく、何がエイプリルフールだってんだ。
僕がこの日が嫌いなのは、くだらない嘘というジョークを喜々としてやる連中が多いのが原因だ。やれ、三億円が当たっただの、社長就任だの、宇宙人だっただの、ジャニーズ事務所に入りましただの、どうでもいい嘘ばかり。それに実際のところ、大半が本人の願望を言っているだけだ。
ちなみに僕が嘘をつくとしたらどうするか?
そんなことを考えながら服を着替えていたが、思いついたのはこれだ。
「昨日裁判で懲役7年が決まりました、フェイスブックユーザーの皆様の個人情報を盗んだあげくTwitterで猫画像botに呟かせていたことを深く反省しています」
僕の場合は、嘘はより酷い目にあうようにする。
そもそも、嘘なんてものは笑うためのものだ。他人の不幸は笑えるだろ?だからなんでわざわざ笑えない幸せ話のウソなんてつくんだ、アホらしい。
というわけで、この日、たぶん北海道の道北地方にあるこの士風名市(シフメ市)でまともなのは僕だけだったと思う。いや、ただ不幸な男は自分だけだったかもしれない。
本音。つまり自らの内面の事実に気が付けるか、僕はいつも気になってる。
だって、それが正気の証拠だ。それがどれだけ辛いものでも。
で、僕は唯一の正気を保つために何をすべきか考えながら、服をきて、泥水のようなインスタントコーヒーで現実の苦味を思い出す。ついでにポストから引き抜いた大量の支払い用紙に目をやる。どれもこれも自分宛で、目的は支払いのさいそくばかり。だが、いずれも嘘ではない。本物。だからこそ、信じられるし、恐怖すらする。
外は晴れている。
特に仕事もないこの日、まともでいるためにやるべきことは決まっていた。
それに気がついた僕は、二階の作業場に戻る釣り竿と自作ルアーを手に取る。
釣りをしたことはあるかい?
僕は毎日のように、こうして短い釣りに出る。
たぶん釣りに興味もない人もいるだろうし、まさかお前が釣りをするなんてと思ったかもしれない。
それに、ここまでの文章できっとみんな僕のことを酷い鬱病患者のリアリストかと思ったはずだ。それは甘んじて正解だといっておくとしても、一つ言わせてほしい。僕はこんな現実は死ぬほど嫌いだ。
死なない理由について考えたことがある。
こういう現実に慣れ切った人間は、いつも死にたいと思っているものだし、僕だって同じだ。それに精神病にかかったこともあるし、今だって睡眠薬だけは飲んでる。
ただ、今はまだこうしてまともなフリだけでもできるのは、決して現実が好きになったわけじゃない。信じられる嘘を見つけたからだ。
エイプリルフールが嫌いな理由もこのあたりにある。
どいつもこいつも、くだらない嘘ばかりつく。嘘だとわかるだろ?ていう格好でつく嘘に、なんの魅力もない。
けれど、釣りは違う。
現実なのに、嘘みたいに楽しい。自然なのに、ありえないほどにクール。
だからやみつきなんだ。
ぽんこつ車の荷台に釣具をおしこめ、僕は嘘まみれの現実と別れをつげるべく、車のキーをひねり、死ぬほどハードボイルドな気持ちで車を走らせる。それはもうワイルドな気分で。トミーリージョーンズとスティーブンマックイーンを足してウォッカをぶちまけたような顔をしてバックミラーごしに自分を確認してみたが、どう見てもメガネをかけた笑い飯のロン毛のほうだった。現実よ、ロンググットバイ。わからないやつはネットフィリックスでも見てくれ。僕も毎日見ているし、釣りの次に好きなよくできた嘘がそこにある。
9:10分 現地到着
あの日は、とてもハードボイルドな気分だった。
それがネトフリのクラシックな映画に出てくるような、クールな79年式マスタングじゃなくて、エンジン音のうるさい1999年製のポンコツ日産ラシーンの運転席だろうと。窓から見える景色がLAの坂道じゃなくて、永遠と雪解けで汚れた春の田園田畑だろうとしてもだ。
ちなみに、この文章を書いている今、とっくにすべてが終わってる。
だからこいつは──そう、プロローグというやつだ。
だから本編にはまだ遠い。
僕もさっさと結論を書きたいよ。けれど、物語はこうやって書くものだとシゲサトから教わったものだからやってる。ちなみに、シゲサトっていうのもすぐに出てくるが、まぁろくでもないやつだから期待はしないほうが良い。
で、世間のエイプリルフールの風に流されることがないよう気を引き締めつつ、僕は現場に付いた。
驚いたのは、その水量と色だ。
天塩川水系のとある支流に入った僕が車から降りると、とてつもない轟音が聞こえてくる。そこに、いつもの静寂さを湛えた水面は無かった。
雪解けであふれかった泥水が茶色いうねりとなり川の中に溢れかえり、まるで土砂がそのまま押し流されているようにも見えた。
しかし、それでもエイプリルフールのくだらない現実に戻る気にはなれない。というか、現実はいつだってくだらない。だから、こんなにダルイ気持ちになる。
そんな気持はあの時も同じだった。
だから、僕は準備していたロッドを手に川辺に立つ。
流速は相当早い。
押し流される石や枝がレースでもしているかのように目の前を通りすぎていく。
ここではだめだ。
諦めきれず、歩いて上流へと移動していく。
すると、砂防堤の下に水のよどみがある。
ここだ。
僕はすぐさまアップクロス用に調整した中川鉄男改を投入。
着水後、カウント1、2、3、4,5,6、7,8,9,10,11・・・・
で、おかしいと気が付いた。
すでに20秒を数えたのに、ラインは止まらない。たかが支流で10gのメタルジグがカウント20を超えるなんて、絶対にありえないことだ。
そこでスペイルをおこし、ロッドを持ち上げた途端、僕は異変に気がついた。
上がらない。
イメージでは頭上にまで高々と持ち上げるはずだった7フィートのロッド。
しかし、現実には僕の手は胸元以上は上がらなかった。そればかりか、突然手にコンクリートを載せられたかのように重くなる。
で、何がおきているかわからない内に、ルアーが吸い込まれた水面が山の様に盛り上がり、割れた。
巨大な魚。
いや、魚かどうかすらわからない。
銀色の巨体。全長はおよそ5メートルはあった。水面から空中に浮かび上がりったその魚の縁にかかった僕の鉄男が助けを求めているようだった。
まずいと思った。
僕はいそいでロッドをはなそうとしがた、すで遅かった。まるで縛られたかのように固まった体ごと、水中へと引きずり込まれる。大量の泥水が喉を通り抜ける感触。視界が暗くなり、泡と茶色の風景をみつめるまもなく、僕の意識は暗転した。
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