司者と少女さん

海ノ10

おはよう!




黒いローブを着た少年が、箒で教会の前を掃いている。

晴れの空に涼しい風、気が抜けば寝てしまいそうなほど心地の良い天気で、今日は朝から気分がよかった。


「おはようございます!ししゃさま!」

「はい、おはようございます。」


この教会の司者(注:その教会の責任者。基本的にその教会で最も役職が高い者が務める)である少年は母親と手を繋いで散歩をする少女の挨拶にそう返すと、箒で掃くのを再開する。

風が吹くたびに視界に入る前髪を鬱陶しく思った少年は、どうにかしようと右手で払うがすぐ元の位置に戻ってしまう。


暫く少年は髪と格闘していたが、少年は払っても払っても邪魔してくる前髪をどうにかすることを諦めたのか、溜息を吐いた後に箒を片付け、代わりにジョウロを取り出してそこに水をくみ、花壇に水をやる。

そうしていると、学校に通うために歩いている子供たちたちがその前を通った。


「おはようございます、みなさん。」

「おはよー。」

「おはようございます。」

「おっはよー。」


子供たちは少年に挨拶をすると、元気に話したり駆けたりしながら学校へと歩いていく。

少年はそれを見送ったあと、花壇の水やりを再開した。

別にジョウロを使わずに魔法を使ってもいいのだが、何となく少年はそうすることに抵抗を感じていたため、こうして手間をかけて水をやる。


そこそこ大きな花壇だが、慣れている彼はすぐに水やりを終えた。

彼は風のせいでついてしまった砂埃を数度払ってから教会の中へ入る。

ドアを開けた瞬間、春の風が誰もいない教会内を通り、淀んだ空気が流れていく。

少年は右奥のドアを開けると、そこにある居住スペースに入り朝食の準備をする。


毎日作っている慣れからか、彼は魔法も同時に使ってすごい速さで朝食を作り上げた。


「よし、そろそろ起こすか。」


朝食の準備を終えた少年はそう呟くと、階段を使って二階へ上がる。

二階の廊下へ出ると、そこには左右に三つずつドアがあり、そのうちの二つには札がかかっていた。

少年はドアのうち、フィランと書かれている札のかかっている方を数度ノックする。


しかし、何の反応もない。


少年は諦めたのか、溜息を一つ吐くとドアノブを回して中に入る。

部屋の中は綺麗に整理されているものの、殆ど何もないと言える部屋だった。


「フィランさん、朝ですよ。起きてください。」


少年はそう言うと布団にもぐって寝ている人物にそう呼びかける。

しかし、布団が数度もぞもぞと動いただけで起きる気配はない。


「フィランさん!朝ですよー!」


少年は再度大きな声でそう呼びかけるが、やはり反応はない。

声で起こすことを諦めた少年は、魔法で小さな氷を作り出して右手に持つ。

左手で布団を無理やり剥がすと、丸まって寝ていた少女の首元に氷を当てた。


「ひゃあ!」


フィランと呼ばれた少女は変な声を出しながら文字通り飛び起きる。


「起きましたね?朝食はできてます。」

「ちょっと!酷いよ!せめて体を揺らしてから氷を使ってよ!

 いきなり布団を取って氷を当ててくる人がどこにいるの!」

「ここに居ます。」

「そういうことを言っているんじゃない!」


そんな風に騒ぐフィランに、少年は迷惑そうな顔をしながら部屋の窓を開ける。

その表情の変化を見逃さなかった少女はむっとした表情になると、抗議をした。


「なに迷惑そうな顔をしてるの!」

「迷惑そうな顔もなにもないですよ。朝から騒がれる方の身にもなってください。

 大体、誰が毎日起こしていると思ってるんですか?」

「うぐっ!」


痛いところをつかれたフィランは変な声を漏らすと目を背ける。

少年はその様子を見て溜息を吐いた。


「とにかく、ご飯出来てますからすぐ降りてきてください。」

「ちょっと待って!」


部屋を出ようとする少年を少女が慌てて呼び止めると、少年は足を止めて振り返る。


「なんですか?」

「そういえば、おはようって言ってなかったなぁって思って。メンシュ、おはよう!」

「はい。おはようございます、フィランさん。早く着替えてくださいね。」


元気な少女の挨拶に対し、少年は少し笑みを浮かべてそう返すと部屋のドアを閉めて一階に降りて行ってしまう。

その様子を見送った少女は、再び布団に横になると枕を抱きしめて足をばたつかせる。


「ん~!今日もかっこいいなぁ!

 あの笑顔はずるい!」


真っ赤になった顔を隠すかのように枕に顔を埋める少女は、枕に向かってそう叫ぶ。



こうして、恋する少女フィラン・タルヴィと少年メンシュ・フェアゲッセンの一日は始まる。





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