魔道の少女(おんな)たち

@Dasaidance

第1話

「仕事?うん、順調だよ、周りの人達みんな良くしてくれてる、うん、うん、心配しなくても大丈夫、お母さんの方は変わりない?」


 間接照明と漂う甘いアロマの香りで妙に艶めかしいラブホテル特有の雰囲気に、少し目が回ったがそれも段々と慣れてきた。




 一時間半程前にホテルについて部屋に入ると、仕事のパートナーは早々にシャワーを浴びに行ってしまった。


 異様な雰囲気の部屋の中で一人手持ち無沙汰となった美奈子は、部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドに腰掛け、 これから行われるであろう行為(いわばそれが美奈子の今後の食い扶持になる)を想像していると、目の回る空間と相まっていよいよ気分が悪くなったその時、美奈子の携帯に着信が入った。


 携帯のディスプレイに表示された”お母さん”という着信の表示に、美奈子は思わず滲ませた涙を拭き、震えそうな声を押さえ電話を取った。

 なんでも母は、冬から春の季節の変わり目で体調を崩す人が多いというニュースを見て、自分の娘もこの時期に体調を崩しがちだったと思い立ち仕事中だろうとは思いつつ電話をかけてみたそうである。



「うん、そう、困ったことがあったらまた電話するから、お母さんも体に気を付けて、私も仕事に戻るから、じゃあね」



 母からの電話を切った後、美奈子は深呼吸をした。部屋の雰囲気に慣れたせいもあるのだろうか、少しだけだが気持ちが楽になっている。


「お母さんから?」


 先程まで電話に集中していたせいか、突然話しかけられた美奈子は全身の皮膚が逆立つ程に驚いた。


「あたしに対してそこまで驚かなくても……」


 よくよくちゃんと声を聞いてみればそれは聞きなれた女性の声であり、声の主は出会って日は浅いが見知った人物である。


「あたしが美奈子ちゃんになんかするわけじゃないんだから」


 女性、というより容姿から推し量るに少女というべきだろう、少女は苦笑しながら美奈子を見ていた。


「幸子さん……その、えっと、すいません」


 母との電話で少し和らいだ気持ちも、驚いたことでまた強張ってしまう。

 鹿野幸子は、備え付けの冷蔵庫の中を物色し、顔をしかめた。


「んだよ、酒しかねーじゃん……」


 鹿野幸子は冷蔵庫からペットボトル入りの飲料水を2本取り出すと、1本を幸子に投げ渡した。

 美奈子は それを慌てて受け取る。


「あ、美奈子ちゃんは酒飲めたんだよね、そっちが良かった?」


「ん?あぁ、えっとこれで大丈夫、です、お酒だと帰り運転できなくなるし……」


「そっか、そりゃそうだ」


 美奈子自身、酒は得意な方ではない。しかし、酒の力で気分が紛れるならば手を出したいところだが、生憎と美奈子は本日このホテルまでのドライバーを務めている為、酒は飲めない。


 仕事のパートナーの鹿野幸子はまだ未成年である、歳は確か17歳と記憶していた。 

 美奈子の歳から数えて、5つは違う少女だが仕事に置いては先輩である。

 なんでも14歳くらいからこの仕事についていたらしいのだが、労働法規や職業倫理がつくづく当てはまらないのがこの仕事なのだろう。



「この仕事も慣れだよね、最初は確かに抵抗あるけども、まぁ続けてりゃ案外何とかなるもんよ、なんならやってて気持ちいい時もあるし」



 気持ちの良い時もある、という言葉に美奈子は少し身震いした。

 そう思えるのは鹿野幸子の、良く言えば素直な、悪く言えば単純な、大雑把もといサバサバした性格のおかげだろう。

 今もシャワーを浴びたままの格好で部屋をうろついている。要はほぼ全裸である、一応下半身は下着を身に付けてはいるが、上半身に関してはタオル一枚首にかけ胸元が辛うじて隠れている程度であり、半裸というよりは丸裸では無い、と言った方が正しいだろう。

