潜入

「なんでFoLVなんてやってるんですか?」

車内でふと、ナタリエは頭に浮かんだ疑問を口にした。この2週間を通して、インゼルンの店頭できっちりと制服を着て働いているモニカの姿は立派に見えた。言葉遣いも柔らかく、常に目を閉じていたけれど、はっきりと笑顔を浮かべて受け答えしていた。それでいてお客さんからも受けの良いというのに、それがどうして……

「そりゃあ、あんたも体験したでしょ?親父がいちいちいちいち堅っ苦しくてさ……その分FoLVは楽よ。今みたいな話し方しても気にするやつなんかいないし。それになんていうか……憧れだったのよ、ああいうの」

戦争が始まった時、モニカは僅か3歳の子供に過ぎなかった。5年間秋津国で暮らした後FoLVの設立に立ち会ったが、一家はそのまま新生国家ロイテ・レーテ共和国に帰還して戦後復興に携わった。元々短気で喧嘩っ早い彼女の性格は、この時から厳しい父親の下で矯正された。彼は勤労こそが人間の精神を育むと信じていて、年齢に見合わぬ労苦を掛けさせられた。こうして、おしとやかで仕事にひたむきなモニカという存在が出来上がったという。

「でもそれじゃ直らなかったのよ。結局ラウラおばさん……FoLVがミューニヒを落としてから、アタシの元の性格も戻ってきちゃったの。親父もそれで諦めたみたいで、とやかくいってこなくなったけど」

モニカが12歳になった時、ロイテ・レーテの情勢は深刻な危機に陥っていた。戦後賠償の行き詰まりはリニーエンフェルト州への補償占領に発展し、国家経済は崩壊した。その機会を逃さず、ラウラはエスタート国境を越えてビオラ州に侵入し、FoLVの武力をしてミューニヒ市を占拠。全国に反乱を歓呼した。後に復仇クーデタと呼ばれることになる歴史的事件の現場に、モニカはいなかった。そうするにはあまりに幼すぎたのだ。反乱の先頭に立ち、州議会の演台でラウラの隣に立っていたのは、モニカより少し年上のユッタだった。

「それが一番悔しかった!アイツは確かにロイテ語も話すけど、アタシにいわせりゃFoLVとは無縁の女よ。アイツがいる限り、アタシもいる。……それでOK?ほら、もう着くから集中しな!」

時計をみると19時を過ぎようとしていた。この時期ではようやく日の沈む時間だ。森の中に敷かれた無人の道路をヘッドライトの明かりを頼りに進んでいく。この辺りは閑静な別荘地でちらほらと貸別荘やミニホールの看板が現れる。その内の一つに、目的のライヒェンバウ・ハレを示すものもあった。案内に従って本道を外れ、しばらく進むと立派な門が現れる。一人の守衛がやってきて、誘導灯を光らせて停車させる。彼は窓をノックして開けるように促した。

「失礼、搬入の方ですか?書類とIDを見せてください」

「はい、どうぞ」

彼は手にした証書とIDパスに目を通すと、荷台に積まれた段ボール箱にちらっと眼をやっただけですぐに門を開けた。堂々と正面から乗り込んで、敷地の中を進む。左手にライヒェンバウ・ハレの玄関を見遣ってそのまま通り過ぎ、北面の通用口に停車した。エンジンを切ったがキーを挿しっぱなしにして、二人して荷台に上がる。

「そっと持ち上げて、慎重に……」

段ボール箱の中には入れ子式にもう一つの箱が入っていた。その中身は実際に納品するための菓子類だ。残った大きめの方は二重底になっていて、本来は荷物の揺れを防止するための仕組みだったが、そのスペースに抜き身の拳銃2挺と閃光弾、そしてエミーから渡された紙袋が隠されていた。二人はそれぞれの得物……ナタリエは拳銃と閃光弾、モニカは消音器付きの銃と紙袋の中身を懐中に収め、何食わぬ顔で商品を運ぶ。見慣れた通用口を抜けて、別館へ向かう途中でSEKの人間とはすれ違わなかった。

「失礼します。インゼルンより参りましたが……」

「ああ、ご苦労さん。大分ギリギリについたみたいだが?」

「申し訳ありません。なにぶん、出来る限り作り立てのモノを届けるのがわたくし共のモットーなもので」

厨房を取り仕切っていたのは壮年の男だった。目がくぼんで覇気のない顔つきだが、話の途中でもほかのスタッフに的確に指示を出している。

「そのこだわりも悪くないけどな。済まないが、そっちに置いといてくれないか?見ての通り、こっちは慌ただしくてね」

「まあ、それは大変ですね。……なら、私たちもお手伝いしてもよろしいですか?」

「本当かい?そりゃ助けるけども……なんでさ?そんなの悪いよ」

「いえいえ、とんでもない!私もガッツ将軍を一目見てみたいと思っていたのです。それに折角うちの大切な商品を提供したんです、感想を聞きたいではありませんか」

「そこまでいうなら……ありがたい、是非お願いしよう。まずは紅茶を頼む」

「かしこまりました。期待に応えてみせましょう」

コック長を説き伏せることに成功して、モニカは怪しまれることなく館の一階を移動できるようになった。彼女は早速ティーポットを片手に大広間に踊り出し、目ざとく空いているカップを見つけては、温かいお茶を注いでいった。開会に先駆けて一台、また一台と、乗用車が列を並べて到着していく。人が増えるにつれ、テーブルには数々の料理が並べられていく。モニカもその流れに沿ってサラダやメインディッシュの類を運んではいるのだが、他の子達はどうも皆気乗りしていないようだった。窓の外では、空には所々に雲が浮いているだけだが、煤煙のせいで黄金色に輝く三日月しか目視することができない。

