第24話 龍王国の闘技場

 剣を合わせて会話をする――


 龍神族は一度でも戦わないと相手を信頼できない種族だ。

 それは相手の戦闘レベルが18しかなくても同じらしい。

 もっとも戦闘レベル18は偽装であり、ツバサの本当の戦闘レベルは255なのだが。


 ツバサたちはヴァルキリー姉妹と剣を交えた会話するために、龍神国の闘技場に連れて来られていた。

 闘技場の形は楕円形なのでローマのコロッセオのようだ。ただし、大きさはサッカー場が入りそうなくらいある。

 それは龍神族の民族性を如実に表していた。


 ツバサとヴァルキリー姉妹の戦いが決まったのはつい今しがたなのだが、何故かコロッセオには観客席の三分の一を占める龍神族たちが押し寄せていた。


「龍神国の人たちって暇なのか?」


 ツバサは控室から観客席を見回しながらオリヴィエに尋ねた。


「いや、そんな事はないのだが、今日は特別だな」


「お姫さまが俺をなぶるところがそんなに観たいのか? 悪趣味だな」


「そうじゃない。リディアさまとシャルロットさまは人気があるし、今回は臨時の試合なのだが、龍王さまが観覧されるからだろう」


「えっ、何で?」


「よく分からないが……」


 オリヴィエが一瞬迷いのある表情を見せた。

 ツバサのような低レベルの、しかも人間に、特別な理由でもあるのだろうか?


「お二人に聞いたわけじゃないが、ツバサ……。お前は相当気に入られているぞ、兄弟」


「冗談はよしてくれ。俺のように平凡を絵にして飾ったような人間を気に入るはずないだろ。仮にも龍神国のお姫さまたちだぞ」


「それが普通の見識というものだ。だが、お二人にそれは通用しない。きっと、心の琴線に触れるような何かを感じたんじゃないか? まあ、俺にも心当たりはあるがな」


 オリヴィエはニヤリとしてツバサを見た。

 ツバサはすでに平凡ではないところを彼女たちに見せていた。

 心当たりといえばそれしか考えられない。


「牢屋で消えたトリックのことか?」


「それしか考えられないな。おそらくシャルロットさまはそれを聞きたくてワクワクしているみたいだ。でも、リディアさまに関してはよく判からんな」


 それは考えたくないとツバサは頭を垂れた。

 彼の言った社交辞令をリディアが真に受けいているのがよく判ったからだ。


「逃げたい……」


「お前に逃げられたら俺の責任問題になる。絶対に逃さんよ」


「まるく収める方法はあるかな?」


「そのトリックを教えてやるから解放してくれとか……交渉してみるか?」


「でもな……誰にも真似ができないから……」


「そうか……。癇癪を起こすかもな、シャルロットさまは」


「それは困るな……」


 オリヴィエがどういうつもりなのか判らないが、弟の悩みを聞くお兄さんのように、ツバサの止めどない話に付き合っていた。

 しかし、何か結論が出るでもなく、ついに試合の時間が来た。


「試合のルールはさっき説明した通りだ。勝利条件は相手が降参するか戦闘不能になるまで。殺しは厳禁だ」


「了解した」


 ツバサが闘技場に出ると、観客たちが一斉に声援を送りはじめた。

 龍神国では娯楽が不足しているのではないだろうか?


(仕事しろよ! まったく……」


「フェル、ここで待っていてくれ」


「どうするのお兄ちゃん? やっつけちゃうの?」


「ギリギリで勝利する……。でも、偽装がバレちゃうし……」


 勝利するのは難しくないとツバサは思っていた。ただし、勝ってしまうと戦闘レベル18が偽装であることがバレてしまう。

 だが、ここで負ければどのくらい収監されるのか判らないし、奴隷にされたら目も当てられない。

 もっとも、奴隷ならば脱走する機会はあるはずだ。


(なるべく自然に負けよう。そして脱走だ……)


 ツバサはリディアとシャルロットの待つ中央付近に歩を進めた。

 オリヴィエは闘技場の魔法障壁を担当するために、立会人にはなれない。その代わり、龍神族の戦士がヴァルキリー姉妹の横に控えている。


「小僧! 姫の前であるぞ。跪け!」


 その戦士は身長が2メートルほどもある大男であるだけでなく、筋骨隆々で頭部の角も立派だ。


(こいつ、オーガキングじゃないの?)


「興奮するでないギュンター。人間の少年を脅してどうするのだ。萎縮してしまうではないか」


「失礼しました。リディアさま」


 ところがツバサはリディアの前で跪いた。


「お気遣い、ありがとうございます。美しい姫さま」


 止めておけばいいのに、ツバサは悪乗りしてしまう。

 そして、シャルロットの方に向いてこう言った。


「シャルロットさま。今までの非礼、お詫びいたします。精一杯実力を発揮する所存ですので、よろしくお願いいたします」


「い、いい心掛けね。あんたに詫びられるとこそばゆいけれど、本気で行くからね」


(そうでなくちゃな。手加減されると困るんだよ)


 そこへ新たな戦士が走ってギュンターの元で跪いた。


「ギュンターさま。龍王さまからの伝令です」


「そうか、申してみよ」


「もし、脱獄犯が負けたらその場で処刑せよとのことです」


(えっ、まじかよ……)


「よし、承った」


 ギュンターは観覧席にいる龍王に向かい一礼した。


(くそっ、龍王の奴め。逃げ道を消された……)


「ちょっと、待って下さい。勝利条件を確認させて下さい」


「いいだろう少年。相手が降参するか、戦闘不能になれば勝利だ。そして、相手を殺したら負けになる」


「つまり、シャルロットさまが俺を殺したら、俺の勝ちですか?」


「そうだな……。そういうことになる」


「俺は解放されると?」


「死んだら解放する意味はないと思うが……。共同墓地に埋葬くらいはしてやる」


「約束ですよ。必ず守ってくださいね」


「ああ、俺はこれでも親衛隊の騎士だ。約束は守る」


『クラウ、偽装で死んだフリができるんじゃないか?』


『できます、ツバサさま』


 ツバサは右手を横に開き、風神剣を次元収納から取り出した。


「お、お前はどこから剣を出した?」


 ギュンターが慌てふためく。セキュリティー面では虚を突かれたのだ。姫たちの警備上は大問題だ。

 そして彼はツバサ用の武器を幾つか用意していたようだが、すべてが無駄になった。


「そうよ、そうよ。やっぱり、あんたは面白いわ! ワクワクしちゃう」


 シャルロットがはしゃぎだす。


「ツバサくん……」


 リディアの瞳はキラキラと輝いている。

 当の姫さまたちは警備上の問題で、ギュンターを叱責するつもりはないらしい。


「えっ、まあいいか。さっさと始めようぜ!」

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