革新塾

虹色

第1話

「その命、私に預けてくれないか」

 見るからに怪しそうなセリフと共に、男は言った。

 

 学校の屋上。深夜。誰もいないはずの空間に彼はいた。

 スーツの男。整った顔立ち。鼻がたかい。ハーフ系の顔だち。

「捨てるなら、その命、私に預けてくれないか」

 彼は、もう一度言った。僕は、飛び降りる手前のその足を、一歩引いた。

「あれ? 聞こえていない? 捨てるなら――」

「聞こえてます。一体何ですが、あなたは」

「私、私はこうゆうものです」

 男は名刺を差し出した。革新塾 塾長 今泉大樹(IMAIZUMI DAIKI)とあった。

 革新塾――進学塾か何かだろうか。だが、そこの塾長が深夜の学校に何だろうか。そもそも、どうやって入ってきたのだろう。鍵は僕が内側からかけたのに。

「鍵ならはずしたよ。鍵外しのスキルは友人から教わったからね。小学生時代、懐かしいな」

 男は得意げに南京錠をみせた。

「――っと、そんなことはどうでもいい。本題に戻ろう。まず確認なんだけど、君、今から自殺するつもりだったよね」

 並べられた靴を指さす。その通りである。僕は黙ってうなずく。

「良かった。違ったらどうしようかと思った。差し支えなければ、理由、聞いていいかな」

 僕は黙った。言いたくない。

 学校でいじめられて居場所がない。自分の能力が低いから、将来に希望がない。家庭内の環境も冷めきっている。

 いたって一般的な不幸な形。ネットでぐぐればでてきそうな不幸環境。

「じゃあ、適当にその理由は推測するね。こっちで勝手にさ。気が向いたら今度教えてよ」

 気づくと男は僕の間合いに入っていた。ぐいっと手をつかむ。

「とりあえず、君の一か月、貸してくれない?」

 醤油とってというような気軽さで男は言った。

「一旦、君は飛んで死んだということにしよう。はい、死にました。これかれの一か月は、まあ、あれだ、異世界に転生したノリ我が塾で過ごしてみてよ。損はさせないから、たぶん」

「わけがわからないです」

「まあまあ、世の中分からないことだらけだから、一つくらいわからないことが増えても大丈夫だよ。ところで君、世界最短の戦争がどれくらいで終わったか、知ってる?」

「知らないです」

「ザンジバル戦争。45分の戦争だ。ほら、知らないことが一つ減ったからこれでチャラだよ」

 男は、今泉さんはさらに続ける。

「詳しい話は、事務所でしよう。ここにいては、何も始まらない。おっと、靴は回収しておきなさい」

 いわれるままに、僕はついていった。主体性がないなと思った。

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