第23話

 俺たちは由衣にバレないように、慎重に家に中に入る。


 もはや忍び込んでいると言っても過言でもない状況だ。


 自分の家に忍び込むのは初めての経験だからか、それとも何か後ろめたいものを無意識のうちに感じているのか、背中が汗でびっしょりと濡れていた。


 ドアを開け、由衣がリビングにいることを玄関から確認した俺は、凛に合図を出す。


 家の茂みの中に隠れていた彼女は、素早い身のこなしで音もなく家に入る。


 俺はゆっくりとドアを閉め、自分の部屋がある2階を指さし、階段を上り始める。後ろから凛が後をつけてくるのが気配でわかった。


 やっとのことで俺の部屋の中に入る。


 凛にここで静かに待っているように、小さな声で諭し、俺は再び音もなく階段を降る。


 そして静かにドアを開け外に出た後、深呼吸を1回。


「ただいまー」


 今度はいつも通り家に入る。


 こうすることで、由衣に1人で帰ってきたことをアピールするのだ。


「おかえりー。今日は何か遅かったね。どうかしたの?」


 と由衣はリビングからわざわざ玄関に迎えに来てくれる。


 兄のことを心配してくれるなんて、なんと優しい妹何だろう。俺は軽く感動した。


「放課後にちょっと急用ができたんだ。遅くなって、ごめんな?」


「ふーん?ま、いいや。早くご飯食べようよ!」


 どうやら、まだご飯は食べていないらしい。


 いつもならとっくに食べ終わっている時間なのに…。


 兄にために待ってくれるなんてなんて優しい妹何だろう。俺は再び感動した。


 こんなに恵まれた妹がいるなんて、きっと俺くらいに違いない。


 そう考えると、少し涙が出そうになった。


 しかし、凛の事を忘れてはいけない。


 彼女は何も言っていなかったが、きっとおなかがすいているはずだ。


「悪いんだが、今日は自分の部屋で食べさせてくれないか?」


「え、なんで?」


「理由は聞かないで欲しいんだが……」


「ふーん……。もしかして、女の子を連れ込んでいるとか? もしかして小百合さん?」


 さすがは我が妹。恐ろしく鋭い。


 だけど、ここで凛ではなく小百合さんの名前が出るということは、やはり由衣も凛のことを忘れているのだろうか…。


「べ、別に、そんなんじゃないぞ! まったく違うから!」


 慌てて否定する俺を、由衣はジト目でニヤニヤしている。


 絶対、小百合さんを連れ込んでいると思っている!


 ま、まぁ、『見た目は小学生の知らない少女』を連れ込んでいるよりはましか……。


「ま、いいや。今回は追及しないであげる。だけど、その…エッチなこと…とかは…まだ早いと思うから……。と、とにかく!あんまりイチャツかないでよね!」


 由衣は何かを想像したのか顔を赤くしてうつむく。


「しねえよ! そんなこと!」


 俺は全力で否定したが、どこまで由衣に信じてもらったかは謎である。


 俺は、いまだにうつむいてモジモジしている妹を横目で見ながらリビングに置いてあった夜ご飯をお盆にのせ自分の部屋に持っていく。


 今日はエビフライか。喜んでくれるといいな。そんなことを考えながら自室のドアを開けると、


「………」


 凛はいつの間にか俺のパソコンを開き、何やら高速で文字を打っていた。


 何をやっているかは、ここからは見えないが、何かものすごい喧騒で一生懸命打っていることだけは分かった。


 なかなかの迫力だ。


「おい、何やってんだ?」


 そう声をかけると、俺がいたことに今更気が付いたのか少し、ビクッと肩が震え、顔だけこちらに向く。


 それでもなお、指はものすごい勢いで動き続けている。


 見ないで打てるの!? え、すご!!


「ご、ご、ご、ごめん!!パソコンがあったからつい!」


 なんか、顔と発言がすごい焦っているけど、それでも手は動き続けているからか不思議な気分になる。


「別にいいんだけど、何やってるんだ?」


「見てわかるでしょ!小説を書いているのよ!!」


 覗いてみると確かにそこには、小説っぽい文字の羅列があった。


「にしても、手は止まらないんだな」


 俺はさっきから気になっていることを口にしてみる。


「なんか、勝手に動いちゃうのよ!!」


 ……なんか、すごいな。


 そういえば、凛は小説投稿サイトで有名な作家さんだったらしい。


 今はもう、アカウントごと彼女が書いた小説はすべて消えているが。


 いずれ読もうと考えていた俺としては、少しつらい。


「何書いてるんだ?」


「決まっているじゃない!この事件の事よ!こんなに面白い小説のネタなんて他にないわよ!」


「そ、そうなのか……」


 どうやら、凛は彼女なりに良い方向に解釈したらしい。


「あ、そういえば、断りを入れてなかったけど、あなたが主人公で、あなた目線で書いているから」


「え、なぜだ!?」


「だって、この話、どう考えてもあなたが中心となって話が進んでいるじゃない。そっちの方が面白いに決まっているわ」


「そ、そうなのかな。まぁ、いいけど」


 それを聞いて少し安心したのか、凛は満足げに小さく頷く。


 ちなみにこんな会話をしている中でも、彼女は一切指を止めないで書き続けていた。


「もしかして、それも小説投稿サイトに投稿するのか?」


「当たり前じゃない! そうじゃないと面白くないし、もしかしたら、情報が得られるかもしれないというメリットもあるしね!」


「なるほど……。意外と考えている……。……って、もしかしてすべて事実を書いてしまうのか!?」


「当たり前じゃない。そうじゃないと、情報なんて来るわけないでしょ?」


「い、いったい、どこから書くんですか……?」


「うーん、そうね。私と出会うところからかしら?」


 あそこからかー。


 考えただけでゾッとする。なんか恥ずかしいこと一杯した気がする。


「ちなみにいつ頃、投稿するんだ?」


 そのスピードで書いたら、きっと明日には投稿されるんだろうなー。


「5月20日かな。今は勢いで書いているけど、そこから5回ぐらい書き直すし、最初は構成を練ったりしないといけないし」


 思ったより猶予がある。それまでに何とかして凛を説得しないと……。せめてあの場面だけでもカットしてもらわないと、人生的に詰む!


「それで、題名はどうするんだ?もう決まっているんだろ?」



「決まっているわけないでしょ!『それで題名は?』ってそんなに軽く聞かれても困るわよ!……ん、待って……。それで題名は…それで……そ…そ…そして……『そして彼女は』!それだわ!この話にぴったりな題名じゃない!」




 こうして、小説『そして彼女は』は連載されるようになった。

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