あからさまに感動させようとする、そんな場所

ちびまるフォイ

死ぬための努力は惜しまない

「死亡シミュレーターへようこそ!

 みなさん、死にたいですかーー?」


「お、おおーー」


「大きなお友達も、小さなお友達も

 今日はお好きな死亡体験をしていってくださいね!

 あ、でも、この施設内で自殺は辞めてくださいね汚れるので!」


やたらテンションの高いスタッフにその後の注意事項あれこれの説明を受けて施設に入る。


死亡シミュレーション施設。


宝塚入学試験よりも高倍率のチケットをなんとか入手し、

ついに入ることができた。


施設内ではさまざまにドラマチックな死亡体験ができる。

まずは一番近くにあた死亡体験『戦線の絆』をやってみることに。


* * *


「ダメだ!! もう弾がない!!」


目の前は銃弾が飛び交い、蒸し暑い塹壕の中にいた。

足元には敵か味方かわからない死体が転がっている。


体と口が勝手に動く。


「トム。お前……前に基地で彼女ができたって自慢してたよな」


「どうしたんだよ、突然。その話はいいだろ。

 また俺をぶっ叩く気か?」


「……大切にしろよ」


塹壕から飛び出すと迫りくる敵兵に向かって突進した。


「うおおおお!!!」


目の前が真っ暗になり、目を覚ますと戦友の足元だった。

俺の体は傷だらけでもうろくに動けない。


「悪ぃな……ホームパーティーに行くって約束……行けそうにねぇ……」


「お前っ……俺のために……!!」


「野郎の足元で死ぬなんて……最低の幕切れだぜ……へへ」


全身の力が抜け、最後に聞いたのは戦友の悲しみの咆哮だった。


* * *


『お疲れさまでした。シミュレーション終了です』


目を開けると施設に戻っていた。

あまりの臨場感と没入感でまだ体が戦場にいる気がする。


「この死に方もいいな!! うん! すごくいい!!」


ベタベタな死に方だが、誰かに最後看取られるのも悪くない。


きっとあんな風に死ねたら生き残ったやつらに墓とか作られて、

平和になった世の中になったら墓前で敬礼とかされるんだろう。胸熱。


「よし、今度はこれだ!!」


* * *


「余命、あと1週間です」


医者に告げられると、一緒に手をつないでいた恋人の手に力が込められた。


「……1週間も、あるんですね」


「タケル君……」


「僕の病気は治らない。だから残された時間を最後まで君と過ごしたい」


普通では恥ずかしくて言えないセリフも、シミュレーションの力ですらすら出てくる。


それから2人は残された1日1日を大事に、心残りが無いように過ごした。

最後の日の前日。


「汝、病める時も健やかなるときも妻を愛し抜くことを誓いますか」

「誓います」


誓いのキスをした恋人の顔は何よりも美しかった。


「キレイだよ、本当に」

「……うん」


そして、最後の日。ベッドに横たわる自分の手を恋人が握っていた。


「泣かないで……。最後の日は笑うって約束だったろ……」


「でも……でも……!」


「一緒に見た映画……楽しかったね。ホラー映画で僕の方が怖がってた」

「うん」


「あのたくさんの花が咲いてた公園もまた行きたいね……」

「うん」


「結婚式……恥ずかしかったけどやっぱり挙げてよかったよ……」

「うん」


「さようなら。ずっと愛しているよ」


最後に見たのは泣きながら笑顔の恋人だった。


* * *


『お疲れさまでした。シミュレーション終了です』


ふたたび施設に戻る。


「ふおおお、このケータイ小説みたいなのもいいなぁ!」


中学生女子が感動して俺が見たら失笑しそうな内容でも

当事者として体験するとなればここまで違うとは。


施設にはほかにも、

「世界のために悪役として散る死にざま」とか

「ギルドリーダーとして仲間に最後の命令」とか

1日で回りきれないほどの種類がある。その1つを手に取る。


「あ~~! 楽しかった!」


施設をすっかり満喫した後も、まだシミュレーター体験が体に残っていた。

どうせならここで体験したようにドラマチックな最後を迎えたい。


「よし、行動するなら今から始めるしかない!」


未来のカレンダーに死亡予定日を決めて、それに向けて行動する。

死ぬことはいつでもできる。

それまで精いっぱい生きることは意識しないとできない。


それからの毎日はダラダラと流れるだけの毎日ではなくなった。


「今日の出来事は死ぬ瞬間の走馬灯に絶対いれよう!!」


いろんな場所に行ったり、はじめての体験をしたり。

タイプの違う人とあったり、死ぬまでの伏線をはりまくった。


俺の死亡計画表は順調に進み、家族も増えたり、思い出も増えたりした。


完璧にスケジュール通り進行し、死亡予定日が迫ったある日。


「SANAから緊急ニュースをお伝えします。

 ただいま地球に巨大隕石が接近しています。

 このままでは地球にぶつかってすべて灰になってしまいます」


「……は!?」


運の悪すぎることに隕石衝突は俺の死亡予定日とまるかぶり。


「ふざけんな! なんのために保育園の校長になったり、

 国外のボランティアに精を出したと思ってるんだ!

 こんなビッグニュースのせいで、俺の死が陰っちゃうじゃないか!」


町はすでに死を覚悟した人達の暴走が始まっている。

こんな世紀末みたいな世界観じゃ俺の死亡計画は実行できない。


「いや……待てよ……?

 あの隕石をどうこうすることができたら、もしかして……!」


すぐに宇宙局に連絡した。


「はぁ!? 隕石に核弾頭をくっつけで自爆する!?」


俺の提案に理性的な科学者も目を丸くした。


「そりゃ核を打ち込めば軌道が変わるので、

 確実に地球を救うことができますが……あなた死にますよ」


「はい」


「家族と最後の瞬間を過ごしたいと思わないんですか?」


「思いますが、それ以上にドラマチックな死が欲しい。

 後世まで他人から感謝されるような死に方をしたいです」


「なんだこいつ……」


その後、結成された「隕石核弾頭チーム」の1人として宇宙船に乗り込んだ。

全員が行きだけの片道切符を持っている。


「パパ。どこいくの?」

「パパはね、大事なお仕事をしに行くのよ」

「いつ帰ってくるの? お仕事いつ終わるの?」

「……きっとすぐよ」


俺は家族を抱きしめた。

自然と涙腺がゆるんでいく。別れが悲しいからじゃない。


「ああ、これ以上ない、完璧な死に方だ……!」


家族に別れを告げると全世界からのテレビ中継で、

各国の首相がそれぞれ俺たちにお礼をしてくれた。


宇宙船が発射されるとぐんぐん隕石との距離が縮まる。


これまでの人生が狙い通り走馬灯で流れる。

いろんなことをしただけあってボリュームもばっちりだ。


「まったく、神様ってやつは、こんなおあつらえ向けの死に場所をくれるなんてな」


本当にこれまで生きていてよかった。

隕石に衝突する瞬間。


宇宙船のモニターに家族が映った。


『あなた、本当にありがとう』

『パパ、お仕事頑張ってね』


ぶわっと体全体に涙の波が押し寄せた。


「本当に……最高の人生だ……!!」


スイッチを押すと、目が眩むほどの閃光に包まれた。

光の中に家族の顔を浮かべながら――。










『お疲れさまでした。シミュレーション終了です』

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