僕は菫の魔法使い

七野青葉

プロローグ 母

「うん。大丈夫だよ。じゃ、そろそろ行ってくるから。……え? 分かってるって」

 時計は、6時23分を指していた。「母さん、そろそろほんとに行かなきゃ間に合わないから」部屋のカーテンを右手でしめながら言い切って、さっさと電話を切った。ぷつん、と人の気配が消えた。多分、母さんは何かまだ喋っていたと思う。机の上に広げられたノートやメモ帳をがさりと集め、ペン・インク類がぐちゃぐちゃに入った筆箱と一緒に、トートバッグにつっこむ。一瞬考えて、原稿用紙はかなり多めにもっていくことにした。

 いささか乱雑な気持ちでドアを開けると、思ったよりも明るい空と澄んだ空気が一気に僕を包んだ。クーラーのことも考えると上着が必要かもしれない。急いで部屋に戻り、引き出しの中からしわくちゃのパーカを引っぱり出した。

 もう一度時計を見ると、もう既に2分経っていた。途端、ゴミを出し忘れていたことに気づく。僕ははっきりと苛立ちながら、アパートの階段を降りた。

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