第18話 初詣ライド
ゆりの退院から期末テストまではあっという間で、期末テストからお正月まではもっとあっという間だ。冬休みに入ってすぐ、琴はカフェ・ワッフルを訪ねてみた。
♪チョリーン
「寒いよ~。西風きつっ」
「いらっしゃい、ゆりちゃんさっき帰っちゃったよ」
「あ、ゆり、来てたんですか」
「うん、羽田大先輩がべったりエスコート。孫娘は眼に入れたいって」
「あんな元気なの入れたら大変ですよ。あ、今日はホットケーキとホットミルク」
「冬メニューって感じだねえ。期末テストできた? ゆりちゃんは復帰早々で散々だったって」
「奴の散々は当てにならないよー。ずっと休んでたのに中間はベスト20以内ですもん。4組の『ゆりレスキュープロジェクト』が呆れてました。俺たちのノート以上のことやってるから意味ないじゃんとか」
「はは、賢いんだねー。スポーツも万能だし」
「うん、私のプチ自慢です。その車椅子専属ドライバーだぞって」
「はーい、ホットケーキ。メイプルシロップはこっちだよ」
「有難う。美味しそう」
「そうそう、琴ちゃんお正月に初詣ライドに行かない?」
「初詣?神社とかですか?」
「うん、コウヘイが言ってるんだけどね、京都の八幡にある飛行神社に行きたいんだって。木津川サイクリングロードの御幸橋(ごこうばし)からちょっと戻った町の中にあるそうよ。近くに石清水八幡宮があるからお正月は大賑わいみたい」
「へえ、私で行ける距離ですか?」
「大丈夫と思うよ。琴ちゃんとこからだと往復で七十キロ位かなあ。殆どサイクリングロードだしね」
「じゃあ是非!」
「多分三が日の後で、琴ちゃんの学校が始まる前だから、四日とか五日とかになると思うから、またメールするね」
「有難うございます」
明けて1月5日。琴がいつもゆりと待ち合わせるカフェの駐車場に、コウヘイさんとヨシノさんがいた。ヨシノさんとは初めてのツーリングだ。
「ヨシノさんの自転車、ロゴ可愛い!ハートなんだ」
「琴ちゃん、それ高級車なんですよ。デローザってイタリアの名車です」
コウヘイさんが入って来た。
「へえ、ゆりもイタリアって言ってましたね」
「うん、イタリアは自転車競技も盛んで、有名なメーカーもたくさんあるんですよ。それにジーロディターリアって超有名なロードレースもあってね、自転車が文化に根付いているんですよね」
「ゆりちゃんの乗ってるビアンキもね、世界で一番古い自転車メーカーって言われててね…」
「難しい事言ってないで行くわよ」
ヨシノさんがしびれを切らした。
三人はずっと前に、琴がゆりと走ったコースで木津川サイクリングロードへ向かった。
「うわーむかいかぜー!」
「琴ちゃん、向かい風の時は無理に重いギアで頑張らなくていいから、楽にクルクル回してね」
ヨシノさんがアドバイスしてくれる。ヨシノさんはフェイスマスクをしているので誰だかさっぱり判らないけど、サングラスとフェイスマスクを取った瞬間、超美人が現れるのだぞーと琴はどうでもいい事を考えながら風に向かった。
木津川が宇治川、桂川と合流し淀川になる地点に御幸橋(ごこうばし)が架かっていて、多くのサイクリストの休憩場所になっている。今回三人はその手前で一般道に降り、坂を下った。
「神社はその信号のすぐ向こう、右側です」
先頭はコウヘイさん、次いで琴、最後はヨシノさんだ。
「うわ、これ何?」
三人が目の前にしたのは、ガラスケースに入った巨大な機械だった。
「これね、ジェット戦闘機のエンジンなんですよ」
「えー?エンジン?こんなに大きいの?」
「メカメカしてるわねえ」
ヨシノさんも不思議そうにのぞき込む。
「もう退役した戦闘機のですけどね。これを大空でどんな条件下でも動かすって、とんでもなく大変な仕事でしょうね」
「あー見当つかない」
「琴ちゃん、だから自転車のメカなんて可愛いもんですよ」
「それ言うのが目的?」
ヨシノさんが勘繰った。
「いえいえとんでもない。勿論安全祈願です。さ、こっちに手水があります。本殿は階段の上なんです」
手水で手を清めながら琴はエンジンを振り返った。そもそもエンジンってものをまじまじ見るのは初めてだった。これが飛行機を飛ばすんだ。こんな大きくて重そうなものが。こりゃ技術っていうより芸術じゃないか。
三人は脇の階段を上がった。
「え?これ、神社?」
ヨシノさんが絶句する。
「そうなんです。ギリシャだかローマだかに見えるでしょ。ここの鳥居はジュラルミン製で、飛行機の材料ですよね」
本殿は本当にギリシヤの神殿のようだった。しかしちゃんと注連縄があり、その奥に参拝できるようになっている。
「わ、ステンドグラスまである!」
琴が叫んだ。
「はい、トビウオをデザインしてますね。なかなかいい感じでしょ」
「う、うん。神社のイメージとは随分違うけど」
「ま、神様ですから、まずは参拝しましょ」
三人はそれぞれお賽銭を入れ、手を合わせた。
「ヨシノさんは何をお願いしたの?」
「いろいろだよー、厚かましいからね」
「もしかして、縁結びとか?」
「うーん、ヒミツ」
その瞬間、コウヘイさんの眉がぴくっと動いたのだが、琴は全く気づかなかった。
「琴ちゃんは?」
「うーん、私もいろいろ。ゆりの事も」
「あーそれ大事だよね。ゆりちゃんにお守り買っていこう」
「おーさすが、航空安全とか書いてある」
「この頃、受験生にも人気だそうです。落ちないからって」
「へえ!考えたねえ」
「あ、じゃあこの可愛い鳥のにしようかな」
「それお守りですか?ストラップみたいだけど」
「一緒に祈願してもらってるからお守りになるんじゃない?」
「羽ばたくイメージだから、今年のゆりちゃんにぴったりですね」
三人は社務所を後にした。
「こっちは何?」
そこには折れ曲がったプロペラらしきが付いた機械が脚立のような所に置かれている。
「ああ、これは海の中から引き揚げられたゼロ戦のエンジンですよ」
え?じゃあ戦争中の飛行機のエンジン?先程のエンジンに較べちっぽけに見えるそれは戦争の遺産だった。誰かがこれに乗っていて、それで海に墜落したんだ。瞬間、琴の瞳は閉じられ、その奥には青い海原が飛来した。それは無意識の黙祷だったかも知れない。
「さて、コウヘイここからどうするの?」
「はい、石清水八幡宮の前に古いお饅頭屋さんがあるんで、そこでお餅と抹茶セットでどうでしょう?」
「お正月っぽくていいね」
「んー、疲れた時に餡子は効く~」
ヨシノさんもいいお顔だ。
「いつも思うんですけど、峠の茶屋って昔からお茶と草餅とか出すじゃないですか。あれって峠越えする旅人への補給食なんだなあって」
「なるほどね。自転車の補給食と考えは一緒なんだ。コウヘイたまには賢いね」
「正月だけです」
「みんなボケてるから相対的な問題なんだ」
「ヨシノさん、僕に恨みでもあります?」
「とんでもない、感謝しかないよ。お得意さんだし、引いてくれるし、いじり甲斐あるし」
やり取りを聞いていた琴には『この二人なんなんだ?』とほんの小さな女の第六感が疼いていた。
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