Short Scrap

片山径路

美しくまわるブルー

 スロープをまっすぐに進んでいくと、青色はより深くなった。まるで本物の海の中へ潜っていくようだと、そう思った。

 目の前の水槽は天井まで見上げるほどで、ガラス面の向こう側には僕らが想像するままの海があった。いくつもの種類の魚と、目を見張るほど大きい3匹のジンベイザメが、その中をゆっくりと泳いでいた。それはまるで浮いているように、静かに、丁寧に、連なって水槽の海の中をくるくると回っていた。

「すごく大きいのね。こんなに大きな体でも、とてもキレイに泳ぐんだね」

 三島なつみは目を輝かせて、そう呟いた。肩にかかる髪を左の指先でそっと耳に掛けた。いつだって彼女の仕草はとても自然で、美しくて、やはり僕はそれ以上なにもいらないと、そう思ってしまうんだ。



 単なる高校の同級生、僕らの関係はそこからはじまった。当時の彼女が、僕のことをどう思っていたのかはわからない。高校の3年間、僕らは特別に仲がいいわけでもなかったし、共通の友人を持っているわけでもなかった。廊下ですれ違えばあいさつをしたけれど、足を止めて話し込むなんてありえなかった。だからきっと、彼女は知らなかったのだと思う。一目見たときからずっと、僕があこがれを抱いていたなんてこと。


 同じ大学へ進学して、僕らは初めて2人きりで話をした。

 5月の暖かい午後、退屈な一般教養の講義が終わった大講義室の中だった。他の学生はみんな、別の部屋へ移動したり帰ったりしていて、僕と彼女だけがそこに残っていた。なにか用事があったわけではない。ただなんとなくだった。

 そして、ただなんとなく、お互いがお互いのほうへ顔を向けて、目が合った。

 その日から僕らはよく話すようになり、キャンパス内を一緒に過ごすようになり、プライベートでも会うようになった。まるではじめからそうであったように、とても自然にそうなった。



「ずっと水槽の中を回っているんだね。3匹で並んで、同じところをずっとずっと。でも不思議と悲観的に思えない。なんでだろう、まるではじめからそうだったみたいに、自然に、とてもキレイに見える」

 三島なつみはそう言って、こちらへ顔を向けた。僕は返す言葉を見つけられず黙ったまま、ガラスの向こう側を回るジンベイザメを見ていた。

 それはまるで僕らのように、くるくると同じところを回っていた。なんの違和感もなく、とても自然に。これ以上を求める必要なんてないように。

 どうしてだろう。

 一緒にいることが、自然であればあるほど、僕らの距離は縮まらなくなる。

 一緒に過ごせば過ごすほど、それ以上を求めなくなる。

 そんなはずではなかったのに、ずっとあこがれていたのに。

「くるくると回るジンベイザメが、美しいように」

 誰にも聞こえないように呟いて、僕は目の前の海から顔を背けた。

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