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「マスターは母の日、何かプレゼントしたの?」

 目尻に皺を寄せた小料理屋の女将、天野さんがオリーブで混ぜながら訊いた。

「はい、一応、ですけどね」

「一応って何よ」

「大したものじゃないですよ。親の顔も見に行っていませんし」

 いい歳した大人だから、それだけの為に帰ったら逆に向こうが驚くかもしれないけどね。

「いいじゃないの、それでも。ちゃんと母の日、したんでしょう? 羨ましいわぁ」

 そう言って、ふぅ、とため息を吐く。確か天野さんには子供さんが二人居たはずだったような? 俺と同い年くらいの。

「一応娘と息子がいるけどね、あの子たちはダメよ」

「え、ダメ、ですか?」

「ダメダメよ。ぜーんぜん」

 それからもう一度ため息を吐く。今度は長めだ。

「母の日どころか年に一回も顔を見せないってこともあるくらいだし」

「そうなんですか?」

「そうよ。まったく、どれだけ大変な思いをして育てて来たと思っているのか」

 天野さんは小料理屋を営みながら女手一つで二人のお子さんを大学まで出したらしい。寝る間も惜しんで働いて育て上げた子供たちは、今は二人とも家を出てそれぞれの家庭を持っている。広くはない小料理屋兼自宅で、天野さんは今一人で暮らしている。

「別に仲が悪い訳じゃないのよ、娘からはたまに電話も来るし、時々プレゼントだってあるし。その点、息子は全然ないけどね。嫁との折り合いが悪いのよ」

「そう、でしたか」

「娘も色々家庭が大変だからね。一応そういう所は分かっているつもりだから別にいいんだけど。ただね、ちょっとね、マスターのお母さんが羨ましいなって思っただけよ」

 そんな、大したものじゃないけど。

「大したものじゃなくていいの、ただ元気だって姿を、いいえ、声だけでも聴けたらそれでいいのよ。子供たちはいつまでも、私の大切な宝物なんだから」

 そう言って少し照れた風に笑った天野さんは一気にグラスを空にした。


 それから少ししてスマホから着信音が聞こえた。画面を見た天野さんは今まで見た一番の晴れやかな表情で、両手に持って会釈をして外に出て行った。

 どんな贈り物よりも、一番の贈り物はただ一言、『いつもありがとう』と声を届ける事なのかもしれないな。

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