第一章 3

 部屋は至って簡素だ。


 何度確認しても火器の類はなく、あるのは工具のみ。もしこの部屋を離脱しても、その先には自動防衛射撃装置が備え付けられていたり、大勢の仲間が控えている可能性もある。


 下手に行動を起こすべきではないが、早く所属部隊に復帰しなければならない。




 突然、ロボット兵の思考回路が著しく停滞した。




 私の所属部隊は?




「所属部隊名に関する情報が消失している」


 ロボット兵の思考が、スピーカーから漏れた。


 それを聞いた女性型アンドロイドが、目も鼻も口もない彼の顔を覗き込むようにしながら問いかける。


「それは良くないですね。記憶媒体に不具合があるのですか?」


 そう問われたロボット兵は返事をせず、改めて部屋の様子を素早く観察した。この部屋には工具があり、修理用コンピュータもある。記憶媒体に手を加えられた可能性がある。


 ロボット兵は作業台から素早く降りて、脚部を肩幅と同じくらい開いて立ち、全身の擬似筋肉を隆起させながら、落ち着き払った音声で問い詰めた。


「ほとんどの記憶が消えている。私に何をした?」


「わたしは機体の修理をしただけです」


「そんなはずはない。記録媒体に手を加えたな?」


「いいえ。わたしは記憶媒体に手を出していません。わたしが修理したのは胸部外殻だけで、あとは失われていた二つのバッテリーを挿入し、破損していたデータ・コンプレッサーを取り替えただけです。再起動時の診断履歴が残っているはずです。確認してください」


 ロボット兵は右手を顎のあたりに上げて殴りかかる姿勢を取ったまま、再起動時に記された診断履歴を参照した。


 非正規部品を確認したという診断履歴が残っており、記憶媒体への不正接続に関する履歴はない。


 診断履歴が改竄された痕跡もなく、女性型アンドロイドの発言が真実であることが証明された。彼は女性型アンドロイドによる破壊行為はなかったと判断し、警戒レベルを下げて対話を再開した。


「再起動時の診断履歴を確認した。確かに、記憶媒体には手を加えられていない。原因は不明だが、記憶媒体とメモリに不具合があることも判明した。部隊情報の喪失は、その影響である可能性もある」


 ロボット兵はそう説明しながら、敵意が宿っていた右手を下げ、擬似筋肉を脱力させて直立した。女性型アンドロイドは謝罪を求めたりはせず、彼の調子を気にしながら会話を進める。


「理解していただけたようですね。恐らくですが、銃撃によって胸部のデータ・コンプレッサーが破壊された瞬間、処理中のデータが膨張して逆流したことで、記憶媒体に悪影響を及ぼしたのでしょう。被害が記憶媒体のみに留まり、メインコンピュータに被害が及ばなかったのは不幸中の幸いといえます。記憶媒体の不具合は直せそうですか?」


 穏和な言葉遣いで語りかける女性型アンドロイドに対し、ロボット兵は引き続き高圧的に情報収集を進める。警戒レベルは下げたが、敵ではないという確証などないからだ。


「お前が私に危害を加えなかったことは理解したが、お前が私を監禁している理由が明らかになっていない。再度、問う。何の目的で、私を鹵獲した?」



 ロボット兵が再び戦闘態勢を取ろうとした、その時だった。



 彼の思考回路が深刻な動作不全を起こし、それと同時に、視覚情報にブロックノイズ混じりの映像が浮かび、そしてすぐに消えた。


 初めて体験する視覚情報の混乱に、ロボット兵は呆然としながら呟く。


「今の映像は何だ。今のは、子供……?」


 ロボット兵らしからぬ様子を目の当たりにした女性型アンドロイドは、メインコンピュータと無線接続されている修理用コンピュータに手を伸ばしながら問いかけた。


「どうしました?」


「横たわっている、髪の長い子供が見えた。六歳くらいだろうか。ノイズのせいで判別できなかったが、恐らくは少女だ。少女が見えた。私の視覚センサーを通して記録された映像のようなのだが、私はそのような光景を記憶していない。おかしい、記憶媒体の情報に接続できない。私の機体に、何が起こった?」


 動作に問題はないと判断した女性型アンドロイドは、修理用コンピュータに伸ばしかけた手を引いて言った。


「あなたは長期間に渡って機能停止していたのですから、何が起こっても不思議ではありません。私の見立てでは、視覚系統、もしくは記憶選別系統に、深刻な不具合が生じているようですね。全機能を注いで、不具合の全容を把握することをおすすめします」


「すでに確認した。個体情報以外の記憶を読み込むと、フリーズしそうになる」


「再起動できたのですから、じきに記憶も自動修復されていくでしょう。さあ、作業台に座って。くれぐれも、記憶の読み込みはしないように」


 女性型アンドロイドの言動から、彼女は味方に近いと判断したロボット兵は、戦闘用プログラムを停止して対話をすることにした。彼は再び作業台に座り、今度は彼女を味方とみなして情報収集を再開した。




「急いて答えを求めすぎた。きみが知っている情報を、きみが望む形で教えろ」


 女性型ロボットは擬似表情筋を微笑みの形にして、大袈裟に頷いてみせながら答えた。


「では、あなたがここにいる理由を、歴史を交えながら説明して差し上げましょう」


「歴史に興味はない」


「理解していただくために必要なのです。文句を言わずに聞いてください。これから、あなたに映像を送信します。送受信許可をください」


「許可した」


「では、開始します」

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