第25話
一方、如月高校本館の屋上。
夜闇が覆い、仄かな光のみを頼りとして闘っていた泰生と古川。
強力な魔法を用いた激しい攻防の後に、僅かに空気が緩む。
向かい合った二人は身体こそ動かしていないが、相手の挙動から意識を切ることもない。
藤吉泰生か手にした戦力は、如月の大結界という大魔法(ただし有効に使えていない)と高純度魔力結晶「賢者の小石」(ただしトコシエがいないと発動出来ず)が残り三個。
対して、古川道治が手にした戦力は、魔道具「疵の呪剣」が一振りと、そこから生み出される疵の延長と、それを応用した「疵の暴走」、そして彼自身が極限まで磨き上げた「
(さて、どうしようか?)
そう次の手を考えていたところ、古川は「ところでよ」とボソリと呟く。
「その『石』。結構ヤバイな。流石に少しばかりビビった」
本当にそう思っているとも思えないような気軽な言葉。
「その『石』は見たところテメェの奥の手だろう。
後いくつある? 二つか? それとも三つか? 多くとも十もあると思わねえな」
「……」
まさか馬鹿正直に話すこともない。
古川もまさか正直に話すなどとは思ってはいないだろう。泰生が黙っていることに対して何も言わなかった。
むしろ何も話せないことに、大いに満足したようだった。
「果たしてよぉ。お前がそれを使い果たしたときに、俺を倒す手段は残っているのか?」
挑発するような物言い。
平時であれば多少は頭が沸々としていたかもしれないが、幸か不幸かそれほど余裕のある状況ではない。
泰生は深呼吸して呼吸を整える。
大丈夫ーー。
ここまでは想定できている。
そこまで悪い状況ではない。
そう自分に言い聞かせる。
考えてみれば、この「賢者の小石」がなければ、ここまで対抗できずに敗れていたのだ。
前向きに考えると思考にも多少の余裕がある。
ポケットからその「小石」を一つ摘み出し、強く握りしめた。
「
ポンと足元に「小石」を投げた瞬間に合図を送る。
「崩れろ」
その魔法が発動し、小石が形を失うのと同時に地面に床全体を覆うように亀裂が走る。
亀裂が大きくなるにつれてズズンと重く低い音が辺りに響く。
放射状の亀裂は、進行方向の先にいる古川に襲い掛かる。
そこで泰生の目論見に気づいたようで、軽く舌打ちをする。
「舐めんな!」
それは、言葉に圧力があるかのように鋭く、力強い言葉だ。単純に怒っているのがわかる。
そして、その亀裂は古川をーー、正確には古川の張った「陣」を避けるようにして進んでいく。
「ヒビを入れれば『陣』を破れるとでも?
甘い甘い甘い!
どんな強力な力でも俺の魔法は空間を切り分けてんだよ!!
ちょっと地面を削ったくらいで俺を攻略したつもりでいるんじゃねぇ!!!」
怒りの混じった声に泰生は怯むことはない。
「まぁ、そうだね。ちょっとじゃね」
その言葉の意味を説明する前に、それが起きた。
ガン、という音とともに足場が一気に一〇センチ近く沈んだのだ。
「まさか、お前!」
彼が「土星」の符牒をつけた魔法は、簡単に言えば地面を割る魔法である。
直接的な攻撃力という点では「火星」「水星」には及ばない。
もしも、一回目での藤吉邸、二回目での千年桜の前で同じように振るったのであれば大した効果はない。
しかし、ここは学校の屋上。
建物の上である。
建物の構造に詳しくない泰生はその床の厚みなど知る由もないが、多くの人や物が載る大地よりも分厚いなどあり得ない。
「結界がどうにもできなくても、この学校の床なら何とか切れるんじゃないかな?」
彼が張る魔法の頑丈さは、トコシエやクライクハントからもお墨付きを受けている。
ならばその土台にある床を先に壊してしまえばいい。
「まさか場所をここに指定したのはーー」
当たり前だ、
と泰生が答えるよりも先に、さらに足場が数センチ沈む。
「地の利を活かさずにかてるかっての」
