第19話
中村小百合(7歳)が川でおぼれて気を失ってからだいぶ時間がっていたようだ。
明るかった空はいつの間にか薄暗くなっている。どうやら5時間くらい気を失っていたらしい。
川辺の砂利の上で寝かされた私の隣には、依然として傷だらけの少年がニコニコとしてこっちを見守っていた。
誰だか知らないけど、どうやら私を助けてくれたようだ。
その笑顔は善意しか感じない恐ろしく素直なものだった。
体がずきずきと痛んで思うように動けない。それでもこのまま寝転がっているだけでは彼に申し訳ないから起き上がろうとしてみた。
「ッ……!イタッ……!」
少し体を動かしただけで激痛が走った。
「大丈夫?無理しない方がいいよ。しばらく横になっときなよ」
少年は見ず知らずの私に心から心配気に声をかける。
「うん。そうだね……。そうしとく」
私は小さく頷きまた空を見上げる。暗くなってしまったし、お母さんが心配しているだろうか。
「そういえば君の家ってどこなの?もう少し痛みに慣れてきたら僕がおんぶして送ってあげるよ」
「
「北泉!? ここ
どうやらだいぶ流されて下流の方まで来たらしい。
歩いて帰るには問題ないが、おんぶしながら帰るのは厳しいだろう。
たぶん彼もそのことは承知しているはず。それでも彼は、
「痛みが軽くなったら教えてね。送っていってあげる」
「…………」
驚きと戸惑いで声が出なかった。
彼はいったい何者なんだろう。その優しさはどこから出てくるんだろう。
そしてその素敵な笑顔はどうしてそうも自然に出てくるのだろう。
「どうして……私にそんなに親切にしてくれるの?」
「??」
「今まで話したことも会ったこともないのに」
「? そんなの関係ないと思うけど…?」
「関係ない……?」
「うん。まぁ、強いて言うなら
君がそこにいるから
かな」
「どういう…こと…?」
「簡単だよ。困っている人が目の前にいるから全力で自分のできることを探して、全力で助ける。助けることに理由はないし、助けたことでいいことが返ってくるなんて考えていないよ。だけど、僕が頑張ることで目の前の人が幸せになるって、なんか素敵だと思わない?」
「…………」
「僕ね。自慢じゃないけど結構運が悪いんだ。そのせいでいろいろな人に迷惑かけてるし、自分自身が困ることなんていっぱいある。だからこそ、人に助けられた時の嬉しさをほかの人よりよく知っているつもり。その嬉しさを少しでも多くの人に体験してもらいたいなと思っただけ」
この人すごい……。
少なくとも私よりは大人だ。
思い返してみれば私は自分のことでいっぱいいっぱいで、ほかの人の事なんて考えてもいなかった。
それどころか、自分の考えばかりを人に押し付けて、他人の考えを受け入れようとしなかった。
この人みたいになりたい。
この人みたいに他人に喜ばれるような人間になりたい。
私は彼に全部打ち明けてみることにした。
自分が避けられていること。自分の考えが他の人に受け入れられないこと。
そして、その状況から自分で逃げてしまっていること。
彼は私が一方的に話しかけてきたことを最初は少し戸惑っていたが、神妙そうな顔で私の話を最後まで聞いてくれた。
「ねぇ、私はどうすればいいと思う……?」
彼はしばらく腕を組みながら、うーんと唸る。
私の相談を真剣に考えてくれている。その事実だけで私は嬉しかった。
そして彼は言葉を絞り出すように、一句一句慎重に選びながらこう言った。
「これは…あくまで僕の意見だけど……
君は君らしく生きればいいんじゃないのかな。
君の正しいと思っていることを大事にして、たとえ理解されないとも逃げずに自分の考えを持ち続けるんだ。そうすればいつかきっと、それを理解してくれる人が出てくる。そう信じるんだ。」
「理解してくれる人が出てこなかったら…?」
「いるさ、必ず。だってそれは、君が心から正しいと思うことなんでしょ?」
正直言うと、私はこの考えに納得できなかった。
だけど、彼のことを信じてみようと思った。ヒーローのような彼を見ていると、何もしないで今のまま過ごすより何かした方がいいことが起こるかもしれないと思ったのだ。
「そろそろ立てる?」
「あ……うん…」
彼と話しているうちに、いつの間にか痛みは軽くなっていた。
まだ全身が痛むけど、立つことはできる。なんだか心と体が軽くなったみたいに感じた。
私は彼の首に手をまわし負ぶってもらう。
あたりはすっかり暗くなり、夜空には無数の星が広がっていた。
たまに夜風が吹く。
「寒くない?」
彼はせっせと北泉に向けて足を動かしながら、私を気遣ってくれる。
「大丈夫。寒くないよ」
事実、彼の背中はとても暖かかったのだ。
「そういえば、あなたの名前は?」
あと少しで北泉につくところで私は思い切って聞いてみることにした。
ヒーローに名前を尋ねるのはNGのような気がして、今まで切り出せなかったのだ。
「僕? 僕は浅野智樹! 来年から小学生なんだよ!」
「智樹かー。いい名前…。というか年下だったんだ……」
「ん? 何か言った?」
「べ、別に。何でもない」
この時、彼女の頬が少し火照っていたのは智樹も小百合自身も知らなかった。
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