第5話
「勝手な真似はやめてくださいーー」
自分の死が意識した時、少女の声が耳に届く。
それはそれほど大きい声ではなかったはずだが、不思議と耳に届く。
その不思議を感じ取ったのか、目の前の金髪男もその手を止める。
「……魔法使いか」
「それはお互い様でしょう」
その声に応じたかのように姿を現したのは、泰生と同年代の小柄な少女。
身につけたセーラー服は泰生が知らない学校のものだったが、それよりも目に引いたのは雪のように白い髪。
顔立ちはこんな日本の片田舎で見かけないような西洋人。だが、口から溢れる言葉は淀みない日本語。
「貴方のその手にした短刀は魔道具ですか、疵を広げるとは中々に業が深い」
ぢし、言葉は流暢でこそあったがーー、いや、それ故に感情の起伏が乏しさが際立っている。
「大方、この街の大結界を取り込むつもりで来たはぐれ魔法使いでしょう。ですが、力技で制圧できるなんて思わない方が良いですよ」
対して金髪男はといえば、少女の忠告じみた言葉を無視して、先手必勝とばかりに小刀を構え直す。
「やめなさい」
距離にして一〇メートルは離れていたはずだと言うのにその距離を一瞬で詰めて小刀を握る右手を掴む。
「なーー」
そんな男の動揺の隙も見逃さず、空いた手で握られた小刀をはたき落とし、捻り上げて制圧する。
「遅いーー」
金髪男が苦悶の表情を浮かべるが、その一切を無視して、少女はただ機械的に男を地面に押さえつけた。
「魔法使いは不思議を扱う者ーー。振るう力が不思議じゃなくなった地点で敗北は決まってるようなものですよ」
動きにくいであろうセーラー服を纏った少女が人間離れした動きをする光景に目を疑うが、これが不思議を扱うと言うことなのか。
「なるほど道理だがーー」
対して金髪男には危機的な状況にもかかわらず、口許に笑みをこぼすほどの余裕が見て取れる。
「その論理が正しいならば、俺は負けたと決まったわけではない」
その言葉に少女も警戒したようだが、金髪男の方が早かった。
「ーー見せろ」
その一言で、五メートルほど離れた場所に突如大きな傷痕が現れる。
否、突如ではないのだろう。この戦闘の前のどのタイミングか知らないが、予めにここに来て小刀で傷をつけていたのかもしれない。
しかし、今何よりも大事だことは、その傷痕が溝となり、少女の脚を捉えたということ。
右足だけ落とし穴を踏み抜いたようにバランスを崩す。足の力で踏ん張るが、そんな状態で拘束が緩まないはずもなく、解けた後は転がるようにその場を離れ、小刀を回収すると一気に駆け出した。
少女は慌てて追うが、金髪男はまた何か「不思議」でも使ったのか門を出たところで完全に見失ったようだった。
「逃げられたーー」
冷静な言葉の語調であったが、表情には苛立ちを隠せない。
「えっと、いいかな?」
今が話しかける正しいタイミングかどうかはわからなかったが、泰生はそれを抑えられなかった。
「えっと……、アンタはどちらさまで?」
これだけの事態の後で何も知らずにいることはどうしてもできなかったのである。
対して少女の方はと言えば、やっと泰生のことを思い出したかもように、背筋を伸ばして佇まいを直す。
「初めまして、藤吉の家系に類する魔法使い。藤吉セツーー長老はご在宅でしょうか?」
その見た目からは信じられないほどに、言葉遣い丁寧だった。
「私はトコシエ。
※
トコシエ、とその少女は名乗ったが、恐らくは本名ということはないだろう。
どう見ても外国人の顔立ちであるし、何より日本人でもそんな変わった名前の人物に出会ったことはない。
「それは偏見ではないですか? もしかして貴方、戸籍を全部調べてそんな人物がいないことを確かめたとでも」
自分の所感を素直に伝えると揚げ足でも取るかのように挑戦的に詰め寄る。「いや、そんなことはないけど」と言うしかない。
「それに、日本語だと思っていたら外来語だったり、同じ言葉でも外国では全然違う意味になることだってあるでしょう。
そう言った思い込み、偏見は時として相手に失礼になることもーー」
「で?」
どうも話が終わりそうになかったので失礼を承知で話を遮る。
彼女はと言えば、怒りよりも驚きが強いようでキョトンとする。
「本名なの? 結局」
本題を切り出すと「うっ」と言葉を詰まらせたことを鑑みれば、どうも本名ではなく仮名のようである。
「……まぁいいや。で、さっきの金髪も言ってたけど、君らは『魔法使い』なのか?」
そう聞くと意外なほどあっさりと「えぇ」と認めた。
「あの人はフルカワ ミチハル。古い川の『古川』に、道を治めると書いて『道治』」
その名前に全く心当たりはなかった。
まるで泰生が知っていることを前提にでも話していたのかもしれない。
「そう、本当に聞き覚えがないのね。ここ十年以上も他の魔法使いと交流を持っていないと言うのは本当らしいですね」
そんな風に呆れるように言われたが、彼も突然信じられるような話ではなかった。
「それに、藤吉セツも亡くなっていたなんてーー」
そう言ってジトリと泰生を睨んだ。
その思ったよりも強い迫力に思わず半歩退いてしまう。
「さらに悪いことに、よりにもよって世界に名だたる
ため息まで態とらしくついた少女にいたたまれなさを感じてしまう。
明らかに馬鹿にしているようにしか見えないが、話の荒唐無稽さにムッとするのも忘れていた。
「それなんだけど、婆ちゃんが魔法使いなんて言うのも初めて聞いたくらいなんだ。だから、僕がその結界とやらの管理者ってのも何かの間違いじゃないかな」
それどころか未だに魔法の存在すら半信半疑であるのが素直な気持ちである。
泰生は割と素直な部類だが、それでも突然自分が魔法使いと言われて納得できるほど純真ではない。
が、トコシエはその言葉があってもなお強く断言する。
「いえ、貴方が結界の管理者なのは間違いないです。この結界の魔力の流れを少し探って見ましたが、間違いないなく貴方の身体を通って魔力は循環してます」
そう言われても泰生には魔力なんてものを五感で感じることはできないので、説得力に欠ける言葉ではあった。
が、しかし彼らが泰生の目の前で起こした現象を思い出せば言葉の持つ重みは実は大して重要ではない。
古川道治が見せた「傷の拡大」。
トコシエが見せた「高速移動」。
これら二つは間違いなく今は常識では説明不能な『不思議』である。
それらの持った衝撃が、魔法の否定を心から叫べない。
「もし、君らが魔法使いなら何で婆ちゃんが死んだタイミングじゃなくて今になって二人も来るのさ?
君なんか婆ちゃんが亡くなったことも知らなかったみたいだし」
その質問にコホンと咳払い。
「私がここに来た目的は二つ」
そう言って右手で人差し指一本だけを立てる。
「一つは、この大結界の危機を藤吉セツに伝えること」
そうして中指も立てた。
「そして必要があれば防衛戦力として手を貸すことです」
「手を?」
意外な提案に眉をひそめる。
「意外そうですね。確かに普段はこんなことしませんが。
まぁ、この家とは繋がりがないわけではありません。多少手を貸すことも吝かではありませんし」
なんだか冷淡な印象があったが意外と話すといいヤツなのかもしれない。
「そんな訳で食事を希望します」
「……はい?」
「正当な報酬として三食の食事を報酬として要求するのです」
「……」
いいヤツ……かもしれない。
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