陣の繋がりが断たれ、泰生と古川の間を容赦なく遮断していた壁は灯した明かりが消えるようにあっけなく崩れ去った。
「流石に床そのものが崩れたら陣は維持できないみたいだね」
しかし、そうなると当然ながら崩れ去るのは「陣」だけではない。
「テメェ、ンな真似すると……」
「まぁ、足場だって崩れるだーー」
その続きは足場が崩れる派手な音にかき消されてどちらの耳にも届かなかった。
※
一般的に「陣」を極めることは、絶対の防御を得ることでも、展開の速さを突き詰めることでもない。
この世界から、どれほど「安定して」世界を切り分けることができるのか。
硬さと安定性。
そのどちらも同じものを指しているようで実は違う。
ここで言う「硬さ」とは、その空間からどれだけ拒絶できるかを表した「技術」の問題。
そして、「安定性」は、その魔法をいかに安定させた状態で維持できるかを表した「心」の問題である。
そして、古川はその部分が未熟だったのである。
はっきりと言えば古川には心当たりがある。
初めての戦闘と、初めての勝利。
想像していたような清々しいものではなかったが、それでも気持ちの昂ぶりは抑えられなかった。
そして、その成果の中で、自分が増長していることを薄々と自覚していた。
しかし、分かっていながらも、彼自身にその感情を押し留めることができなかった。
結局は彼自身を追い込んだのは、その「弱さ」なのだろう。
足場を崩した時に発生した衝撃は、物理的にのみ影響を及ぼした訳ではない。
むしろ心理的に加わった衝撃の方が大きかった。
その衝撃に耐えられるほどに彼の「心」は強くなく、足場が崩れると言う恐怖や不安を前に魔法を維持することができなかった。
(クソ!)
しかし、そんな自分の不甲斐なさに対しての怒りが、彼自身の冷静さを取り戻すきっかけとなる。
(そうだ……、今からどうするかだ。あの野郎のペースを取り戻すなら今しかねぇ)
古川の持つ魔法や魔道具は特性上、地面から離れた状態では発動することができない
ならば、地面に到着してから如何に早い段階で魔法を発動させるか。
しかし、
「
地面で如何に早く立て直すか?
それでは少しばかり遅すぎる。
地面に着くまでにケリをつけるくらいが丁度いい。
元は建材として使われていたコンクリートの破片を足場にして泰生が突き進む。
僅か一階分の転落など一秒にも満たない時間に行われたはずなのに、さらにそれよりも速い、まるで稲妻のように詰め寄る。
人間業ではないのはいうまでもない。
(身体強化かーー)
筋力強化か感覚強化かあるいはその両方か。
それを分析する間も無く、その思考は拳により寸断される。
「ガッーーッ」
強化されているためか、拳の力は先ほどとは比べ物にならないほどに重い。
態勢を整える暇もない。みっともなく、床を転げ回るようにして衝撃を逃がす。
屋上の下ーーその教室は板張りであったためかコンクリートよりも痛みは少ない。
ただ、几帳面にも碁盤の目のように並べられた机と椅子を、豪快に薙ぎ倒しながら飛ばされた。
教室の後ろに備え付けられたロッカーにぶつかって何とか止まる。
しかしーー、
崩れ落ちる瓦礫一つ一つを足場にして迫り来る泰生に対して、陣を描く余裕はない。
そのままでへ容赦のない二回目の攻撃が襲いかかろうとして、
「ーーいいぜ。認めてやるよ。
オマエは俺を脅かす敵だったってよぉ!!」
その言葉はまるで吠えるようだった。
拳が彼にぶつかる瞬間。
ぶつかる直前の拳は突如遮られることとなった。
「これって……」
「見て分かんねぇか? コイツは『陣』さ」
空間を遮断する淡い光。
その色は間違いなく夜空の下で見た光に間違いがない。
「いつの間に……」
泰生は驚いていた。
しかし、それも当然である。
どう時間を工夫しようが、古川に「陣」を描く余裕などなかった。
だならーー、
