Episode11 残夢
「ただいま、テイラー」
対するレイは、困惑を混ぜ込んだような笑みを浮かべていた。
白皙の美貌、というよりかは、顔面蒼白と評するのが正しいような肌の色。もさっとしたスタイルの赤毛と、身にまとうグレーのスウェットが、彼女がどんな人間かを臭わせる。おそらく、アクティブなタイプでないのは明らかだ。
「あなたがテイラー」
「キミがクラリッサ・ローレル。ふうん」
テイラーの視線が、値踏みするかのように上から下までを舐めまわす。見られることに慣れていないわけではないが、催す不快感に変わりはない。
「お客様は歓迎しろと親に教わったが、キミに関しちゃ例外だ。ま、家に上げる分には構わないがね」
不満げに目を細めるテイラー。ぷいっとそっぽを向き、家の中へ引っ込んでしまった。
「ごめんリサ。完璧な説得はできなかった」
「ううん、いいの。家に入れてもらえるだけでもほぼ歓迎みたいなもんでしょ」
「あたしとしては、ちゃんとおもてなししたいとこなんだけどね」
レイに続いて家に上がる。清潔を重んじる家らしく、靴は脱ぐことが義務付けられているようだ。レイは靴箱の上に懐のハンドガンを、玄関横に銃入りスポーツバッグを置いた。
「そこでいいの?」
「ああ、銃は基本使いまわさないから、クセで」
なんのクセなのかと問うと、ゴミにするのだという。殺し屋としての証拠をこの世に残さないため、仕事道具は基本的に処理するらしい。だが、今日のバッグにはレイの愛用銃が入っている。レイはため息交じりにバッグを拾い上げる。
仕事終わりのクセが出るということは、疲れている証拠だ。労ってあげる必要があるだろう。
木製フローリングの廊下を進むと、先の方に広々としたリビングが見えた。テイラーはスタスタとそちらに向かうので、思わずついて行きそうになる。
レイが「こっち」と言うので、廊下を途中で曲がった。辿り着いたのは、寝室群であった。右に大きめ――おそらく夫婦用――の部屋。左側は二部屋あり、本来子供部屋として使うものだろう。
「奥の子供部屋は物置。手前があたしの私室だから、リサはそこ使って」
「レイはどこで眠るの? ソファとか言わないでよ」
「……ダブルベットなの」
そう言って、夫婦用の寝室を指さす。眉がハの字を描いていた。
ダブルベットということは、二人で眠ることができるベッド。この家で夜を明かすのは三人。わたしは蚊帳の外。すなわち。
「わたし物置で寝るから、レイは自分のとこで寝なよ」
「物置は危険物ばっかり。それに、リサを想ってこうしてるんだよ」
途中から、レイは顔を寄せて耳元にしゃべりかけてきた。少しだけこそばゆい。
「テイラーはリサになにをしでかすかわからない。あたしがすぐそばで見張っとくの」
「……もっともな理由すぎて反論できない」
「反論しないでほしいけど。さあ入った入った。逃亡生活ん中で、ベッドで眠れる機会は貴重だよ」
肩を押されて、不服ながらレイの部屋へ。遮光カーテンがしかと陽光を遮っていて、廊下のわずかな光だけが部屋を照らしている。思っていたより狭い部屋には、ベッドと衣装ダンス、キャビネットがあるくらいだった。床にはダンベルやアブローラーなどのトレーニング器具が、使った後そのままといった具合に転がっている。
ささやかな生活感はあるものの、レイの部屋という感じはしない。そもそも、なにをもってレイの部屋っぽいとするのか。強いていうなら、キャビネットの上にあるフォトスタンドだけが部屋を誰かのものたらしめている。
部屋の電気をつけて、フォトスタンドを見る。木製のかわいらしいスタンドには、テイラーとレイのツーショットが収まっていた。無邪気に笑っているらしきテイラーと、穏やかな笑みを浮かべるレイ。
「……これを見せたかったの?」
「そ、そんなんじゃない! あたしの部屋だし仕方ないでしょ!」
慌てて入って来たレイが、フォトスタンドを乱暴に寝かせた。そして、再度顔を寄せてくる。
「おおっぴらに色々置いとけるわけないっしょ。テイラーはあたしの……」
「あたしの、なに?」
なにやら焦っている様子。口ごもったまま顔に手を当て、がくんと俯いた。動作だけ見てると面白いが、話す内容はそれほど愉快ではない。
「……恋人なんだ」
「知ってた」
「だよね」
「正直でよろしい。どうせそんなことだろうと思ってたよ」
