第27話 龍王との会談
「勝負あり! 勝者! ツバサ・フリューゲル!」
「えっ、勝利条件が違わないか? シャルロットは降参してないぞ」
ツバサは抗議したが、闘技場は観客の悲痛な叫び声が響き渡り、話ができる状態ではなかった。
「キャーッ! シャルロットさまがっ!」
「シャルロットさまが、死んじゃう!」
「早くシャルロットさまの手当を!」
闘技場には百人ほどしか観戦客はいなかったが、シャルロットの怪我を心配する声が凄まじかった。
それにしても女性の観客が多い。シャルロットの人気があるからか? それとも戦い好きの国民性故か?
ツバサがその様子を呆然と見ていると、観客席の中にフェルの姿を発見した。
フェルが何か叫んでいるがツバサには聞こえていない。
『お兄ちゃん! 聞いてちょうだい!』
フェルは仕方なくテレパシーを使ってツバサに話しかけた。
『ど、どうしたんだ』
『シャルロットさんの手当をしてあげて!』
『そうだな。いや、ちょと待てよ……』
ツバサがシャルロットを見ると、応急処置班による治療が始められていた。
だが、ツバサに切断された左腕と右手首は包帯で巻かれて固定されている。
(腕と手首は治療魔法でくっつけたのか? それなら何で包帯が巻かれているんだ?)
ツバサが知っている回復魔法なら完全に元に戻るはずだ。しかし、シャルロットの腕と手首は包帯で固定されている。
応急処置班の処置が終わると、シャルロットはツバサに近寄ってきた。正直言って痛々しい……。
「ツバサ……。悔しいけどあなたの勝ちよ。あなたを侮っていたわ。ごめんなさい」
「それはもういいさ。それより何で包帯を巻いているんだ?」
「何でって、固定して置かないと治らないからよ。この後、リハビリを半年以上続ける必要があるんだって……」
「リハビリだって? 完全に治るんだよな?」
「……」
シャルロットは黙って俯くだけだった。彼女の悲壮な表情が受け入れがたい状況を物語っていた。
「シャルロット……」
どうしたらいいのだろうか? ツバサは自分の完全回復魔法を使えば彼女の怪我を治すことができる。しかし、ツバサは自分の能力を少しでも秘密にしたい。
そこにリディアが進み出た。
彼女も悲壮な表情を浮かべている。自分の妹が大怪我をした。そしてそれは完全に元に戻ることはないのだ。悲しまない方がおかしいだろう。それに、彼女たちは戦闘に重みを置く龍神族なのだ。
「ツバサくん。何か誤解があるようですね。治癒魔法というのはあくまでも体の治癒能力を強化するものです。完全にもとに戻すようなものではありません。それともツバサくんはなにか知っているのですか?」
「う〜ん、何といえばいいか……」
ツバサはシャルロットの怪我を治すつもりでいたが、自分の処遇がはっきりしていない今、それを交渉材料にするべきだと考えた。
だが、それはとても危険な交渉材料であることは言うまでもない。なぜなら、ツバサの能力が知れ渡ってしまうというリスクがあるからだ。
そこにギュンターが走って来た。
巨体で走るさまはオーガのようで怖い。
ギュンターはツバサに勝敗を告げた後、姿が見えなかったのだが……。
「ツバサ殿、話の腰を折って申し訳ないが、談話室の用意をさせてもらった。話の続きはそこで頼む」
ツバサにとっては好都合だった――
◇ ◇ ◇
闘技場のすぐ横には二階建ての横に長い邸宅があった。
地球ならばゴルフ場のクラブハウスのような使い方がされているのではないだろうか。
玄関ホールに入ると二階へ通じる広い階段があった。
龍神族は大柄なので、建物全体が人間の建物よりもスケールが大きい。
そして驚くべきことに、インテリアのセンスが抜群に良い。
ツバサが好きな西洋館のように洗練されたインテリアなのだ。
「意外な発見……。龍神族って、思ったよりもガサツじゃないんだな」
ツバサは小声でフェルに言ったつもりだったが、リディアに聞かれてしまった。
「ここは最近建て直した施設です。インテリアは最新のデザイナーに任せました」
「俺の住んでいた国にこれとよく似たデザインの建築物があります。とても気に入りました」
「それは良かった。ここが談話室です」
二十畳ほどの広さの部屋には中央にテーブルとソファーが並べられている。
リディアに進められてツバサたちがソファに座るとお茶とお菓子が用意された。
「お茶をもう一人分お願いします」
ツバサはバツが悪そうにメイドの一人に頼んだ。
いつの間にかクラウがグラン邸から出てきていたからだ。
そこにリディアとシャルロットがやって来てクラウの存在に気がつく。
「あらっ? こちらの方はどなたかしら?」リディアは戸惑いながらもツバサに尋ねた。
「リディアさま、シャルロットさま、初めてお目にかかります。わたしはツバサさまの秘書をさせて頂いているクラウと申します。以後お見知り置きを」
「クラウさん、よろしくね」
リディアはクラウに微笑みを投げかけた。そしてツバサを睨んだ。
「ツバサくんに秘書さんがいるなんて知らなかったわ。メイドさんとはいつお目にかかれるのかしら?」
リディアが皮肉混じりに言った。
「さすがにメイドはいませんよ」
今のところ、ツバサの仲間は神獣フェンリルのフェルとホムンクルスのクラウだけだ。精霊化したグラン・マイヨールはツバサたちと別れてどこかへ行ってしまった。
