三日目「夏と思い出」

 次の日。昨晩はあのまま思考停止して、無理矢理眠りについた。結局、私がどうしたいのか。これからどうするのか。何も答えは出ないままだ。

 今日は本当に寝不足で、授業に集中出来る訳もない。

 ふわぁ、と欠伸が出た。

「眠そうだね」

向かい合わせに座る夏樹が声を掛けて来た。

 今私は昼休みに夏樹とお弁当を食べている。

「まあ……」

正直、授業中に居眠りをして午後は大分楽そうだった。そのまま言うのも気が引けて、曖昧に誤魔化す。

「午前中はね。今は大分目ぇ覚めた」

そっか、と笑いながら夏樹は言う。

「練習内容も決まったし、今日はもう良いかな」

そうだね、と私も頷く。

 放送部は夏休みに合宿として学校に二泊三日で泊まり込む。今日はその予定を立てていた。

「夏祭りの日程も合わせて考えたし、十分でしょ」

私が言うと夏樹は少し不安そうだ。

「今年は誰がやるかな。立候補してくれるかな」

私達の高校のグラウンドで行われる町内の夏祭りがある。その祭りのアナウンスは毎年うちの高校の放送部が担当させて貰っている。アナウンスの担当は立候補制で正直言って、いないと困る。

「部長に人望あるから大丈夫でしょ」

私は笑って言った。夏樹は部員から慕われているし、今年の後輩も実力派ぞろいだ。そもそも毎年の夏休み泊まり込み合宿も夏祭りのアナウンスの予行や練習も兼ねている。後輩たちがその二泊三日でいかに成長するか楽しみなくらいだ。

「部長って、葉月先輩のこと?」

「は?」

私は間抜けな声を出した。今の部長は夏樹で、私の目の前にいる部長様の話をしているに決まっているのに。どうして先輩の名前が出てくるのかわからなかったからだ。

 よく見れば、夏樹の瞳が不安に揺れている。

「あんたのことだよ」

私はその不安がよく分かった。だから断言した。目の前の親友を安心させるために。

「あはは、そっか。先輩先輩言ってる美優の口から聞くと私じゃない感じが――」

「夏樹に決まってるでしょ」

私はあえて夏樹の言葉を遮った。

 普段の夏樹なら言わなさそうな言葉で、その言葉には棘がある。最後まで言わせてしまったら、友人を傷付けたと夏樹自身が一番傷付いた顔をするに決まっているから。なんてったって夏樹は優しいのだ。

「美優……」

「私、葉月先輩が部長の時。部長部長って呼んでたよね。今は?」

――先輩のこと、何て呼んでる?

「先輩って」

「そ。だって、今の部長は夏樹だもん」

また、断言する。

「……うん」

「誰に聞いたって、同じだよ」

私は念を押した。夏樹は黙って頷いた。夏樹は部長というプレッシャーにたまに潰されそうになる。不安でマイナス思考になる。自信が無くなる。そんな親友を支えようと私は決めていた。

 去年の夏。夏祭りのアナウンスは私だった。美優の推薦で決まったのは嬉しかったが、不安だった。そんな時当時の部長の葉月先輩がただひたすら大丈夫だと言って、優しく諭してくれた。

 私よりも私を信じて、自信を持たせてくれた。夏祭りのアナウンスは上手くいった。私は先輩に感謝しても仕切れなくて、何かお返しがしたいと言ったら先輩はこう言ったのだ。

「俺、上からの恩は下に返すって決めてるんだ。お前も下に返してやれよ」

その時の私は先輩にお返しがしたいのに、と思ったけれどその考え方は夏樹を支えるうえで役立ってる。

 先輩にして貰ったこと全部、他の誰かにしてあげることでなんだか色々上手くいくんだ。

 今、夏樹に言った言葉も先輩に言われたことを真似たところがある。案の定先輩の言葉は上手くいって夏樹を安心させるのに役立ってる。

 ――懐かしい思い出だ。

「ありがと」

夏樹の小さな呟きは照れ臭くて聞こえないフリをする。

「楽しい話をしよう! 楽しい話っ」

急に夏樹が言い出した。

「突然だなあ」

私は苦笑しながら頷く。夏樹が不安を吹き飛ばそうとしているのがわかるから、私は話題に乗ってそっと背中を押すことしかできない。

「そういえば美優、夏休みの先輩との予定は!?」

「は!?」

目をキラキラさせてわくわく、という効果音でも付きそうな表情で夏樹が訊いてくる。

「あるわけないでしょ、付き合っても無いのに」

だいたい、相手は受験生だ。夏なんて忙しいに決まっている。

「えー! でも、美優仲良いじゃん! もうすぐ先輩の誕生日でしょう?」

「あぁ……。んーまあ? そうなんだよね」

先輩の誕生日は八月。合宿や夏祭りの時期に被ることの多い日だ。去年は合宿中に部員皆で祝ったっけ。

 八月生まれだから、名前は葉月。本当に、覚えやすい。

「何かしないの?」

「何かって?」

「もう一回告白とか!」

なんてタイムリーな!? と私は思った。

「しないよ。しない、しない」

私は笑って誤魔化す。

「一回フラれてるんだよ? 同じ相手に告白なんて。またフラれるだけだよ」

夏樹が話題を変える気配が無いので、なんとか目の前の親友を納得させなければならない。

「もし先輩が私を振ったことを忘れてたとしても相手は同じ人なんだから、結果も同じ。変わらないだろうね」

言ってハッとする。夏樹に先輩が私の告白を忘れてることを勘付かれたらどうしよう!? 

「確かに?」

勘付かれてはいないようだし、疑問形だが納得もしてくれたようだ。私はほっと胸を撫で下ろす。

 今実際に起こってるし、昨日も遅くまでその事について考えてたとはいえ、ぽろっと本当のことを溢してしまった。危ない、危ない。

「でも美優? 自分でそんなに望み薄な悲しいこと言わなくても……」

夏樹は半分呆れている。

「いやー。悲しいって言うか、そうでもないよ。告白してからのこんな短期間で好きになって貰えるほど私変わってないもん」

まだ三か月も経っていない。先輩の誕生日の頃にはギリギリ四か月くらいだ。

 フラれるでしょ、と笑いながら気付いた。

 ――私、こんなこと思ってたんだ。

 人と話していると、相手に伝えようと必死に考えるから、自分の中で悶々と考えるのとはまた違う考え方をする気がする。

 思わぬ方向に頭が整理されたり、自分はこんな風に思ってたんだと自覚させられることもしばしばだ。

 今だってそうだ。

 昨夜は悶々と「もう一回告白する」可能性について考えてた。でも、相手が同じで自分が変わったわけでも無いのだから結果は同じだと、心のどこかでわかっていたんだ。

「あーすっきりした!」

なんだかんだ一つ答えが出た。

「何が?」

私の急な宣言に夏樹はクスクス笑っている

 もうすぐ昼休みが終わる。午後の授業を二時間受けたら今日は帰るだけだ。今夜はよく眠れそうだ。



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