第3話


「あーしたから、また、あのなんも無い場所での毎日がはじまんのかー」


鹿野幸子は、空港のゲートラウンジのベンチに崩れるように座っていた。

 その隣の通路脇にはスーツケースとその上に崩れそうな山積みで置いている幸子の荷物がある。 

 美奈子は、幸子を挟んでスーツケースの反対側に座っていた。


幸子に連れられ、これから自分は島根に向かうらしい。

 理由は分からない、幸子に聞いたところ


「ウチの社長が美奈子ちゃんに用事があるんだって」

との事だった。


用事、具体的な内容は分からないが、幸子の正体からその用事の正体も碌でもない事は察しがついた。


 鹿野幸子は魔法少女である。


 魔法少女とは 


彼女たちは突然現れた。

 世に不可解な事件、科学では説明出来ない事故がたて続けに起こり、人々が不安に駆られた時。

 事件の中心には、彼女たちがいた。

 ある者は何もないところから火を起こし、ある者は重力に逆らい空を飛ぶ。

 そして、その能力に目を付けた者達がいた。

 過去にヤクザまたは暴力団と言われていた、日本に根差す犯罪組織である。

 暴力団は彼女たちを使役し、栄華を誇り、そして滅んだ。

 魔法少女を酷使した暴力団たちは、彼女たちの不況を買い、叛逆されたのだ

 しかし、滅んだのは暴対法によって定められた指定暴力団という大小合わせ20余りの犯罪組織の事であり、かつての飼い主を誅した魔法少女たちは飼い主に取って代わり闇社会に君臨した。

実態はヤクザという言葉が魔法少女という言葉に変わっただけである。

現在、日本の闇社会は地域毎に魔法少女が支配または属する小勢力同士がぶつかり合う魔法少女戦国時代と言われている。


 美奈子もニュースで放送している事件や事故などから魔法少女について断片的な知識しかないが、つまり幸子は魔法少女、であるからして危ない人間という事である。


 意味が分からない、美奈子は恐怖で肩が震え始めた。


 自分とその危ない人間について、自分の人生史を振り返っても何処に接点があったというのだ。


 自分は死ぬのだろうか、と思うと気が気でなくなる、トイレに行く振りをして逃げてしまおうか、そして誰かに助けを呼んで貰って……。


 そこで美奈子は考えるのをやめた、逃げ切れるものか。

 美奈子は幸子にそれとなく聞いたのだ、どうやってドアを開けたのかを、すると幸子はこともなげに「蹴破った」と言ったのだ。


 そんな馬鹿な話があるのだ、なぜなら彼女は魔法少女だから。


 そして幸子はインターホンやノックなど頭に無いネジの外れた人間であり、ついでに力のブレーキも外れている、限りなく人間に近いゴリラの様な美少女と仲良くなれそうと思った自分を責めた。


 そして、そんな危ない人間を手に置いて、遠く島根から東京にいる美奈子を探り当てる”社長”と呼ばれる人物、逃げたところでまたその人物に居場所を突き止められるに違いない


 ひょっとしたら、九州にいる母親についても既に把握して要る可能性もある、そうなれば母親にも被害が及ぶのだ。


「死ぬなら、一人で死のう……」


 思わず一人ごちた美奈子。


「これから飛ぶのにやめてよ、落ちたら一人どころかみんな死ぬって」


 美奈子は隣で崩れている幸子を見やった、恐らく自分に向けられている恐怖や不安を飛行機についての不安と勘違いしているのだろう。

 惚けてどこを見やるでもない間抜けな顔すら愛らしい彼女を見て、小さくため息をついた。


空港に着いてすぐ、美奈子は幸子の買い物に付き合わされた。なんでも、土産を買い忘れたとの事だった。


最初は振り回されるだけの美奈子だったが、時間が経つにつれ買い物を一緒に楽しんでいる自分がいた。

最後に彼と一緒に買い物をしたのはいつだったろう、ふと、そんな事が頭をよぎったが、何となく今それを考えて暗い気持ちになるのは勿体無い、と思う程度には充実した時間だった。


 幸子の買い物が大方終わった後に(当初の目的の土産は早い段階で「こいうのは気持ちだから」と言う幸子が適当に決め、大半の時間を色んな店に回ってはしゃいで過ごしていた)食事をしていた時、美奈子は幸子が魔法少女だという事を聞かされた。


