第二章 16

 二二三五年、五月。



 電磁浮遊運搬台によって運ばれてきた、各種研究機材、自動手術台、血液生成機、臓器生成機、万能細胞を使用する外傷治療機、そして胎児保育器が、二体の手によって然るべき場所に設置され、ベロボーグ計画の要を担う第五階層の研究・医療施設が、ついに完成した。




 夫婦は胎児保育室で機材の設置作業を追え、やっと完成した部屋を見渡した。


 胎児保育室は、直径四十メートルの円形部屋で、他の部屋とは離れた場所に位置している。新生ロシア人を大量生産する必要が生じた場合に、速やかに拡張できるように余地を残しておくためだ。


 壁際には五十基の家畜用胎児保育器が並び、部屋の中心には、水族館にあるような柱型の展示用水槽によく似た人間用胎児保育器が二十基ほど密集して立ち並んでおり、その横には、透明な箱が載せられた給仕台のような新生児保育器が設置されている。


 部屋には胎児保育器以外のものは一切設置されておらず、人間用胎児保育器を増設するためにけてある余地の広さと相まって、閑散を通り越して空虚な空間をかもしている。


 家畜用の胎児保育器は、長さ一メートル八十センチ、直径一メートル二十センチの透明で頑丈なポリカーボネートでコーティングされた強化ガラス筒と、その左側に一体化している生命維持装置から構成され、床の上に横倒しする形で設置されている。


 人間用の胎児保育器は、同じく透明で頑丈なポリカーボネートでコーティングされた直径七十センチの強化ガラス筒と、その上部に一体化している生命維持装置で構成されていて、まるで透明な柱のように、胎児保育室の中心に立ち並んでいる。






 最後の家畜用胎児保育器の配線を確認し終えた妻が、隣に立つ夫に工程を説明する。


「二ヶ月ほど前に説明したとおり、新生ロシア人を生産する前に、家畜と作物の生産を開始します。まずは食糧供給体制を整えておかなければなりませんからね」


「では、家畜用の胎児保育器を起動する。マニュアルは読み込んであるので問題ない」


 夫はそう言うと、背後の壁際に設置されている家畜用胎児保育器の前に移動して、ホログラム表示された操作画面に触れて起動させると、浴槽ほどの大きさの強化ガラス筒に、わずかに黄色がかった培養液が注入され始めた。


 夫が全ての胎児保育器を起動し終えると、妻が遠隔操作をして、生産する家畜の設定を入力する。


 胎児保育器はシェルターのメインコンピュータに接続して、それぞれ設定された各種家畜の遺伝情報を読み込み、自然な交配を再現するためのクローン子宮の作成を開始した。


 細胞分裂を加速されたクローン子宮は、一週間後には成熟し、安定乾燥保存されていた卵子と精子によって作り出された受精卵が子宮に納められ、無事に着床を完了する予定だ。出産までは生命維持装置が監視し、不測の事態に備える。




 夫婦は人工授精された家畜が誕生するのを待つ間、第三階層の栽培場であらゆる作物を作付さくつけし、その後、いち早く誕生した鶏の卵を孵化ふか器に移した。以降、新たに誕生した有精卵を孵化器に移す作業に従事しながら、各家畜の成育状態を確認する日々を過ごす。

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