ルイと先生の事件簿

@yasuo310

第1話 ルイのイラつき

 八頭司やとうじルイ。22歳。鳳凰大学4回生。八頭身のすらりとした美人だ。目は二重だがチョピリ吊り上がりぎみだ。性格はきつめで男まさりだ。


「全くこの町はすかんわ」「チェ!何なのあれ、信じられない」心の中の小言が声に出そうになり、ルイは思わず口元を押えた。

 ブタのような顔をしたデブ女が二人。デカ腹を横に揺すり揺すりがに股で闊歩してきた。ルイは咄嗟に横にずれ道を譲ってしまった。

 妙にテンションを上げ、カン高い声で「ほんでさあ~フム、フムハッピン、だからさあ~フムハッピン」訳の分からない言葉を羅列し時々「ガハッハ...」と大口を開けて笑いあいルイの前を平然と通り過ぎていくのであった。

 「私たち最高よ...」とでも言うかのように・・・軽やかに体を揺すりストリートのど真ん中を堂々と闊歩してゆくのである。普通ならあんたら見たいな超デブの超ブスはストリートの端の方をうつむき加減に「私達はブスです・・・だからあんまり見ないで」と行くものだろうが・・・「ストリートのど真ん中をえらそうに闊歩するなよ!」これだけでもイラつくのに、デブの片一方のヤツは、胸元の大きく開いたブラウスを着て白カボチャ見たいな胸先の谷間をこれ見よがしに出して、おまけにそこへ右手を突込んで、パイずれしていて痒いのか、オッパイをかきむしりながら闊歩しているのだ。


 「信じられない!」

 「お前よお~、他人の目気にならないのか」

 「イヤー、本当にもう死ねよ~なあ~お前らよお~」

ルイは本気でイラつく。


 ルイのイラつきはこの町自体に・・・いやこの町のこの通り沿いに・・・ストリート(歩道)の片側には無造作に置かれた自転車、自転車。対面の片側にはストリートにはみ出す色とりどりの袖看板や立て看板。そしてやけに料理屋が多い、派手な色彩のラーメン屋、立食いそば屋に個人経営の中華屋だ。入口が開け放たれる度に油ぽい臭気が漂ってくる。そこからは雑多の者達が口に楊枝をくわえシーハー、シーハーと出て来る。

 闊歩する人々はゴム紐で腰の廻りを調整するパンツにスカートのオバタリアンとデブとジャージ姿のギャル共が多い。野郎たちはニッカポッカの職人と鼠色の作業服だ・・・みんなお揃いみたいにビトンの札入れを尻のポケットにねじ込んでいる。その合間を丸ぽちゃの禿げ頭の眼鏡親父が開襟シャツのすそをだらしなく出して、色あせた黒革のカバンを後生大事に抱きかかえ急ぎ通り過ぎていく。


 いやルイは別に体形や服装で職業で人を差別しているわけじゃない。体形や服装や職業なんて別にどうでも良い。実際ルイの服装もけっして褒められるもんじゃない・・・破けて膝小僧の出たダボダボのジーィンズに首回りが色あせたTシャツだ。

 ルイのイラつきの原因はどうも別の所にあるらしい。


 ルイは大通り(メインストリート)から右に折れ小露地に入る。

そこにはいくつかの籠皿が雛壇に並べられ季節の果物が載っていて、隣の棚段のケースには沢山の野菜類が鎮座した八百屋さんがある。

 ルイはその八百屋さんに立ち寄り禿げ頭にタオルの鉢巻きを巻いた親父さんからアンデスメロンを買った。禿げ頭の親父はルイがいつも果物をそれも全て超高級品を平然と買っていくので「お嬢さん暑くなりましたね、これは今日仕入れた中で一番の品ですよ、食べごろですよ、ありがとうございます」と顔に似合わない愛想笑いを浮かべていた。

 ルイはいつ頃から「お嬢さん」と呼ばれるようになったか気がつかなかったが、「ネイちゃん、ネエチャン」と呼ばれるより、また改まって「お客さん、お客さん」と呼ばれるより「お嬢さん」が何となくしっくりくるのでその都度笑顔を振りまき小首をかしげ相槌を打っていた。


 この八百屋の隣には4階建てのそれ程大きくない瀟洒(しょうしゃ)なビルが建っている,

そのビルの1階には花屋があり店頭一面に鉢植え用の可憐な花々が置かれていた。時々ルイはここで切り花を買った、たいていが白と紫系だ。

 その横の階段を上がった2階の正面壁面に(なんでも解決 的場探偵事務所)の看板がひっそりと掲げられていた。

 ルイが先生と呼ぶ・・・的場武の探偵事務所である。

このアンデスメロンは先生の大好物だ。ルイは先生が四等分したメロンを抱え込み小さなスプーンを忙しげに口に運ぶのを眺めているのがとっても好きだった。


 ルイがウキウキと2階への階段を上がりかけた時・・・


「なんだルイ、来てたのか」懐かしい声と「あら、ルイちゃんこんにちは」

甘ったるい声が露地横から届いた。


 途端にルイの表情が曇り・・・整った顔立ちの眉間に皺が寄り、口角が引き締まった。

それでもルイは素早く表情を戻し、イラつき語尾が甲高くなるのを無理やり押え 


「あら、春江さん先生と一緒だったの...お食事?」と平静を装った。


「ルイおいしかったぞ!ママの山形料理、*弁慶めし*だ。懐かしいお袋の味だ。今度またごちそうしてもらおう、ルイもどうだい」


「今度ね...春江さんの家で食べてきたの?」


・・・先生も先生だ、悪びれるそぶりもなくルイは本当にイラつく。

それでも「二人きりで食べたの・・・」その最後の言葉は口に出さず喉奥に飲み込んだ。それもつかぬ間、ルイの目が点になる。

春江さんと先生、真っ赤なお揃いのTシャツ、若作りのお揃いの真っ赤なTシャツなのだ!ペアールックだ。まだ腕まで組んでないので救われるが・・・・


「何!春江さん、先生、そのTシャツどうしたの?」

ルイは思わず叫んでしまった。


ママ(春江)はルイの声の中に嫉妬の色を感じたけれど、全く気づかないふりをして・・・「ああ~これ、真美ちゃんが買ってくれたのよ、この前蓮田公園の古着市に行ったんだって、いいのがあったからって二つ買って来てくれたのよ。武さんには私が無理やり頼んだのよ、せっかく真美ちゃんがプレゼントしてくれたのだから着ないとって…」


「いや~俺はこんなの嫌だって、若すぎるって言ったんだけど、ママがどうしても着ろって・・・いあ~まいった、まいった」・・・嬉し(笑)


鼻の下伸ばしてニャケテいやがる。それが嫌だって顔か!

全く先生も先生だ!本当に頭に来る。


 そうルイはこの町がこのストリートが、このストリートを闊歩する人々が嫌いな訳ではないのだ・・・この町に来ると、このストリートを通ると、何故か最後にはイライラして帰途につく事が多くなるのだ。だからルイはこの地に足を踏み入れると何故か途端にイライラし、見る物、聞くもの全てにイラつき当たり出してしまうのだった。


 ああ~、今日もまたルイのイラつき虫がおへその奥の方でクネクネと踊り出してしまった。踊り出してしまった。これも全て先生が悪い!先生が悪い!

ルイのイラつきは今日も続いていた。


*弁慶めし*

おにぎりに味噌を塗って焼き山形名産の青葉漬けを巻いて食べる。

焼いた味噌の香ばしさと青葉漬けのさわやかな辛みがマッチして食欲をそそる山形名産の家庭料理である。

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