女同士でのシェアハウスなど、珍しい話ではない。テイラーの家はでかすぎるのでその例には当てはまらないが。それ抜きにしてもレイの態度は、ただの同居してるジョブパートナーとは思えなかった。
「リサ、でも」
ここで、レイの口にひとさし指を当て、言葉を遮った。彼女は明らかに焦っている。これ以上あれこれ口走るのは、なんだか危険な気がした。
「わかってる。わかってるから。わたしは、レイを信じてるよ」
「リサ……。これが最善なんだ、あたしにとっては。リサにとってはどうかわからないけど、たぶん、そうだと思うから」
車の中では落ち着いていたレイ。しかし、ここに来てからは態度にかなり違いがある。少なくとも、わたしには焦りがお見通した。鉄火場には慣れたようだが、人間関係に疎いのは変わりないらしい。
「レイにとっての最善が、わたしの最善だよ。だから大丈夫。それにわたし、そんな嫉妬深くないから」
「じゃあさっきの車の中でのやりとりはなに?」
「途端に揚げ足取りに来るのやめて」
お互い、顔を見合わせて笑いあった。二人きりのときにもついてまわった緊迫感が、少しづつほぐれていく。ここ十数時間の中で、一番の平和を感じられた瞬間だった。
「あたしはテイラーと話してくるから、てきとうにくつろいでて」
「あ、じゃあシャワー浴びていい?」
「いいよ。着替えはあたしの着ていいから。タオルもバスルームの中ね。これまでの分、ゆっくり休もう」
それだけ伝えてから軽く手を振って、レイはリビングの方へ向かった。わたしも手を振って応じる。くすんだブロンドが、いつも以上に色あせて見えた。
目元なんかを見ると顕著だが、レイはかなり疲弊している。わたしよりも、休ませてあげるべきは彼女の方だ。アクション映画顔負けの立ち回り、わたしを拾うべく行ったりきたり、果てには女二人に板挟み。最後のはレイの自業自得か。
ともかく、安住の地――本当にそうかは疑わしくもあるが――があるのは良いことだ。ここに永久に住まうことが不可能なのは自明の理。いずれ来るであろう戦いの時のため、出来うる限り英気を養うとしよう。
許可をもらったので、意外と広いバスルームでシャワーを浴びる。たくさん汗をかいたうえ、何年か分の硝煙の臭いに曝されてきたのだ。ここでしっかり洗い流して、少しでも清潔にしておきたい。
体を滴り落ちる熱い湯。反響する水音。わたし以外誰もいない空間。やっと、いつも通りが戻って来た感覚。一つ違いがあるとすれば、バスルームの大きさくらい。
『最後までついていく』
レイの言葉が、脳裏をよぎる。最後とは、どこなのだろう。彼女はあの後、清算という言葉を使った。ここで清算する予定の過去とはなんなのか。
それがテイラーとの関係であれと、願うばかりだった。
身体と髪をふいて、レイの衣装棚から引っ張り出してきた部屋着に着替える。グレーのスウェット上下という、なんの飾り気もない実用性オンリーの布切れだった。ストイックに生きてる彼女らしく、棚にはトレンドに合わせた衣服など皆無であった。
着替え終えたところで、あくびが出てしまう。ソフィアのところでも眠ったけれど、ぐっすり眠れたわけではない。ましてや、ここにはふかふかのベッドがある。睡眠欲求が顔を出してしまうのも、致し方ない。
身を投げるみたいにベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめる。ふんわりと、知っている香りがした。ここはレイの私室。これがなんの香りかは、言わずとも知れていよう。
妙な安心感の中で、ゆっくりと、眠りについた。
目覚めた時には、外が暗くなっていた。
立ち上がって伸びをする。床に降り立つとき、足がアブローラーに当たってしまった。ころころと転がっていくそれは、ところどころに擦れや傷を有している。
夜寝て朝に起きる生活をちゃんと心掛けているので、今の睡眠は昼寝にあたる。しかし、良質な睡眠をとることが出来た実感が、身体の具合からも感じられた。
時計を見ると午後の八時。昼寝と言うには少し寝過ぎたかも。とはいえ、まだみんな起きている時間帯だろう。
レイの部屋を出て、リビングらしき方向へ。
「おはよー」
しかし、返事はない。そこには、誰もいなかった。
広いリビングだ。おそらく、テイラーの私室も兼ねているのだろう。右端のパソコンデスクに、大きめのデスクトップパソコンが設置されている。デュアルディスプレイな辺り、テイラーはパソコンの扱いに長けている様子。その周囲には、通信機器や携帯端末も無造作に置かれていた。