 いくら同性とは言え、知り合って日の浅い人間の前で裸体を晒せるほどの大雑把さがある意味うらやましい、と美奈子は内心思った。


「美奈子ちゃんもシャワー浴びといたほうが良いよ、どうせ着替えなきゃでしょ?」


 幸子に促され、美奈子は重い足取りでシャワー室へと向かった。



 シャワー浴び終わると、美奈子は支給された"制服”を取り出した。

 "制服”を目の前にかざした美奈子は、また憂鬱な気分になった。


 "制服”は、全体的に白を基調としたドレスで袖はノンスリーブとなっており二の腕までを覆う白いロンググローブをつけることによって肩が露出するようになっている。

 スカート丈は膝上10cm程の長さで幾層にもなったフリルが良く目立つ。

 ロンググローブの手首部分やドレスの肩口部分等に施されるファーがファンシーさをことさら強調しており、 美奈子は自分がこの制服を着用した姿を想像したが、いくら頑張ってもアヒルのコスプレより上の域に達しなかった


 いや、着る人が着れば似合うのだろうか、とも考えたが、その似合う人間でも、着るタイミングはコンサートのステージ上だけだろう。

 しかしこれを着るのも仕事の内と意を決して着てはみた。


 やはりというか別段スタイルに自信があるわけでは無いためちんちくりんな雰囲気は否めず、年齢による痛々しさと相まって自分が可哀そうになってくる。

 今の姿を幸子が見れば手を叩いて笑うだろうな、と思うとカーテンレールを開けるのが億劫になった。

 美奈子の億劫な気持ちを要らぬ形で察したのか「入るよー」という声と同時にカーテンレールが開かれた。


「へぇ、結構似合ってんじゃん」


 小さく悲鳴を上げ、思わず前かがみになり体を隠そうとする美奈子。

 美奈子が視線を上げると、幸子が口元を緩ませながら見下ろしていた。

 彼女が嫌味や皮肉を言うような人間でないのは付き合いが浅くともなんとなく分かるが、それでも似合っている、と言う言葉を皮肉ととらえてしまうのは己の心の貧しさだけが原因だろうかと、美奈子は思った。

 美奈子がシャワーを浴びている間に幸子も”制服”に着替え終わったらしい。


 幸子の"制服”は美奈子の白に対して黒を基調とし、胸元からへその下あたりにかけてまでが露わになったレースアップの服に、下半身は美奈子の分よりもさらに丈の短いプリーツスカート風の物になっている。

 男が考える色気や性癖を纏めて詰め込んだ男の煩悩デラックスセットのような出で立ちは今時モーターショーのコンパニオンでも着る事はなさそうな代物である。

 美奈子の服装以上に取扱いに困りそうだが、それを着てなお様になる幸子のスタイルの良さに、自分の青春時代に何を食べたらこの子の様になれたのだろうかと、美奈子は過去を思い返した。


「私の格好も割と大概だけど、美奈子ちゃんのも中々だよね、いや可愛いし似合ってるけどさ、これにしてもそれにしても完全に社長の趣味なんだよね、ケチな社長がわざわざワンオーダーで仕立てたんだけどホント仕事以外で着る用事無いんだよなぁ」


 そうは言いつつも特に恥じらいもなさそうな幸子を見て、自分があと5歳若かったとして、幸子と同じ制服を着て幸子と同じようにあっけらかんと出来ただろうか、と美奈子は思った。


