僕は、ついていない

三上 真一

第1話 やっぱり、ついてる

「なんか良いことないかな・・ずっとついてないし・・」


幸司は、そんなことをつぶやきながら、街を一人歩いていく。彼は最近、たて続けに運に見放されて、悪いことが続いているのだ。トイレでトイレットペーパーがなくて、尻が拭けなかったり、テストで赤点をとってそれを親に見つかったり、美奈ちゃんに告白してもフラれたり。全然いいことがないのだ。


「神様はどうして、僕をこんな目に遭わせるのだろうか?何にも悪い事してないのに」


幸司は、自分の運命を呪った。努力してもいいことないのは、きっと僕はそんな星の下に生まれたのだ。


幸司は、そんな風に思い始めていた。


今日も今日とて、何もせず、ブラブラと愚痴をこぼしながら、彼女もいないし、やることもなく、ただ、街を歩いている。何をするでもない。どこかに幸運が落ちていないか探している。でも、そんなものはどこにもないのだ。


「なにをやってるのかな・・俺は・・・勉強もせずに・・・部活もせずに・・」


友達は、今頃何をしているのかな。俺と違って、良い思いをしているのかな。どうせ俺なんか・・・


「帰ろう。時間の無駄だ」


幸司は、足を反転させると、家への帰路に照準を合わせて、身体を方向転換させた。


そのとき、である。


「げっ!?」


こんなところに、こんな感触。足で踏んだ瞬間にわかる。この臭いと、茶色の柔らかで暖かい弾力。靴にべっとり付いて離れない。


それ。つまり


「ウンチ!?」


幸司は叫んだ。史上最悪の日だ。もう、死にたいくらい。犬のうんこらしき物体が、僕の靴の底から離れない。


「げっ・・・やばっ・・・まじでか・・・」


はやく拭くものを探して辺りを見回すと、みんながこっちを奇異の目で見ている。


「えっ・・・いや・・・だから・・・」


言い訳をする余裕もない幸司を笑うでもなく、何をいうでもなく、僕の中の一点を見ている。


そうだ。ウンチのついた靴だ。


「ギャッハッハッ」


すぐに奇異の目は、嘲笑に変わった。みんな漫画のような僕の展開に、笑い始めた。


「・・・・・・・」


体中の血液が顔の半分にせり上がって、顔を真っ赤に変色させた僕は、ウンチのついた靴のを履いたまま、その場から逃げだそうと大地を蹴った。もう、僕の神経が耐えられなかったから。


「待って!」


走りだそうとする僕の体を呼び止める、一つの手があった。僕はそこに、一つの希望を見た。こんな目に遭っている僕に、神が、天使の助けを与えてくれたのだ。きっとこんな辱めをうけている僕のために、優しい美女が、僕を助けに来てくれたに違いない。


うきうきしながら、僕は、僕を呼び止めた方に体を向ける


「・・・・・・・・・」


振り向いた先にいたのは、可愛い女の子・・・・ではなく、むかしむかし、女であったかもしれない老婆であった。


「・・・かわいそうに・・・これ・・・使って・・・」

「・・・えっ・・・・」


老婆は、白のハンカチを僕に差し出した。


「いや・・・でも・・・・」

「・・・いいから・・・あなたのこと・・・見てられなくてね・・・」


老婆の優しさが、僕の体をつつみ込もうとした。でも、そのときの僕は、そんな優しさを受け止める度量がなかった。


「いいです・・・一人で何とか出来ますから・・・」


冷たい表情を返す僕。悲しそうな目をする老婆。


「いいのかい・・・ごめんね・・・娘のハンカチ・・・気に入らなかったかい・・・?」

「そういうんじゃないです・・・じゃあ・・・」


ありがとうもいわず、その場を去る幸司を、老婆は悲しそうな表情で眺めていた。


「・・・おばあちゃん・・・どうしたの・・・?」


老婆の背中に、声がかぶさった。若くて美しい女性が、老婆の肩にそっと手をおいたのだ。


「・・・いやね・・・あの男の子がね・・・見てられなくてね・・・」

「・・・・あっ・・・私のハンカチ・・・」


その美しい女性は、老婆の手に握られているハンカチを、見つけた。


「あなたのレースのハンカチ・・・使ってもらおうと思って。いいかい?」

「いいわよ。今からあの人に言ってこようか?」

「いいよ。それよりも、お屋敷に帰ろうか。メイドたちも心配しているし」

「そうね。お父様も心配しているわ。こんな場所にわざわざ、歩いて行かなくてもって」

「ああ・・ベンツかい?あれは疲れるねぇ。あんなのに乗るより、歩いた方が健康にはいいよ」

「でも歩くのは疲れるでしょ?行こうね」

「はいはい。わかったよ」


二人は結局、幸司に話しかけることはなく、彼の背中を静かに見送っていた。


「ついてない・・ついてない・・・」


靴の底についたウンチを公園の水道で洗い流そうとした幸司は、立ち寄った公園の水道の蛇口が、工事中のために出ないことにがっかりして、そうつぶやいた。とりあえず地面に靴の底をこすりつづけ、何とか目立たなくして、彼は歩き続けた。