家具などはシンプルなデザインのものが置かれていて、二人がさほど着飾ったりしないタイプであるのが伺える。テーブルやイスなんかは、たぶんIKEAとかで揃いそうなやつだ。
ダイニングに足を向けると、使ったばかりの皿がいくつか放置されている。ご飯は済ませてしまったらしい。
そういえば、ソフィアのところを出て以降なにも食べていない。お腹が主張するべく、ぐぅと間の抜けた音を鳴らした。
誰もいなくとも、漂っている生活感。わたしの知らないライリー・マクスウェルが、数年のとき――わたしと過ごした以上の長い時間を、ここで過ごしていた。
レイはついてくると言ってくれたが、それを真意と取っていいものか。人の想いは不変でなく、移ろいゆくもの。そして、時間と交流は容易に人を変えうる。テイラーの存在は、レイをどう変えたか。変えるに至らなかったと思いたいが――
一人でいると、変な想像が膨らむ。よそ様のお家の匂いを嗅いでいるからだろうか。かぶりを振って、猛室を振り払わんとする。
「……というか、二人はどこ?」
独り言に返答する人は、やはりいない。玄関を見やると、靴はそのまま置かれていた。おそらく、二人はどこにも出ていない。
ダイニングに置かれていた食パンをそのままかじりつつ、家の中を歩いて回る。よくよく見ると、夫婦用の寝室ドアが閉じられていた。もしや、もう寝ているのか。ドアを開けてみる。
「あっ」レイの視線。
「……」テイラーの視線。
「へ?」なにが起きているのだろう。
広がる光景を目にした瞬間、くわえていた食パンが、床に落ちた。
夫婦用のダブルベット。裸の女二人が、抱き合っていた。
引き締まった体躯と、至るところについた傷。昔抱いた女のそれとは別人の如く違っていた。しかし、それがレイの身体であることは容易にわかる。わたし以外の女に覆いかぶさっているのが、信じられないくらいだった。
ばつが悪そうに顔を逸らしているのは、痩身のテイラー。顔と同じく真っ白な肌はやはり不健康を疑いたくなる。激しく抱いてしまえば壊れてしまいそうな、脆い印象を受ける身体であった。かといって、レイに抱かれていい理由にはならないのだが。
「なに、これ」
「や、違うんだリサ。違くないんだけど」
「やあお客人、混ざるかい? 三人でするのも楽しそうだ」
すぐに寝室を離れ、レイの私室に直行。叩き付けるみたいにドアを閉じ、鍵もついてたので閉めた。そして、ドアを背にして、へたりこむ。見たくもないセックスの映像が、目に焼き付いて離れない。なにもかもぐちゃぐちゃで、心臓の鼓動が早まりだす。運動なんてこれっぽっちもしていないのに、苦しい。
追って、ドタドタと足音が聞こえる。部屋の前で止まる。すると、ドアが叩かれ始めた。
「リサ! ごめんって!」
「ごめんって、なにが? なんで謝る必要があるの。レイの恋人なんでしょ。セックスするのは当たり前じゃない」
「そ、そうだけど! そうじゃなくて! ここを開けてよリサ!」
扉一枚隔てた先に、全裸のレイがいる。そうとわかっても、ここを開ける気にはなれなかった。
「わたしはそれを目撃しちゃっただけ。ただ、それだけなんだよ」
「リサ……あたしは、リサのこと」
「やめてよ! そっとしておいてよ。わたしはただの居候なんだから。どうせすぐ、あなたたちの前からいなくなるんだから」
レイと離れたくない。そんなの、万象のどんなことより当たり前だ。なのに、口を突いて出るのは拒絶の言葉ばかり。
叩かれるドア。背中にその感触が直に伝わる――レイがわたしを想ってそこに立っているのが自然と伝わる。
だとしても、いつまででも眺めていたいと思った美しい顔も、今は受け入れがたい嫌悪の対象でしかない。
やがて、廊下から音は消えた。おそらく、レイはもうそこにいない。
「そうだよね……なに勘違いしてんだろ、わたし」
昨晩、レイはわたしを抱かなかった。抱かれることも許さなかった。でも、最後までついてきてくれるって言ったから。わたしといつまでも来てくれるって、思い込んでしまった。ここもただの通過点のはずだった。
なにもかも、勘違いだったんだ。
六年という歳月の重みが、実感として形をなす。やがて手の形を成したそれは、じわじわと絡みついて、首を絞めにかかるのだ。苦しい。涙と嗚咽が治まらない。
わたしを取り巻くすべてが敵だ。ローレル・ファミリーは全精力を以てしてわたしを追っているかもしれない。殺し屋たちも、金に目がくらんだヤツは狙ってくるだろう。信じられるのは、もはやレイだけ。
