第13話
ーー結界に干渉する訳ではないので、さほどリスクはない。
と、トコシエは泰生の手前そう言ったが、本来はそれほど安全という訳でもないのだろう、と泰生は思う。
魔法について明るくはないが、この街の結界はドデカイ
トコシエの説明ではこの街のセキュリティとして稼働しているという話なのだから、そう簡単にセキュリティの中枢に這入れるわけがない。
それは泰生を心配させないためのハッタリか、もしくはトコシエがそれほどの力を持つと言うことか。
(まぁ、どちらにしても)
泰生には魔法、に関しては何もできない。
「発」「縁」などの基本は教わったものの、それらの技術も当てにできない。
結局のところ、トコシエに肝心な部分を任せるしかないのだ。
「でも、どこにその基点なんかがあるの?」
あたりを見て見たが、それらしいものは何一つ見当たらない。
「この場所は人が少ないと言っても完全に遮断できる訳ではありません。
ですので、簡単には見つけたり、触ったりできる場所には置かれてはいないでしょう」
「ってことは、地面に埋まってるとか」
その解答の最後は口ではなく、木の根が伸びているであろう、右から一〇センチほど離れた場所を指差すことで行われた。
「つまり、ここに埋まってるんだね」
「はい」
ポケットの中に潜ませたビー玉ほどの大きさの赤い石を一つ取り出す。
「それって、確か……『賢者の石』?」
以前教わった言葉をそのまま口にしたが、トコシエは眉を釈然としないように眉を顰めた。
「『賢者の石』はやはり仰々しいですね。『賢者の小石』ということにしておきましょうか」
以前は賢者の石の劣化版と言っていた。
泰生はポツリと口にしてみたが、それでは長いし、語呂も悪くて言いにくい。
さらに、名前の中にどこかショボさが漂っていて、あまり良い印象はない。
だが、トコシエがこだわっているのはそこではないらしい。
「本物の『賢者の石』は基本的には『小石』と変わりません。
ですが、蓄えられた魔力と質が、それとは別次元なんです」
「別次元って……、一〇倍とか二〇倍とかって話じゃなさそうだね」
「『小石』に蓄えられる魔力を一とするなら、『石』なら万は軽く買えるでしょう」
「ま、万……」
「小石」の意味は理解したが、別に名前を変えなくとも良いのではないかと思う。
相手にハッタリをかます、というなら「石」の方が有効だろう。
トコシエは名前に求めた物は、「願い」や「虚栄」などではなく、ただ「真実」。
でも、名前に強いこだわりを持っている。
「とにかく済ませましょう」
右手に持った「小石」を魔法が埋まっているであろうポイントの上に置き、その周りに綺麗な円と、その周りを囲むように書かれた文字が並ぶ。
「ってか、何この文字。英語じゃないよね」
「あまり読まない方がいいですよ。外の理の言葉ですから」
そう言って「小石」をコツンと指先で叩くと、甲高くも透き通った音を鳴らして、細かい粒子を散らしながら崩れた。
そして粒子は魔法陣を覆うようにしてーー。
「ーー」
「トコシエ?」
急に表情を変えたトコシエを訝しむように声をかけるが、彼女から返事が聞こえることはなかった。
いや、正確には返答は言葉ですらなかった。
「ぐぇっ」
しばらく吹っ飛ばされて途中で理解できたことは二つあった。
一つは、だった一秒前まで泰生に背を向けて屈んでいたはずのトコシエが、気がつくとこちらを向いていたこと。
もう一つは、分からない間に腹部からの衝撃で後方へ吹き飛ばされたこと。ついでにこの時、ひき潰された蛙のような声が自分の口から漏れていた。
(な、何が……)
口から溢れたはずの言葉は言葉にならない。
そのまま何度か地面を転がり、やっと仰向けで地面を擦るように静止する。
顔を上げると、桜からたった五メートル程度の地点であることと、トコシエに腹部を強く蹴られたことがわかった。
蹴られたことに対する怒りよりも、思ったよりも飛ばされていたのは短い時間であったことに対する驚きの方が強かった。