「家に帰ろう。今日は本当についていない」


不幸続きの幸司は、ふと、おなかが異様に空いていることに気がつき、どこかで、飯でも食べてから帰ろうと、辺りを見回した。


「あっ、ラッキー!あった!」


ラーメン屋の赤いのれんが見える。よし、小腹もすいたし、あそこで食べようと、彼は赤いのれんをくぐって、閉まっていた店のドアのノブに手をかけた。


「・・・・・・・・・まてよ・・・」


財布の中身を確認する幸司。財布の中には、あいにく百円玉が三枚しか入っていない。


「あちゃ・・・これじゃあ食べられない。コンビニでおにぎりでも買うか。」


手をかけようとしたドアノブから手を離し、体を反転させて、目の前のラーメン屋に入らず、走ってコンビニを探し始める幸司。彼は、もの凄くおなかが空いていたので、百メートル先にあるコンビニまで、ダッシュで向かっていった。


あとに残ったラーメン屋に、幸司の代わりに新しいお客さんが赤いのれんをくぐって中に入っていった。


「おめでとうございます!あなたは、一万人目の記念すべきこの店のお客様です!今日は特別に、ラーメンをすべて無料で提供し、それに加えて、一万円を特別にプレゼントさせていただきます。なんてついている人なんでしょう!おめでとう!」


幸司がいなくなった世界で、人々の歓声が、響きわたっていった。


「おにぎりおいしかったぁ。でも今月お金ないや・・どうすんべ・・」


コンビニで買ったばかりのおにぎりを口にほおばり、のこり二百円しかない財布を見て、ため息をつく幸司。


「もう現実を忘れて、家で寝よう。そうしよう」


財布をポケットにしまって、家への道をひとり歩いていく幸司。ふいにチャリーンという金属音が、自分の耳に響いた。


「ん?」


どこかで聞いたことのある、見覚えのある金属音に、イヤな予感を覚えた幸司は、目線を下に落とす


「あっ!?百円玉が!」


地面には、さっきまで見覚えのある百円玉が二枚、垂直に転がって行くのが見えた。


「俺の百円玉!俺の全財産!」


今日は本当についていない。最後の最後で、なんでこんな目に会わなきゃいけないのか。自分自身の不幸を呪いながら、それでも、百円玉を追いかける幸司。目の前に人がいようが、何がいようが、お構いなしに、たかだが二百円のために、全力疾走をする幸司。


「まちやがれ!」


気がつくと百円玉を追いかけて、赤だった信号を突き破って、幸司は、入っては行けない場所へ、入っていく自分に、結局、最後まで気がつかなかった。


「えっ!?」


左の視界に、何か光のような者が見えた、気がした。瞬間、幸司の意識は、一瞬でなくなっていった。


「きゃあああああああ!」


遠くで、女の叫び声が聞こえる。痛みはない。だが、何もわからない。遠くからサイレンの音がゆっくりと迫ってくる。車のエンジン音が聞こえる。


『そうか・・・・僕は・・・信号を無視して・・車に・・・ひかれて・・・そして・・・』


そこで、幸司の意識は、消えていった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


目を開けるのは、ひさしぶりだった。白い薄汚い知らない天井が、僕の目の前の視界にあった。体中が動かない。でも、意識だけはあった。


「・・・・・どうしたの・・・・ぼくは・・・?」


口を動かして、俺は尋ねた。


「幸司・・・大丈夫か!?」

「私、看護師さんに連絡してくる!」


僕の左右には、見た顔が二人、涙を流しながら立っていた。父さんと母さんだ。


「ああ・・・僕は・・・事故にあって動けずに病室で寝ているのかぁ・・・本当・・・ついてないなぁ・・・」


たった二百円を追いかけて、交通事故にあう己を、ついていないと嘆く幸司に


「・・・いいや・・・お前はついてるよ・・・あの交通事故で生きているなんて奇跡だって・・・医者が言ってたぞ・・・」


父が、僕の手を握りしめて、涙を流しながら、言ってくれた。


「・・・・ああ・・・そうか・・・僕はついてるのか・・・そうだなぁ・・僕はあの日・・・運が『ついたんだ』・・・忘れてたぁ・・・」


幸司は目の照準をゆっくり下に動かした。僕の服装はそのまま、ウンチがついた靴をやっぱり履いている。


『僕は、ついてるのだ』


運(ウンチ)が。


ガチャ。


僕の病室を誰かが開ける音がする。そこには、申し訳なさそうにうつむく、あの日の老婆と、見たこともない美しい女性が、入ってきた。


「・・・もうしわけありませんでした。私たちのせいで・・・こんなことになってしまいまして・・・・」


老婆が頭を下げる。それにつられて一緒にいた美しい女性も頭を下げた。


「幸司さん。これから、娘とともに、あなたのためになんでもいたします。もちろん治療費も全額こちらで負担させていただきます」


老婆の口から出た予想外の出来事に、幸司は慌てた。


「そ・・そんな・・・」

「いえ・・・娘が私と話しに夢中になって、よそ見運転をしていたのが悪いんです。昼間の時間、わたしは来られませんが、娘があなたのお世話をさせていただきます。それでよろしいでしょうか?」


「・・・幸司さん・・・大学が終わったら・・すぐにここに駆けつけます・・私に何でも言ってくださいね・・あなたのケガが治るまで、なんでもしますから・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・やっぱり・・・俺は・・・ついてる・・・・・・」


おわり

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