  幸子は、「まぁ、ドア蹴破って入って来た時にあらかた想像できたよねー」と照れながら笑っていたが、美奈子としては必死で考えないようとしていた悪い方への可能性が的中したショックに震えた。


残っていたマルゲリータピザを勿体無いので平らげー恐怖を感じつつも濃厚なモッツァレアチーズとトマトがハッキリ美味いピザを恨んだー何とか平素を装い立ち上がろうとしたが、美奈子は腰が抜け崩れ落ちた。


幸子は慌てて美奈子を介抱し、会計を手早く済ませてこのベンチに座らせてくれた。

その優しさや久々に楽しいと思えた時間も、最期の時を迎える美奈子への幸子なりの気遣いなのだろうか。


「最期の晩餐はマルゲリータピザか……美味しかったけど日本人だからお米食べたかったな」


「さっきからどしたの?やめてよ、本当に不安になるじゃん」


幸子は姿勢を直すと、自分の飛行機チケットを取り出し美奈子に見せた。


「この航空会社ってそんな事故多いの?ウチ、社長がドケチだから安いとこ必死になって探してたけど」


 不安な顔を美奈子に近づける幸子。そんな幸子に、不安で張り裂けそうなのはこっちだと少し腹立たしい気持ちすら芽生えて来た美奈子。


 そうだ、どうせ死ぬなら今この場で死んでやろうか、だいたい今朝から何だと言うのだ、人の家のドアを壊すわ、彼氏をズタ袋のようにするわ、あげく人を島根に無理やり連れ去るつもりである。

終始理解できない事が矢継ぎ早に起こり、終始相手のペースに巻き込まれていて怒る暇も無かったが、もはや捨て鉢のヤケクソである、今ここで言いたい事言って死んでやる!


「あの!」


「え、あ、はい」


突然、語気の強い言葉を発した美奈子に、幸子は気圧される。


「あの、私死ぬんですよね?」


「えぇ……いや、私に聞かれても知らないけど… …何、美奈子ちゃん病気なの?」


「貴女が分からないなら、その”社長”って方に聞いてみて下さい!私、島根に着いたらすぐに死ぬのかって!」


「社長も流石にそれは分かんないと思うけどなぁ……」


「分からないはず無いじゃないですか!どうせ、島根着いたらそのまま屠殺されて、内臓とか売られてしまうんですよね!?」


 思わず立ち上がってしまった、想像以上に大きな声も出ていたらしい周りの視線が美奈子に集中した。

 喋った内容も内容なだけに、美奈子に集まっている視線も白い。

 幸子だけは驚いたのか、離している内容が理解出来ていないのか、口を開けてただ茫然と美奈子を見ている。幸子との出会いがしらの自分もこんな顔をしていたのだろうか、と思うと状況と相まって一層恥ずかしくなる。


「……あの、すいません」


 粛々と席に戻る美奈子、座った途端に顔を手で覆った。


「あー……あー、あー、うん、なるほどね、あー」


 幸子は追いつかない理解を必死で手招きするように相槌を打っていたが、理解が頭にようやく追いついたのか声を上げて笑い始めた。


「なるほどねぇ、あたしが魔法少女だから殺されるってビビってたわけ?そりゃそう思っても仕方ないね、いやごめんごめん」


 一通り笑った後に、呼吸を落ち着けて幸子は美奈子へと向きなった。幸子の顔には笑いの余韻が目じりに水分として残っている。


「いやぁ、流石にウチの社長も初めて会った人をその日に殺したりはしないと思うけどなぁ、大丈夫だって、悪い人だけど悪いようにはされないから」


 つまり、その日に殺さないという事はいつかは殺すのかも知れないし、悪いようにはせずとも結局は悪い人という事である。


「えー、私どもの職務と致しましては、えー、こういった空港ですとか、あとは駅や公共施設など、えー、皆さまが普段ご利用されておられる、えー、日常の場において、えー、重大な事件や事故などが起こった時に……」


 美奈子達がいるベンチの正面では、ガタイの良い体つきをしたら警察官が緊張した弓弦の様にピンと体を伸ばし、どこか人前で喋りなりていない口調でなにやらキャンペーンをしているようであった。


今、正に貴方の前で連れ去り事件が起ころうとしております、美奈子はそう叫びたかった。

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