「やられましたね……」
いや、驚がなくてはならないことは他にある。
それは彼女の周りを覆う境界線。
未だ、魔力とやらを視認できないはずの泰生でも、確認できるほどの奇跡をそこに見た。
「な、何それ?」
陽炎のように空間が揺らめく。
いや、もっと言えば、空間がずれていた。
「先ほど話したでしょう」
が、「ーーいや、そこまで深くは話しませんでしたか」とすぐに思い直したように吐き捨てた。
「これは『
心なしかトコシエの声も揺らいで聞こえる。
たった五メートルの距離とは思えないくらい泰生とトコシエの距離は隔たっていた。
「こ、こんなにはっきり分かるんだね」
何が、とは言わなかったが、トコシエにはそれだけで充分以上に伝わっている。
「いいえ」
そして、理解した上できっぱりとその言葉を否定した。
「ただの『陣』でここまでのズレは本来ならばあり得ません。かなり高度な魔道具ーーそれも『偉大秘蹟』クラスのものでなければ不可能です」
「お褒めに預かり光栄だが、これはそんな大層なものじゃねーよ」
聞こえた声に泰生はギョッとした。
いつからそこにいたのか、闇の中から突如として姿を現した男が一人。
なぜ気づかなかったのか。
いくら夜闇に紛れ、人が少ない場所を選んできても、警備員が一人も巡回していなかった。
偶然を、疑わなかった自分が愚かしい。
その不思議を扱っているのか、トコシエであり、古川道治という魔法使いと教わったばかりではないか。
警戒する姿勢を見せる泰生であったが、対して古川は依然としてトコシエの方を向いていた。
「俺は生憎と魔道具の待ち合わせは少なくてね。コイツは只の『陣』さ。魔法使いなら知らないはずないだろ」
その言葉に多少の反抗するように口調が強くなる。
「ーーあり得ません。『陣』はあくまで個人の認識として空間を整理する技術です。この業だけで物理的に空間を区切るなど、マダム・シークラでも不可能です」
その言葉に「まぁ、そうだな」否定することはなかったが、大切な言葉を付け加えるの忘れはしない。
「だが、俺はできる」
「ーー」
「マダム・シークラがどうかは知らんがな。だが、俺はそれが出来てしまうのさ。代わりにその他は人並みになんとかこなせる程度だがな」
「ーー貴方、『原石』ですか?」
泰生には知る由もないことだが、その単語は魔法の世界では特別な資質を示す言葉であった。
だが、古川は出てきた言葉の陳腐さに呆れるようにため息をつく。
「またまたハズレだ。さてはアンタ、占術は専門外か?」
特別な魔道具を使わず、かと言って特別な才能を秘めているわけではない。
だとしたらそれを埋めるだけの何かがそこにはあると言うのか。
「隠すほどのもんじゃないがな。単純に毎日欠かさずにこれだけしてきたってだけの話だ」
これだけ。
そのたった一節の単語に秘められただけ以上の重みがあるはずだ。
それは魔法の素人である自分にも理解できるーーというのは、失礼すぎるだろうか?
「毎日欠かさずって言うのは、比喩でもなんでもなくて、その通りなのかい?」
古川はそれに対して静かだった。「あぁ、それが?」と言いたげに、ただ黙って泰生を見ている。
「アンタ、ウチの大結界を奪って何するつもりなんだ?」
「さぁね」
そう言って一歩泰生に近づく。
「それにしてもアンタ。魔法の気配がないな。最初は上手く隠形してたのかと思っていたが、どうもそうではないらしい」
「さぁ、どうだかな」
せめてもの強がりに対して、「そうかい」と余裕ぶって言ったところを見れば、全く気にした様子はない。
「貴方、どうしてここの大結界を求めているの?」
泰生が先ほど投げかけた質問をトコシエが繰り返す。
すると、仕方がない、と言った調子で不本意そうに話す。
「正直言うとな。俺はこの大結界なんかにちっとも興味はないんだよ」
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