第14話 煉獄のカルマン
大賢者グラン・マイヨールと別れて、ツバサ・フリューゲルは少なからず不安を感じていた。しかし、彼にはクラウという強力なアシスタントが付いているし、神獣であるフェルも仲間になった。
ミストガルとい異世界で生き残るにはこれ以上にない味方だ。
そもそも、ツバサ自体が人間離れした戦闘能力を持っている。
よほどのミスを侵さない限り、護衛任務――まだ護衛対象を見つけていないが――はうまくいくだろう。
この時点でツバサは楽観視していた。
(やっぱり、簡単なお仕事かもしれない……)
「お腹が空いた……」
「フェルはいつもお腹が空いてるな」
「だって、仕方ないじゃない」
「はい、これを食べてみて」
クラウが森の中でとった果物をフェルに渡した。
「神獣って何でも食べられるんだな」
「何でもは食べられないわ。好きなものだけよ」
「そりゃそうだ」
フェルは再び果物を食べだした。
フェンリルとして育ち盛りなのだろうか? それとも、食欲が旺盛なだけだろうか?
「それじゃあ俺も食べてみよう」
ツバサはフェルがくれた黄色い果物を食べてみた。
果実の香りが辺りを漂う――
「甘いな~。それに美味しい。こんな果物食べたことないよ」
食感はアボガドみたいだが、不思議な香りが甘さを引き立てている。
「この森にはね、たくさんあるから食べ物には困らないのよ」
果物を頬張りながらフェルは言う。
「グラン邸の備蓄食糧に頼らなくてもとりあえず生きていけそうだな」
「まかせてちょうだい。食糧はもちろん、魔獣が出てきても大丈夫よ。わたしが苦手なのは火炎竜くらいだから」
「火炎竜……、ドラゴンがいるのか……。見てみたい気がするけど、襲われたら嫌だな」
「そうね、あまり刺激しないほうがいいわね」
「後は肉類だな。この辺りには魔獣はいないけど獣ならけっこう生息しているみたいだ。ほら、あそこに鹿みたいなやつがいる」
「ツバサさま、魔法剣と精霊魔法の練習をしてはいかがですか?」
「いいね。いいね。やってみよう。まずは風神剣を使ってみよう」
ツバサは何もない空間から風神剣を出現させた。
次元収納の使い勝手はとてもいい。
「どのくらいの威力があるか判らないので、最初は軽く魔力を流し込んで下さい」
「了解。それではと……」
ツバサが風神剣を大型の鹿らしき獣目掛けてかるく振る。
「ヒュンヒュンヒュン」と目に見えない無数の刃が大鹿を襲う。
そして、大鹿は無残にも細切れになってしまった。
あまりの迫力にツバサは風神剣を落としてしまう。
「びっくりした~。すごい威力だ。軽く魔力を流したつもりだったのに」
「ツバサさま、魔力を一気に流し過ぎです。風神剣が破壊されてしまうかも知れませんので、注意して下さい」
「思ったよりも扱いが難しいな」
「鹿肉はハンバーグにでもしましょうか?」
「夕食は鹿肉のハンバーグだ!」
フェルは果物よりも肉のほうが好きらしい。
嬉しさのあまり踊りだした。
「警告! 戦闘レベルの高い生物が近づいています」
クラウの警告で、フェルも気がついたようだ。ただ、森の中ではなく、空を見上げている。
ひょっとしたらドラゴンが飛んできたのかも知れない。
「クラウ! 何が来るか判るか?」
「もう来ます! 早く隠れて下さい!」
「二人ともグラン邸に避難しろ! 早く!」
フェルとクラウは大急ぎでツバサが出現させたグラン邸の中に飛び込んだ。
ドッカーン!
