第27話 進路

 夏休みが終わり、文化祭・体育祭と行事が続いた。琴たちが通う春水高校は、学校行事に力を入れていて、先生も生徒も一緒になって楽しむ。受験間近の三年生だって、大丈夫かと思うほどの力のいれようなのだ。そんな台風のような二ヶ月が過ぎ、十一月になってようやく落ち着きを取り戻した教室に、車椅子なしで向かうゆりの姿があった。


「あれ?ゆり、おはよう。歩いてるの?」お小夜はポカンとした。

「おはよう。そろそろ歩きなさいって、ドクター命令が出たのよ。ものすごく時間かかるし、汗だくになるけど何とか到着したよ」

「駅とか大丈夫なのかな」

「うん、バスより電車の方が楽だと思う。エレベータもあるし。でも一時間目は呼吸整える時間だなこりゃ」

「何か手伝える?」

「ううん、一人で出来なきゃ意味ないし。それに今って進路懇談でしょ。医者になりたいって言うのに付き添われて来てたんじゃカッコつかないよ」

「そっかー、ゆりは偉いね。進路…か」

ゆりは、一瞬お小夜の顔が曇ったのを見逃さなかったが、その時チャイムが鳴って、それ以上聞くことはできなかった。


翌日の放課後、ゆりがやっこらしょと松葉杖を取り出して立ち上がった所に、お小夜が顔を出した。

「ゆり、駅まで一緒に行こう」

「うん、歩くの遅いけど大丈夫?」

「いいよ、私も歩きは遅いから。今日は琴ちゃんは来ないの?」

「奴は今日、進路懇談だよ」

「あっそうか。そう言やいなかったわ。琴ちゃんは進路、どうするのかな」

「コトは天然だからねー。成るようにしか成らんとか言って、実は何も考えてないらしい」

「じゃ、懇談不成立?」

「多分、次回持越しじゃない?」


地面には赤や黄色の落葉が散り、風にカサコソと音を立てながら秋を彩っていた。


「お小夜はどうするの?」

「んー、舞台俳優になりたいんだけどさ、親は大学行けって」

「舞台俳優ねえ。そんなことやってたっけ?」

「今はしてないけど、子供の頃に劇団にいたんだ」

「そうなの?子役だよね」

「ううん、子供劇みたいなものだから、そういう芸能界っぽいものじゃないんだけど。でもテレビには出た事あるよ。コマーシャルのチョイ役」

「先生はどう言ってたの?」

「大学行きながら俳優目指すっていうのは不可能じゃないけど、崩れる人が多いよって」

「うーむ、カタギじゃないもんなあ」

「それに地方の大学じゃ両立しにくいって。やっぱり東京だって」

「そうだよね。みんな何歳で上京してとか言ってるもんね」

「そこまで親に言えないよ。ウチは公務員だし」

お小夜は溜息つきながら続けた。

「それにね、先生は一応大学は受かっておいた方が良いって。役者で食べていける人はほんの一握りだし、何のコネもない、ポッと出の人の場合は奇跡に近いって。先生の友達でそれで駄目になった人、居たんだって」

「ふうん。先生、思ったより親身だね」

「まあね、だから余計にきついんだよ。先生の言ってること、多分本当なんだ。現実なんだよ。でもなあ、だからと言って今から妥協するのも悔しいし。あ、ゆり、階段大丈夫?」

「うん、でもまだ悩む時間あるよね」

「いっそない方が楽なんだけどね」


秋深し、隣は何をする人ぞ。ゆりはお小夜を思いやった。あたしだって悩んだけど、みんなそれぞれで悩んでるんだ。


 翌朝、ゆりが改札を出て、よっこら歩いていると後から駈け足で琴がやって来た。

「おはよう、うわ、ゆり歩けてるじゃん」

「おはよう、いつまでもお世話になってるわけにいかないからね。人間は歩く葦だよ」

「は?考える葦…じゃなかったっけ?」

「それはパスカル先生のお言葉。こっちはゆり先生の発明。コト、昨日の懇談どうだった?」

「大学行きたいって言ったら、何のために?って言われたから、行ってから考えますって言っちゃった」

何という違いだ…お小夜と較べて。ゆりは思ったが口には出さなかった。

「でもどの方面の大学に行くわけ?」

「まず家から近い。受験科目が少ない。学費が安い。こんなとこかな」

うーむ、そういう方面じゃないんだけど…ゆりは半ば呆れながら聞いた。

「それは文系ってこと?」

「まあそうなるね。文系で国立かな」

「幅広い選択肢がありそうだよ。国立は科目は多いけどね」

「それはさ、センターだけでしょ。だったら我慢するよ」

「ふうん。何となくコトは難なく突破しそうな気がするわ…」

「そう?ゆりのお墨付きなら安心だ」


実際、琴は進路について深く考えていなかった。だって就職するのってまだ数年先でしょ。何がどうなってるか判りゃしない。切羽詰まったらいやでも考えるよ琴だって。それにパパもママも好きなようになさいとしか言わないし。

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