第七章 3
第二世代の子供たちとの夕食を済ませて夫婦部屋へと戻った二体は、すぐに室内の変化に気づいた。二つのアンドロイド機体が、輸送台の上に固定されて置いてあったのだ。
夫も妻も、新たな機体を工場に発注した覚えはない。
怪訝に思いながら工場の製造履歴を参照しようとした夫の視覚センサーが、新たなアンドロイド機体の胸部に手紙がくっついているのを捉えた。
彼はすぐに参照を中止し、早歩きでアンドロイド機体の傍まで来て、その胸部に貼りつけられた手紙を手に取って開封した。
「手書きの手紙とは、面白いことをするな。読もう」
妻は夫に寄り添って、彼の手元にある手紙を覗き込んだ。
親愛なる、我らが両親へ。
急な出立になってしまったことを申し訳なく思っています。
私たちの身を案じるあまり、地上進出を阻止するかもしれないと思い、当日に計画を打ち明けるという形を取らせてもらいました。
父さんと母さんに対しても、第二世代に対しても、酷なことをしてしまったことをお許しください。
こうやって地上を目指せるのも、父さんと母さんのおかげです。感謝しています。遺書のような内容になってしまうのは嫌なので、これ以上の感謝の言葉は、地上進出に成功して、凱旋したときに伝えさせてください。
夫婦部屋に届けたプレゼントを気に入ってもらえたでしょうか。
アトヴァーガの製造と平行して、父さんと母さんのために新たなアンドロイド機体を製造したんです。
父さんには、母さんとお揃いのアンドロイド機体を作りました。
父さんの頭部に映し出される顔を再現してあります。換装は、父さんの主要部品が詰まっている胸部と腹部のパーツを、そのまま移すだけで済みます。
母さん用の機体は、見た目こそ変わりませんが、耐熱性能を段違いに向上させてあります。
昔、融解掘削機の熱で苦労したと聞いていたので、耐熱を重視した外装を研究開発したんです。
真空状態の隔壁内で電磁浮遊させて接地点をなくす断熱技術を用いた上に、液体ヘリウムを利用した冷却機構を小型化して、いくつも組み込みました。
主要部品は電磁浮遊技術を利用した真空断熱層で守られるので、たとえ外装が溶けたとしても平気だと思います。
これからも掘削する機会があると思いますし、きっと喜んでもらえると思って、みんなで頑張って作りました。
断熱層を可能な限り重ねた、特製の耐熱機体です。ロボット兵の戦闘機体よりも耐熱性能が高いんですよ。すごいでしょう?
いくら熱に強くなったと言っても、擬似皮膚、擬似頭髪は溶けてしまいます。そこで、擬似皮膚の着脱機を壁に設置しました。これを使えば、あっと言う間に擬似皮膚を着脱できます。
もし、それが嫌ならば、念のために作っておいた新しい耐熱服を着込んでください。
両方の機体には、レーダーや修復機構などのロボット兵向け機能を流用しています。掘削作業に有効活用できると思います。
私たちが国境を越え、世界を味方につけてから帰還したときには、この新たな機体で出迎えてくださいね。
それでは、帰る日を楽しみにしていてください。
少しの間、さようなら。行ってきます。
映画よりも面白いものを見てくるね。ソーフィアより。
新しいアンドロイド機体を大事にして。はしゃぎ過ぎて壊さないように。ニコライより。
家では、たくさんのことを学びました。それを活かしてきます。オリガより。
僕の部屋に二人の肖像画があるから、回収して飾ってね。マラートより。
父さん、母さん。新たな機体で、新たな人生を楽しんで! アレクセイより。
外の世界で生きる動物や植物を、いっぱい観察してきます。エカテリーナより。
手紙の最後に書き添えられた個々の言葉が、両親を一段と喜ばせた。
新たなアンドロイド機体をプレゼントされたことも嬉しかったが、やはり、愛する家族からの手紙には格別の価値があった。人間も機械も、我が子から直筆の手紙を貰う喜びに差異はない。
「見ろ、妻よ。子供たちの言葉には、それぞれの個性がそのまま反映されている。特に、ニコライの文章が面白いぞ。これは、彼が幼かった頃に、私がよく言っていた台詞だ」
妻は渡された手紙を受け取ると、青白く細い指先で子供たちの字をなぞりながら読み込んだ。
普段はよくしゃべる彼女だが、この時ばかりは無言になり、何度も何度も手紙を黙読した。
夫は気を遣い、
しばらくして、やっと手紙から視覚センサーを離した妻が、夫に話しかけた。
「何度読んでも、素敵な手紙です。プレゼントの出来はどうです?」
「無論、上出来だ。このアンドロイド機体に換装した私は、きっと、いや必ず、きみの隣がよく似合う。これで、名実ともに夫婦となれるだろう。粋なことをしてくれる」
嬉しそうに語る夫を見て、妻も同じように笑顔を作って答えた。
「ええ、素敵ですね。早く換装したいと思っているのでしょうが、ごめんなさい、それはまだ許可できません。まずは、提出された計画書のとおり、あの子達が空けた穴によって破損した擬装帯が正しく修復されているかを確認しなければなりません。遠隔検査の結果は問題なしと出ていますが、やはり直接確認をしなければ安心できません」
「早く換装したくてたまらないんだが、こればかりは仕方ないか。よし、彼らの旅の第一段階成功を祝しながら、確認作業をするとしよう。半日経っても戻ってこないということは、掘削が順調であることの証拠だ。あの子達は、とてもうまくやっている。我々も力を尽くして、擬装帯の目視確認をしよう」
父の予想どおり、地上へ向かった第一世代の旅は、この上なく順調だった。
彼らは、装甲車内部に三つ繋がって並んでいる球形の居住空間に分乗し、潜水艦乗りのような心持ちで計器から目を離さずに、手動で掘削作業を実行している。
長年に渡って議長役を務めていた功績を買われてリーダーに推薦されたオリガが、脳神経インプラント上で計器の数値を確認し、全てを監督しながら掘削の指揮を執っている。
地下十八キロメートルで、オリガは掘削をやめるように指示し、装甲車を一旦停車させた。シェルター全体を包むようにして埋設されている擬装帯の手前に到達したからだ。
オリガは、先端に小さな分子構築機が付いている紐状アームを装甲車の前部から伸ばすように指示し、それをアトヴァーガに操作させて、擬装帯を慎重に切り離しながら掘り進む。
擬装帯の切れ込みを通り抜けると同時に、今度は紐状アームを後ろに回して、先ほどとは逆に、分子構築機によって擬装帯の切り口を丁寧に修復した。
これで、敵国からシェルターを探知されることはない。
繊細な作業を見事に成功させた第一世代と、その子供と言うべき一体のアンドロイドは、擬装帯を数回に渡って検査し、残された両親と第二世代の身に危険が及ばないように万全の修復を施してから、旅を再開した。
第一世代の六人が設計した新型掘削機は、従来のものよりも素早く岩盤を溶かし抉っていった。
彼らは自動運転機能を使用せず、何度も運転を交代しながら、地下十五キロメートル、地下十二キロメートル、地下八キロメートル、地下五キロメートル、地下一キロメートルと、長い時間をかけて地上へと近づいていく。
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