第14話

口唇に柔らかいものが優しく触れた気がした。

いつの間にか自分も眠ってしまっていたようだ。

もぞもぞと動く胸の上の重みに瞼を開けると、滲んだ視界の向こうの旭が顔を真っ赤にしてこちらを見つめていた。

旭の細い指が目尻をなぞる。俺は泣いているらしい。


「お前の泣き虫がうつったみたい」


「もう外真っ暗になっちゃいましたね」


「晩御飯だな」


「僕、お蕎麦食べたいです」


「うん、良いね」


ぼんやりと、眠る前の出来事を思い出す。

『愛』だなんて俺にも解らない。

今まで、誰かに、何かに愛情を抱いた事なんてあっただろうか。

以前旭に「愛している」と言った時には、外面だけ装っていたのだ。


「蕎麦……家で茹でようかな。まず鍋買うか」


旭が笑った。

目尻にしわが寄り、口角が緩やかに上がって可愛い。

顔を少し傾けると、頬にさらりと髪が流れた。

この気持ちが『愛』なのだろうか。

この、たまらなく、目の前の人間を、どうにかしてやりたいと思う気持ちはなんだろう。

この感情は、この子供に抱く感情として正しいのだろうか。


初めて自分で茹でた蕎麦の出来は上々だった。

まあ茹でるだけなんだけど、これからは少しづつ料理をしても良いかな、という気分にはなった。

旭が、「美味しい」と言ったから。

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