「クラウさんは今までどこにいたの? あなたには幾つ秘密があるの?」
俯いて死んだ目をしていたシャルロットが疑問を投げかけた。だが、元気が戻ったわけではない。
「それは秘密だ。話すつもりはないよ」
「ふんっ、いつかその秘密を暴いてあげるわ」
残念ながらその機会は訪れないだろうと、ツバサは思った。彼女たちとはもうすぐお別れするのだから……。
「ツバサくん! 待たせたね!」
談話室の扉をメイドたちが開けると、綺羅びやかな服を纏った若者が入ってきた。
龍神族の年齢は人間には判らないが、二十代前半のように見える。
「お、お父さま……」
シャルロットがいち早く反応した。
「龍王さま! お待ちしておりました。ツバサくん、龍王のエドガルド・ドラゴニアさまです」
リディアが笑顔でその青年を迎えた。それはなんと龍王だった。
龍王エドガルドはツバサの前のソファにどっかりと座った。
「シャルロットとツバサくんの決闘を見せて貰ったよ。素晴らしい戦いだったね。ツバサくんの本気を見たくて、負けたら処刑、なんて言う無茶振りをしたんだ。申し訳ないことをしたよ」
ツバサは龍王の真意が解かっていたので、驚くことではなかった。
龍王のお出ましで、固まっているツバサにクラウがテレパシーで話しかける。
『ツバサさま、龍王さま戦闘レベルが判りません。ツバサさまよりも遥かに高い可能性があります』
クラウはツバサのアシスタントなので、制限はあるが、彼のスキルを使うことができる。
『えっ、マジかよ……』
ミストガルで最強といわれている民族なのだ。しかもその頂点に立つ龍王がツバサ以上の戦闘レベルを持っていても不思議なことではない。
「はじめまして龍王さま。俺はツバサ・フリューゲルといいます。ちょっとした手違いで暗黒大陸に来てしまいました。すぐにお暇しますのでお構いなく」
「えっ、そうなの? それでいいのかい、シャルロット」
(龍王さまって、物腰が柔らかいな。本当に龍神族の王さまなのか?)
「な、何のことかしら?」
シャルロットの目が少し泳ぐ。
「いつも言ってたじゃないか。自分よりも強い男としか結婚しないって」
「お、お父さま! 今それを言わなくても」
「確かに言ってましたわ。シャルロットよりも強い男の人はみんな所帯持ちだものね。ツバサくんならちょうどいいんじゃないかしら」
「お姉さままで何を仰るのかしら」
シャルロットの顔は既に真っ赤だ。ひょっとしたら、満更でもないのかもしれない。
「お父さま、お姉さま。わたしの体を見て。もう以前のわたしではないの。強さだけが取り柄だったのに……。わたしを嫁にしてくれる人なんていないわ」
龍王とリディアは困った顔をしている。いくらでも慰めの言葉があるだろうに。
シャルロットが泣きそうになっているが、必死にこらえているようだ。
(どんだけ強さに重きを置いているんだよ……)
『ツバサさま、あまり深入りしないほうがいいのではないでしょうか』
『まあ、そうだな。でも、やっておく必要はあるな』
シャルロットを見つめていたツバサは龍王に向き直った。
「龍王さま、人払いをお願いします」
「解った」
ツバサの意図を龍王はすぐに察したようだ。
龍王はメイドたちに目配せすると、波が引くように部屋から出ていった。
談話室にいるのは龍王、リディア、シャルロット、フェル、クラウ、そしてツバサの六人だけだ。
「これから俺のスキルをお見せしますが、誰には知られたくないのです。どうか、内密にして下さい」
「シャルロットを治してくれるんだね。それなら誰にもツバサくんのスキルは漏らさない。約束するよ」
やはり、この人は解っていたようだ。それとも、ツバサのスキルを鑑定したのだろうか?
「ツバサくん、そんなことできるの?」
「できますよ。シャルロット、こっちに来て」
シャルロットは半信半疑でツバサの前に立つ。
「完全回復!」
ツバサが叫ぶと、シャルロットの体が白い輝きに包まれた。
「嘘! 肩も手首も元通りになってる!」
今度はシャルロットが叫び、ツバサに抱きついた。
「うっ、苦しい……」
シャルロットに抱きしめられてツバサの顔が青くなる。
「ギブ、ギブ、ギブ……」
ツバサが何か言おうとしているが、声にならない。
「うわ~ん!」
シャルロットは泣きはじめた。
よほど嬉しかったのだろう。
左肩と右手首は元通りにならないはずだったのだ。戦闘民族の彼女からしたら、死ぬほど辛いことだったのだろう。
ツバサとの戦闘で傷を追ったとはいえ、正式な決闘によるものだった。
それをツバサは完全に治してくれたのだ。秘密にしていたスキルを使って。
「お父さま、シャルロットはツバサくんと旅に出たほうが良さそうですね」
「そうだなリディア。君もそう思うかい」
「はい、お父さま!」
(ちょっと待ってよ……)
「ギブ……」
シャルロットに本気で抱きしめられているのだ。
ツバサは自力で脱出できるのだろうか?
「うえ~ん」
シャルロットの抱きしめ攻撃はしばらく続きそうだった――
【後書き】
だいぶ間を空けてしまいました。
ワールドカップが悪いのです。
僕のせいじゃありません。
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