第30話

「自分の家なのに威圧感がすごいわね」

 凛は自分の家(城)を見上げてつぶやく。


 確かに一般人では想像も出来ないような家(城)が目の前にあるわけだから、その雰囲気に圧倒されるのも無理がない。


 しかし、彼女が感じているのはきっとそんなことではないだろう。


 世界から忘れられ兄からも忘れられたやるせなさ、家族が近くに存在しない虚無感。そんなものを無意識に感じざるを得ないのかもしれない。


「それにしても……でかいな…」


 時刻は午後7時、俺たちは凛の弟、博隆が必ず在宅しているこの時間帯を狙って訪れたのだ。


 あたりはすっかり暗く、夜の雰囲気に包まれていたが、この家(城)だけはなぜかライトアップされている。


 観光地ではないのだからする必要ないと思うんだけどな。もしかしたら、金持ちとしての威厳みたいなのがあるのかもしれない。外見は綺麗に見せたいみたいな。全く理解できない。


 理解できない事と言えばもう1つ。なぜか、俺と凛の横には小百合さんと妹の由衣がいる。


 家(城)を見上げながら「これは人ん家だったのか…」とか「ライトアップされていてきれー」とか言っている。


「なんでいるんすか」


「智樹君のためならどこまでもついていくぞ!」

 と小百合さん。やめて! なんかそれこっちまで恥ずかしい!


「いいじゃん! 三人寄れば文殊の知恵だよ!」

 と我が妹由衣。………。 可愛いから許してしまいたくなる。


「いいじゃない。由衣がいると心強いわ」

「凛さんがそう言うなら、いいけど……」

「私は!? 私もいたら心強いだろう!」

「あんたは……うるさいだけじゃない…」


 さすが凛さん。容赦がない。


 小百合さんは本当はいつも冷静で静かな人のはずなんだが、俺の前だとこうなってしまうらしい。


 俺は一生懸命に抗議する小百合さんを横目で流しながら、ふと気になったことを凛に聞いてみる。


「そういえば、どうやって入るんだ?」


 扉はしっかりと閉ざされ、重く頑丈そうである。そして金持ちの家なのだからそう簡単には入れてくれないはずだ。


「策はあるのだけど、それで入れてくれるかは五分五分ね」


 どうやら入れない可能性もあるらしい。そうなったらどうすればいいのだろうか。今のところいい案がないので引きあがるしかないだろうな。


「まぁ、何をやるか知らんが、がんばれ!」

「ん」


 凛は小さく頷き扉の横に張り付けられているインターフォンを鳴らす。カメラとマイクが付いていてこちらから会話できるものだ。


 ほんの数秒でカチャと受話器を取った音がして女性の声が聞こえてきた。


「松田の城へようこそ。私はここの使用人の1人、カオリと申します。ご要望をおっしゃってください」


 出たのは偶然なのかわからないがカオリさんだった。この前俺が訪れたときに案内してもらったメイドさんである。


 カメラ越しに凛の姿が見えているはずなのに、事務的な対応をするということは彼女も凛の事をわすれているのだろう。


「博隆に会いたいんだけど」

 凛はストレートに質問の答えを返す。


「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「松田凛よ」


「松田様……しばらくお待ちください……」


 インターフォンからエーデルワイスが流れてきた。たぶん電話とかで人を待たせるときに流れるあれだろう。金持ちのインター―フォンは違うな。知らんけど。


「…お待たせしました。失礼ですが面会のアポは取られましたか?」

「取ってないわ!」


 なぜか胸を張ってそう言い切る凛。別に自慢することではないと思うんだが、可愛いから何も言わないことにした。


「……大変申し訳ありませんが、博隆様との面会はアポなしでは受け付けておりません。電話でのお問い合わせの後、訪れるようにお願いします。またのご来城らいじょうお待ち」「ちょっと、待って!」


 凛は電話が切れる突然に大きな声で待てをかける。


「……なんでしょう?」


「どうしても会わせてくれないというのなら……」

「いうのなら……?」



「あなたの秘密を言いふらすわよ」



 ……。彼女の策というのはただの脅しだった。


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