「お茶を……よろしければ、ですが」

モニカの他に連中の応対に当たったのは若い女の給仕で、決まって連中は彼女の姿を目で追いながら、アリかナシかを盛んに論じ合っていた。不幸にも目を付けられて、配膳にも悪影響を与えているようだ。

「失礼ですが、まだ仕事中ですので。そのようなことは控えていただけませんか。」

ふと見やると、ツオガルテンで彼女が思いっきり蹴りを入れたあの男の姿もあった。尤も彼はモニカの存在には気が付いていないようだったが。

かくして参加した数十名のSEKの幹部連中と兵士は、宴の支度を眺めながら彼らの総大将の到着を待っていた。

「ガッツ将軍が到着なさった!全軍傾注!」

それを聞き終えると、モニカはそっと出入り口の扉を閉め切った。

「……あ、待ってください。丁度ガッツ将軍の演説が始まったところなんです。終わりまで厨房で待機するよう仰せつかったので、悪いですけど一度戻ってください」

「えっ、そうなんですか?!ごめんなさい、私ったら……」

などともっともらしい嘘をついて給仕の娘を遠ざけると、外からドアノブにひもを通して出入りを出来なくしてしまった。……これで見習としての仕事はおしまい。ここからはFoLVとしての任務の時間、モニカは目を見開いて髪留めを外し、ガッツ将軍の演説に耳をそばだてた。といっても、壁一枚隔てれば何の意味も通じない音の羅列に過ぎない。しばらくもたれかかっていると、甲高い異質な物音が不気味な沈黙をもたらした。それを合図にその場を離れようとした瞬間、広間から轟音とともに建物全体を揺るがすほどの衝撃が伝わった。

「……は?」

モノが落ちてくる音に混じって、叫び声と呻き声が幾重にも聞こえてくる。気が付けば、彼女はその場に倒れ伏していた。……謀られた。そう理解したモニカは咄嗟に振り返って扉に手を掛けようとしたが、もう遅かった。


……少し時間を遡って、モニカがコック長と話し込んでいる間、ナタリエはそっと厨房から離れ、誰もいない二階に上がった。階段に張られたロープを潜りぬけ、音を出さないようゆっくりと這い上がる。一階とは打って変わって暗く静かなところだ。その内、南東に位置する部屋を開け、手早く扉を閉める。この鍵は事前にヴィルヘルムから渡されたものだった。まずはカーペットを外し、床板をずらして下の階の天井裏に潜り込んだ。元々電気配線の工事用に設えられた狭い空間で、人ひとり這って進むのがやっとだった。視界はものの見事に役に立たないが、立ち昇る料理の香りを目標に、大広間の真上に位置取ることが出来た。天井板をずらすと、下でせっせと動き回るモニカの姿が目に入った。彼女の方も気にしているみたいで、時々目が合う。……あ、他の子に話しかけてる。助けてあげてるのかな?

しばらくするとガッツ将軍が広間に入り、入れ違いでモニカが出ていくのを視認した。あとのことはナタリエの裁量にゆだねられた。司会者がマイク越しで発した呼び掛けによって、場の空気は厳かなものに一変した。連中の全員が気を付けて立ち、ただ一点を遠巻きに見つめていた。開け放たれた扉から堂々と登場した将軍は、靴音を鳴らしながら演台に向かって歩いた。そして中央に立つと、連中の方に身体を向けて言った。

「諸君! 今日はよく集まってくれた。今宵この場で皆と会えたことは光栄だと思う!」

開口一番そう言うと連中からは拍手の渦が巻き起こり、「将軍万歳!」と掛け声が聞こえてくる。

「10年前にSEKを創った時、NSPは弱小に過ぎなかった!このビオラ州で蜂起を行った時も、結局主導権はFoLVの狡猾なアッセルに奪われてしまった!だが今はどうだ?FoLVは野に下り、レーテの残り滓の左翼連中は復権しなかった。何故か?!」

「我々がいるからであります!」

「その通りだ!」という野次とともに二度目の拍手が沸き上がった。

心臓の鼓動が俄に速くなる。キャップを外し、垂れ下がった紐に手を構える。一呼吸置いて、それを引ききった。ガチャン、と音をたてて、天井から会場の中心にあった皿の山に落下した。周囲の視線がその一点に注がれ、ガッツ将軍も口を閉ざした。近くにいた一人がテーブルの上を確認しようとした次の瞬間、眩い閃光ではなく、熱をもった爆風、耳を劈く破裂音、それに砕け散った食器の破片が誰彼の区別なく襲い掛かった。不幸にも近くにいた3人の肢体が宙に吹き飛ばされた。

「畜生!」

事態を察した将軍は腰に下げていたピストルを抜き、天井に向けて構えるも、屋敷の外から放たれた無数の銃弾が窓ガラスを突き破り、彼らに襲い掛かった。壁を穿ち、什器を砕き、血肉を弾き飛ばす暴風に幾つもの怒声や呻き声が混じり、宴会場はたちまち地獄絵図と化した。激しい弾幕の隙をついて何発かの銃弾が天井を貫いたが、すでにナタリエはもとの部屋に這い出していた。彼女は現場を目にする前に離脱したが、何か異常が発生したことは察していた。が、あまり悠長にしていられないのは明白だった。

突如窓の外から強烈な光が館全体を照らす。逃走を許すまいと見張るサーチライトの光だ。館はすでにNSSによって包囲されていたのである。

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