信じたい。なのに。
視界が開けた時、世界は既に明るさを取り戻していた。
いつのまにか、泣き疲れて眠りについていたらしい。寝心地は最悪だったらしく、身体には倦怠感がつきまとっている。汗もかいたようで、グレーのスウェットは要所が深い色に変貌を遂げていた。
おそるおそる部屋の扉を開ける。人の気配はない。まずはべたついた体をどうにかしたくて、シャワーを浴びた。その間、誰もバスルームに入って来ることはなかった。
レイの部屋には合うサイズのブラがないので、仕方なくキャミを着用。無地のカットソーに袖を通し、動きやすそうな伸縮素材のスラックスを履く。棚の中身はやはり洒落っ気がなく、本当にレイらしいチョイスだな、と思った。
「おはよう、お客人」
突然のアルトボイスがわたしを呼ぶ――思わず肩を震わせてしまう。
「そんなにビビらないでくれよ。これでもビジネスパートナーなんだから」
扉のそばに、テイラーが立っていた。もちろん裸ではなく、ちゃんと服を着ている。いつ見ても、不健康そうな顔だちだ。
「わたしとあなたが、いつ?」
「ルギッドゥ。覚えてるか?」
オスカーから紹介された、殺し屋仲介人の名前であった。メールで気さくなやりとりをした、あのルギッドゥがまさかこの女だというのか。
「あなたとレイ、グルだったってこと?」
「まさか。誠実に、その仕事に向いた殺し屋を送ってたよ。金には困ってないからね」
「その節はどうも、とでも言った方がいいかしら」
言うと、テイラーは残念そうにため息をつく。その目には、かすかにだが、わたしへの嫌悪が見え隠れしていた。
「目つきが怖いよ、お客人。まるで獣だ」
「ごめんなさいね。これがリアルでのわたしなの。ネット越しじゃ、どんな顔かもわからないものね」
「キミは有名人だ。ネット越しでも、顔くらいは知ってるさ。朝ごはんにするけど、キミは?」
「レイはどうしたの」
「寝てるよ。あの子、疲れるとたくさん眠るんだ。知らないのかい?」
普通の笑顔――だが、わたしへの嘲りが含まれた笑顔。直感でわかる。お前の知らないレイを知っているぞ、と言外に主張しているよう。
「ご相伴にあずかっても?」
「構わない。あたしは、キミを歓迎することにした」
手をひらひらさせながら、リビングの方へ去っていく。よくよく見れば、彼女はひどい猫背だった。猫背も長く続けば、人の体に大きな悪影響をもたらす。彼女の不健康の一端が垣間見得た。
わたしもリビングに向かうと、こんがり焼けたトーストの香りが食欲をくすぐる。用意されていたのは、トーストにミネストローネスープ。サラダはなかった。
「本当はレイのぶんだけど、どうせまだ起きてこない。食べちゃっていいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
テイラーの対面に座る。朝食の場だと言うのに、妙な緊張感が漂っていた。
場への嫌悪感より食欲の方が強いのでとにかく食べるが、こんなシチュエーションでは正直ご飯という気にはなれない。なぜ、好きな女のイマカノと食事せねばならないのか。運命というやつを呪いたくなる。
「レイのためには、ベーコンエッグを用意するんだけどね」
「運動するレイには、タンパク質が必要だものね。料理はできるの?」
「見ての通り。キミは?」
「……仕事が忙しくて」
「それなら仕方ない。あたしのお手製でよければ、気のすむまで食べてくれ」
料理の勉強をしなければならない。どうにか安定した生活を手にできたら、自炊を趣味に追加しよう。
「……美味しい」
「そりゃあどうも」
昨夜のキッチンにはなかったミネストローネ。いつの間に作ったのか知らないが、良い味だ。お店のそれとは違う。家庭の味とでも言うような味。
「サラダチキンは煮込んでも美味い。今じゃ必需品さ」
「ああ、これサラダチキンなのね」
ミネストローネに入った鶏むね肉。サラダチキンは生でしか食べたことがないので、この使い方はカルチャーショックだ。これならわたしでも作れる。
「なあクラリッサ・ローレル、レイがカサウェアリーになるところを見たことが?」
「カサ……なに? なにかの名前?」
冷笑を浮かべるテイラー。こちらを見下しているのが肌で感じ取れる態度。
「ヒクイドリ(Cassowary)。世界で最も狂暴とされる鳥の名前さ。あたしはさ、レイに……いや、殺し屋としてのあの子にふさわしい鳥の名前は、こっちだと思ってる」