「さてと、そろそろお客さんが来る時間だよ」


 幸子の一言に、美奈子は唾を飲む。


「まぁ今回は基本的に私がリードするから、美奈子ちゃんは私の指示で動いてくれれば良いよ、最悪困ったら社長に指示仰げば良いし」


幸子は余裕そうではあるが、目は笑ってはいない。

 現在時間は14:40を過ぎた所である、幸子の言うお客さんとの約束の時間は15:00である。



「組織犯罪集団による凶悪犯罪の増加に対し、警察庁では2025年より特殊部隊の全国設置を目指し、その最後の県となる……」


 テレビでは、警察の特殊部隊の全国設置についてのニュースが放映されている。

 これから来るのがその特殊部隊で、自分達を制圧しにかかってくれるならどんなに楽か、美奈子が有り得もしない想像に身を任せていたその時、内線のコール音が響いた。

 美奈子は唾を飲む。


「いよいよ……ですね」


 美奈子は緊張で声が震えそうになる。しかし、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。 

幸子は美奈子に視線を送ると部屋ドアの脇に立った。

 美奈子は幸子がドアの前に立つのを確認した後に内線を取る。


「もしもし」


「御寛ぎ中に恐れ致します、お客様にご面会希望の方がいらっしゃっいますが、お部屋にお通ししても宜しいでしょうか?」


「その方のお名前は?」


 美奈子がそう言うと、ホテルのフロント担当が電話の向こうで誰かと会話した後、また受話器へと会話を戻した。


「”村中”様、と仰られるようです」


 美奈子は、そこで小さく深呼吸し、幸子へ視線を向けると小さく頷く。

 幸子はその様子を見て、親指を立てた。


「分かりました、お通しして下さい」


 美奈子の緊張はピークに達した。


 これから行われること、自分がそこで何をするべきか、相手はどういった人物なのか、事前に話は聞いている。

 自分の仕事は幸子のサポート、そんなに難しい仕事では無い、失敗はまずないだろう、という話も聞いている。

 が、しかし、緊張せずにはいられない。これから行われる行為は、美奈子が生きてきた人生とそれによって培ってきた常識と倫理観では、到底許容できるものではないのだから。

 その許容できない事に対して、本日この場に置いて美奈子はその片棒を担ぐことになる。仕事の成否はもはや美奈子にとって問題ではなくなっている。

 自身の今までの人生観では到底理解できぬ世界へ身を置くのは、底知れぬ洞穴に身を投じるような恐怖がある。

 しかし、洞穴に身を投じなければ自分は生きてゆくことは出来ないのだ。


 部屋にノックの音が響き渡った。


「ど、どうぞ」


 美奈子は震える声を抑えきれずに、思わずどもり口調になりながら入室を促す。

 部屋の戸が開くと、現れたのは60に差し掛かろうか、白髪の目立つ恰幅の良い男性だった。この人が”村中”だろう。

 カジュアルな格好に身を包んではいるが、右手に持つ黒いセカンドバックと左手首の腕時計から、なんとなく金を持っている人間だろうと推測できる。

 左手には大きめの黒いハンドバックが携えられていた。


「いやぁ、中々会社を抜けられなくてねぇ、でも約束の時間より早く来ただろう?」


 と、いやらしく笑いながら部屋へ侵入してくる。

 美奈子は精一杯の笑顔を作ろうとしたが、顔が引きつっているだけにしかならない.

”村中”はなおも美奈子へと近づいてゆく。


「しっかし、私よりも早く来るなんてウブで大人しそうな顔して案外やる気まんまんじゃないか、それにその格好、多少あざとい気もするけど、どうして中々……」


「あたしのも中々凄いよ?」


 “村中”の肩を指で叩き、声を掛けるものが背後にいた。

 “村中”は驚いたような顔を美奈子に見せた後、慌てて後ろを振り向いた。


「や!社長、久しぶり」


 天真爛漫な笑顔を振りまく幸子がそこにいる。

 妖艶なホテルであられもない格好の女性と逢瀬を果たしたら、もれなくはしたない格好の少女が付いてきた。

 男性であれば、今期の人生の運を全て使い果たしてこれから不幸な事しか起こらないのでは?と思うような幸運と思うだろう。

 しかし、村中は幸子の顔を見ると恐怖で顔を歪め、腰を抜かす。


「美奈子ちゃん、確かにおっさん受けしそうな雰囲気だもんねぇ、スケベ心働くのもわかるけどさぁ?けど社長さ、あたしと合う度にあたしに色目つかってたじゃん?浮気なんて寂しい事しないであたしとも楽しい事しようよ?」 


 幸子は笑顔で”村中”に話しかける。

 恐怖のまま顔を引き攣らせた”村中”は、腰の抜けた体を何とか前に倒し四つん這いになりながら部屋を出ようとした。


「させるか!」


 ”村中”の不幸はすぐに始まった。

 幸子は四つん這いになった”村中”のシャツ襟を掴むと、横に払うように放り投げる。

 ”村中”は前屈みの状態でカンフー映画のワンシーンのように飛んでゆき、部屋の壁にぶつかると空気の抜けた様な声を出して床に落ちた。

 次に幸子は、部屋の戸を閉めるとドアノブに力を入れ、へし折る。

 そして、ホテルの内線でフロントに連絡を入れた。


「はい、フロントです」


「あ、もしもし、さっき凄い音がこの部屋からしたかも知れないけど、あんまり気にしないで下さい、あと、この後叫び声とかも聞こえるかも知れないけど……ほら、楽しみ方って人それぞれだから、ね?」