何者かがツバサの前に着地した。
だが、それはドラゴンではなく人間のように見える。
「ほう、時空の歪みが検出されたから来てみたら、勇者でしたか」
空を飛んできたのは豪奢な軽鎧を身に着けた騎士だった。
その鎧には全体が黒地で金色の線で模様が描かれている。
どうやら、転移魔法陣が起こした時空の歪みが感知されたらしい。
「どなたか知りませんが、俺は勇者じゃないですよ」
「ああ、そうですね……、戦闘力が18の勇者などありえませんね。暗黒大陸を生き残っている人間がいるはずはないですから、勇者かと思ったのですが……」
(何だ、この高圧的な態度は)
ツバサのスキル――偽装――が早速役に立った。
この男にはツバサのプロフィールが次のように見えているはずである。
・名前:ツバサ・フリューゲル
・年齢:一六歳
・主な職業:ガーディアン
・住所:不定
・戦闘レベル:18
・戦闘術:剣術レベル8、格闘技レベル5
・魔法:-
・討伐ランキング:5,021位
・スキル:探索
「そうそう、ただの人間だよ。残念だったね」
「おかしいですね……。危険な香りがします。今のうちに摘み取っておくべきでしょうか?」
その騎士は黙考しはじめた。
敵かも知れないツバサを前にして、この余裕の態度はよほど戦闘に自信があるのだろう。
(何を悩んでいるんだ? どう見ても俺は人畜無害の只の人間だぞ)
『この男の戦闘レベルは191です。戦いは避けて下さい』
グラン邸の中からもテレパシーは通じるようだ。
『了解した』
この男と戦闘になったら誤魔化すのは難しいだろう。
完全に抹殺するか、こちらが死んだフリをしなくてはならない。
ツバサとしては死んだフリが正しい選択のはずだ。
「俺の名はツバサ・フリューゲル。アルフェラッツ王国、カーバイト男爵の息子です」
「わたしの名は煉獄のカルマン。ミストガルの頂点に立つ種族、天空族ですよ」
「地上の事情はよく知りませんが、只の人間が暗黒大陸で生き残っているのは不思議ですね?」
カルマンは左手で顎をさすりながら右手で剣の柄を握った。
「なんで只の人間が暗黒大陸にいるのですか? ひょっとして、暗黒大陸へ流されたのでは?」
「情けない話だけど、ガイルという勇者にここへ強制転送されたんだ」
「ガイル? 聞いたことがないなですね。新しい勇者ですね」
煉獄のカルマンは笑い出した。
ガイルの被害者であるツバサには、どこに面白い要素があるのか分からない。
「あなたの事情はどうでもいいです」
「何だよ、自分から聞いておいて!」
煉獄のカルマンは剣を鞘から引き抜くとこう言った。
「まあ、危険な芽は摘んでおくことにしましょう」
カルマンは一瞬で間合いを詰めるが、ツバサは素早く回避して魔剣を抜く。
「只の人間にしては速いですね。次は本気でいきますよ!」
カルマンは上段から剣を振り下ろすが、ツバサは魔剣で受けて力を逸らす。
すかさずカルマンは剣を横に、斜めに、縦にと、あらゆる角度からツバサを襲う。
スピードもパワーも、剣技でさえ負けていないが、負けなければならないというジレンマ……。
(切られても死なないけれど、痛いからなぁ……)
ツバサは思いっきりバックステップで距離をとった。
そして魔剣をカルマンに向けて、魔力を流す。
魔剣からは先ほどと同じ様に真空の刃がマシンガンのように射出された。
この程度の魔法でカルマンを傷つけることができないのは判っている。
武術の基本通り、カルマンの体勢を崩そうとしたかったのだ。
だが、カルマンは避けてくれなかった。
「子供だましです!」
カルマンは真空の刃をものともせずツバサに接近した。
ツバサは魔剣を使った隙きを突かれたのだ。
相手のほうが戦闘に関しては上手だった。
そしてカルマンは剣でツバサの胸を貫く。
「うっ……」
カルマンが剣を引き抜くと、ツバサは膝をついた。
そして後ろに倒れ込んだ。
「剣術はなかなかのものでした。魔剣に頼らなければもう少し長く戦えたものを」
ツバサは胸を刺されたので声が出せない。
「さらばだ不思議な勇者よ。いや、普通の人間でしたね。ヴァルハラで逢いましょう」
(俺は勇者じゃないと言ってるだろ、クソが!)
カルマンは来た時と同じ様に空を物凄い速度で飛翔していった。
音速を超えた爆音が聞こえる。
彼が立ち去ると直ぐにクラウとフェルがグラン邸から飛び出てきた。
「お兄ちゃん!」
フェルはツバサを抱きしめて泣くことしかできなかった。
「フェル、泣かないで」
「ツバサさま!」
クラウは両手を胸に当てて、心配そうにツバサを見た。
彼女はツバサの命に別状がないことをよく解かっているが、それでも安心はできないのだろう。
「もう大丈夫だ。回復したよ」
自動超回復が起動し、ツバサの傷が治るだけでなく戦闘レベルもアップした。
因みに戦闘レバルは221から255にアップした。
「戦闘レベル……、上がり過ぎだ。もう上がらなくてもいいから」
「良かった……。わたしを一人にしないで!」
「俺は簡単には死んだりしない、大丈夫だ」
フェルはツバサを強く抱きしめた。
そしてツバサはフェルの頭を優しく撫でる。
自動超回復で復活したツバサの戦闘レベルは255に達した。
ただでさえツバサは人間を辞めているほどの戦闘力を身に着けているのに……。
「ツバサさん、わたしから警告させてください」
ツバサをアシストするクラウから、はじめての警告があった。
「ああ、何かな?」
「これからどのような敵と戦うことになっても」
「なっても?」
「即死だけは避けてください。即死したら回復できなくなります」
「そうだな。気をつけるよ」
冒険ははじまったばかりだ。
それなのにツバサは思いもよらない困難に何回も巻き込まれた。
おそらくこれから先、死を覚悟するような場面が幾度となくやってくるのだろう。
ツバサはこの世界で生き残ることができるのか? 不安を禁じ得なかった。
いずれにせよ、はっきりとさせてことがある。
「クラウ、教えてくれ。天空族ってなんだ?」
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