わたしには、なにを話しているのかさっぱりだ、食事を口に運びつつ、二の句を待った。
「なにやらさっぱりって顔だ。あの子の瞳から光が消えて、殺し一辺倒になるシーンはなかったかい?」
言われて、はたと気付く。最初の襲撃で、わたしの部屋に男が入って来た時だ。二人の黒服を軽々といなし、銃を奪取。難なく殺害して見せた、あの夜。あのときの彼女は、まるで別人だった。
「あの子はさ、殺しをやるとき人が変わるんだ。アレはライリーでもなければ、シュライクでもない」
「ヒクイドリってどんな鳥なの?」
「熱帯雨林に住む大きな鳥で、飛べないのが特徴かな。いわゆる走鳥類ってやつだ。蹴り一発で人を殺せるヤバい鳥さ。たしか絶滅が危惧されてるって話もある」
朗々と語るテイラーは、なにも食べることなく喋り続ける。二口ほどかじられたトースト。食べないと冷めてしまうだろうに。
「蹴り一発……それが彼女の場合銃撃。人を確実に仕留める獰猛な獣」
あの状態のレイは、確かに恐ろしい存在感を発していた。今にして思えば、動けずにいたのは彼女の放つオーラに当てられたゆえとも思えてくる。
「……で、それがどうかしたの?」
テイラーの挙げた特徴を聞いたとて、レイとヒクイドリが結びつくことはなかった。それどころか、シュライクとすら結びついていないわたしがいる。そういえば、シュライクの由来をまだレイに聞いていなかったっけ。
「はあ? お前、それでもあいつの元カノかよ。皮肉なもんだ」
「ちょっと、それどういう意味?」
「教えてやるかよ。死ぬまで悶々としてやがれ」
そのためにわざわざ意味ありげな物言いをしたというのか。つくづく感に触る女だ。
しかし、彼女がわたしを歓迎するつもりがないのは明らかだった。おそらく、対人コミュニケーションに慣れていないのだろう。髪をいじってみたり、視線を逸らしてみたり。その上、食事にもあまり手をつけていない。
抱いた感情が態度に表れすぎだ。だのに、手料理は美味しいので馬鹿にできないのが如何ともしがたい。
「そういえば、昨夜は申し訳ないね。お見苦しいところをお見せした」
「……本当にお見苦しいところだと思ってる?」
「ははっ、お見通しかい。ああそうさ、思ってないよ。あたしたちはいつも通りのことをしてただけだ。そう、いつも通り。そこにキミが居合わせただけ」
「っ、あなた、悪趣味ね。わたしのこと好きじゃないどころか、嫌いなんでしょ? なんで料理出したりしてるの。楽しい?」
舌打ちしてしまったわたしの態度もかなり悪い。が、相手が相手なので構うことも必要ない。
「すべてのことに理由付けが必要かい?」
「理由を答えない理由にはなってないわね。こちとら色んな人間の顔色伺ってきてんだから、あなたみたいなののこと――」
眠い。いきなり睡魔がやってきた。それも、無警戒のところを殴られたみたいに。
「あ、もう効いてきた。よかった」
テイラーの声がやや遠のいて聞こえる。なにかがおかしい。一秒もなく、結論に辿り着いた。
ミネストローネになにか盛られた。お腹が空いていたのもあって、なにも考えず口をつけてしまった。ここまでの会話も時間稼ぎだ。バカな自分を呪いたいが、時すでに遅し。
「っ、ふざ、けんな!」
すぐにスープの器を手に取って投げつけたが、手で弾かれる。派手な音と共に落下した器は割れ、赤がフローリング上に広がった。
不安は的中だ。結局、こいつはロクでもない女だった。とはいえ、これは回避不可能な不安要素。もはや、どうにもならない。
「あなた、これが目的で」
睡魔は、油に引火するかのごとく、怒涛の勢いで押し寄せてくる。抵抗はおそらく無駄だった。そばにあったフォークでどこか刺して目を覚まそうと手を伸ばす。だが、テイラーが掴んで放り捨てた。
「もっと警戒するかと思ったけど。レイの女だから油断しちゃった?」
「っ……わたし寝てばっかじゃないの!」
「全部あんたが選んできたことだろ。いいから寝とけよ」
意識が遠のく。視界と共に思考がぼやける。なにもかもが恨めしい。
「殺したいか? そりゃこっちのセリフだ。てめえがいなきゃレイは……」
限界だった。テイラーのヒスを聞く気にもなれなかったので、流されるがままに、眠りに落ちた。
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