「はぁ……承知致しました」


 幸子は内線を切ると、先ほどまで”村中”の手にあったセカンドバックを拾った。


「美奈子ちゃん、確か前金で3だったよね」


 幸子はセカンドバックから財布を取り出した。


「、ひ、ひ、、」


 工場の裁断機の様に歯を震わせている美奈子を見て、幸子は深くため息をついた。


「頼むよぉ、美奈子ちゃん……本番はこの後なんだからさぁ」


 幸子は財布の中を物色すると、その中から15枚程はありそうな札といくらかのカードを全部抜き取った。


「前金で3、あとオプションで……分からんけど大体7、8万位でしょ、はい」


 と言って、美奈子に財布から抜き取った札をいくらか渡す。どうしていいか分からない美奈子は、震えながらとりあえず受け取った。

 そして幸子は笑顔で


「後は、あたしのね」


 と言うと、ニーソックスと太ももの間に札を挟む。


次に幸子はハンドバックに手を掛けると、ひっくり返した。

 床には、長かったり太かったり、柔らかかったり弾力があったり、様々な大きさや形の棒状の物等が色々と散乱する。

 その中の数点は美奈子も見たり聞いたりしたことがあるものだった。主に男性が女性に対して使うとお互いが色んな意味で気持ち良くなれるという物である。

 今回の場合、“村中”が美奈子に対して使うために持ってきたと考えると、恥ずかしいような恐ろしいような複雑な気持ちになり、美奈子は顔を赤らめた。


「良くもまぁ、こんなに色々そろえたもんだねぇ、どこで買うんだろ?これなんか、どこにどうやって使うのさ?美奈子ちゃん、知ってる?」


 幸子が持っているそれは、ウズラの卵くらいの柔らかそうな玉が数珠状につながった棒だった。


「……欲張りなお団子?」


 何とか喋れるようになった美奈子は惚けた様な事を口に出した。

 幸子は「あー……」と、納得したようなしてないような声を上げると、手に持ったそれを放り投げ再び散乱した道具類を物色する。


「こんだけ色々取り揃えてんなら……あ、あったあった」


 幸子が次に手にしたのは、手錠と縄だった。手錠は刑事ドラマで見るようないわゆる普通の手錠だが、縄の方は何故か色が赤く、それが束ねて結ってある、色が赤い理由は分からない。

 それらを持った幸子は、”村中”に近寄り、手錠を掛け足を縄で縛った。

 セイウチと人魚の交配種の様な姿となった”村中”に、幸子は先程抜き取ったカード状の物を見ながら話かける。


「中村不動産の社長、中村正一さんだよね、密会するのに”村中”なんて分かりやすい偽名使ったらダメだよ、もっと捻んないと」


「免許証は返すね」と言って、幸子は手に持っていた免許証を切るようにして、中村へ投げた。

免許証は頬を掠め壁に突き刺さる。

 頬の免許証が掠めた部分から血が滴る。痛み以上の恐怖で、中村はうめき声を上げ失禁した。


「あたしの事は知ってるよね?久瀬社長のとこの魔法少女バンビちゃんで……中村社長がスケベ心燃やしちゃったのが、うちの新入りの……」


 魔法少女、幸子から出た言葉だが少なくとも彼女は冗談で言ったつもりは無い。幸子が中村を吹き飛ばしたのも、ドアノブをへし折ったのも、投げた免許証が壁に突き刺さったのも、到底人間が真似できるような物では無く超自然由来の力なのだ。

 そして、幸子は美奈子に視線を向けた。


「えーと……魔法少女……美奈子ちゃん」


 なんの捻りも無く魔法少女として紹介された美奈子。彼女もまた魔法少女である。そして、美奈子は今回が魔法少女としての初仕事であった。


「ウチの社長がさ、アンタにカンカンでさ、そんであたしらが派遣されたわけ、ウチの社長が怒ってる理由は分かるよね?精々楽しませて来いって事だからさ、とりあえずシャワー室に行こっか」


 幸子は中村の耳元で小さく囁く。


「あたし達、魔法少女の力、存分に味わってね?」

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