「元々、『陣』を張るために『呪剣』は必要ない。こういったわかりやすい囲いに魔力を通せば完成するもんさ」
板張りの床を作る、板同士が無駄なく敷き詰められている。
しかし、板材の組み合わせで作られていると分かるほどには隙間がある。
「そんな物でも『陣』になるんだね」
そうだ。「陣」は空間を切り分けるものである。それならばその境界をイメージできるものならばどんな物でも構わない。
極論、境界を描かずともイメージさえ出来ればそれでもいいが、流石にその領域までは至っていない。
「……あなたの『陣』は次元すら分けるって触れ込みだっけ?」
正直にいえば、現在の「陣」は板張りの床の隙間で作り出した歪なもの。滑らかな曲線ではなく、直線と直角で構成された多角形であるため、循環という点から円形のものほどには強度は期待できない。
しかし、素人の拳はもちろん、あの「石」の攻撃を一度や二度と防ぐくらいならできる。
呪剣での仕込みが出来ていないことが悔やまれるが、いざとなれば隙を見て仕切り直してもいい。
もう絶対に「陣」は解かないと気を強く持つ。
「でも、君の魔法。境界を通して姿は見えるし、こうやって意思疎通は取れる。ということは、完全な遮断までは至ってないわけだ」
見え透いた挑発だ。少なくとも古川にはそう感じられた。
まさかとは思うが、そうするとまた緩むとでも思っているのか。
「ーー例えそうでもあんなに『でかい』石を入れるスキマはねぇ。
ついでにいえば、もう絶対に『陣』は解かん。それこそこの校舎が倒壊しようともな」
力の入った言葉に「絶対……か」と、少したじろぐ。
「気合いが入りすぎだと言いたそうだな」
剣呑とした言葉に「イヤイヤ」と首を振る。
「それは凄くいいな、って思ってさ」
古川が「は?」と言葉を漏らした食後に、泰生が言葉を紡ぐ。
「
突如、ポツリと発した言葉に古川は表情を強張らせた。
その言葉は間違いなく、今までの魔法と同じように魔法を発現する前の予兆だった。
しかし、彼の手から「石」が放たれてはいない。開かれた両手にはそれらしきものは影も形もない。
しかし、魔力の発露があった。
(ーー?)
それはあり得ないことに「陣」の内側から。
膨大なエネルギーが彼に集まるのを感じた。
「何ッ!?」
彼のズボンのポケットに入っているそれは強大な稲妻だった。
『でも、君の魔法。境界を通して姿は見えるし、こうやって意思疎通は取れる。ということは、完全な遮断までは至ってないわけだ』
アレは「石」を通す隙間ではなく、「縁」を通す隙間の話をしていた。
重く鋭い音が古川の耳を叩き、迸る力が肌を
「サヨナラだ」
その言葉を待っていたかのように四方八方に雷電が炸裂し、空間ごと焼き切ろうとするほどの稲妻が古川を襲う。
絶対の護りをもたらす壁に些かの揺らぎはないというのに、その壁の内側から暴力が振るわれればその壁は何の役にも立たない。
本来ならば泰生が立つ場所もその嵐のような力によって飲みこまれていたはずだが、古川の「陣」により遮られた。
自らの力で敵を守るとは、なんたる皮肉か。
しかし、古川はそのように些事ではなく、別のことを考えていた。
ーーいつ『石』を仕込まれたのか?
屋上を崩した後で古川を殴ったとき。
しかし、あのときにに彼の一挙手一投足に警戒していたという自負はある。
そのときでないとするならば。
(ーーまさか、一番最初に俺を殴ったときに……)
あのとき、「小石」が姿を表す前に、いや表していないときだからこそ、警戒することができなかった。
「でもまぁ、僕も流石にここで打ち止めさ。また、起き上がってトコトンやるっていうなら僕も付き合うしかないけど、どうする?」
その言葉に強がりをもって言い返す力も残されていない。
「いや、もういい」
それ以上を呟くことができなかった。
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