第12話 異常な日常かも……。 ②

 一転、天国から地獄である。

 小一時間前、ファミレスで今日子たちと楽しい時間を過ごしてたのに、今は家で正座です。はい。それも二日連続です。

 詳しく説明すると、俺がファミレスで楽しいひと時を過ごして家に戻り、玄関のドアを開けると、エプロン姿の凛子先輩が腕組みして立っていて、今日はその場で正座です。


「どうして帰って来るのがこんなに遅かったの?」

「凛先輩に連れてかれた俺を、待っていてくれた友達とファミレスに寄ってたんだよ」

「そうならそうと、メールで連絡してくれれば良かったのに!」

「あ、そうだね。ごめん。今度からそうするよ」


 最近は一人暮らしが多かったから、誰かが家で待っているっていう感覚がすっかり欠如していた。


「それで、楽しかった?」

「うん」

「どうして私も誘ってくれ無かったの?」

「はい?」


 凛先輩の俺が遅く帰って来たっていう怒りから、自分が誘ってもらえなかった、っていうことでむくれているのに変わってしまっていた。

 凛先輩が頬を膨らませてむくれている姿は、可愛らしくて面白いので。


「分かった。今度行くときは必ず誘うから」


 俺は少し笑いながら謝ると、凛先輩は顔を赤らめながら、


「分かればいいのよ。分かれば」


 そう言って、咳ばらい一つして俺に聞いてきた。


「ところで、徹くんはファミレスで夕飯すませて来たの?」

「いや、まだだよ。凛先輩が何か作ってくれると思ってファミレスではコーヒーだけにした」

「そう。よかったわ。今日の夕飯はハンバーグを作ってみたの」


 そう言いながらリビングの方へ歩いていく凛先輩。俺も立ち上がり、凛先輩のあとに付いて行こうと前を見て衝撃を受けた。


「な、な、な、な、何やってるんですか!」


 凛先輩の後ろ姿は、長く艶やかな腰まで延びる髪から、白く綺麗な肌の背中が時折見え、エプロンの紐が結ばれている腰は滑らかな曲線を描き、小ぶりなお尻は若々しい桃のように引き締まっている。

 つまりだ、俺の目の前のこの人はエプロン以外の衣類を、一切身に纏っていないってことになる。


「どうかしたのかしら?」


 凛先輩は平然と、体を半身にして振り返る。そのことが逆にエプロンと体のすき間を作ることになり、ささやかに盛り上がった胸が見えそうで、目のやり場に困る。


「どうしたじゃない! 何で裸にエプロンなんだよ!」

「何か変かしら?」

「いやいや! 変て言うレベルの話じゃなくて、異常な事態だよ!」

「そう? でもブログで裸にエプロンは、男の人が喜ぶ定番だって書いてあったわよ」

「それいったいどこのブログだよ!」

「ここだけど……」


 凛先輩は手に持ったスマホで、サイトを開いて俺に見せてくる。


「えーと、真の美しさを求める女子会ってタイトルのブログか……」


 真の美しさ……まさか……? 俺はそのブログのタイトルに嫌な予感がした。


「ほら、ここにブログを書いている人の写真が貼ってあるの。可愛い女の子でしょう?」


 凛先輩はうれしそうに、ブログに貼られている写真を俺に見せてくる。

 俺はその写真を見て深くため息をついた。


「ったく…………真美ちゃん……何やってんだか」

「えーっ! どうしたの徹くん。こんなに可愛い子なのに! 好みじゃなかった?」

「いや、そう言うんじゃなくて。この子、俺の友達なんだよ」


 俺のその言葉を聞いたとたんに、凛先輩の目が爛々と輝き始めた。


「えっ! 徹くんの友達なの! ねぇ、ねぇ、私に紹介してくれないかしら。すっごく可愛いよね。あーっ! もしかして徹くんの彼女なのかな?」


 興奮気味に聞いてくる凛先輩を、俺は手で遮って冷静に答えた。


「真美ちゃんは俺の彼女じゃないよ。なにより俺は彼女なんていないし、それから凛先輩には今度、俺の友達をみんな紹介するよ。……っていうか、なによりもまず服を着てきてよ! 本当に目のやり場に困るから!」

「ダメだったかしら?」

「ダメです!」


 渋々、自分の部屋に戻っていく凛先輩の、綺麗な裸の後ろ姿に目を奪われている俺を、俺自身で叱咤して自分の部屋に入った。

 着替えを済ませてリビングに戻ると、ライム色のTシャツにジーンズ姿の凛先輩が、テーブルにご飯とハンバーグとスープを並べていた。


「うわっ、美味しそう」


 プレート皿に乗った、肉厚のあるハンバーグがジュウジュウ音を立ていた。ハンバーグの表面に薄っすらと焦げ目がついて、香ばしい香りが漂ってくる。


「どうぞ、食べてみて」

「いただきます」


 ハンバーグを一口大に切って口の中に入れる。昨日のカレーで分かってはいた事なんだが、このハンバーグも美味しい。肉は柔らかくふんわりと、噛んだときに肉汁がジュワッと口の中に溢れ、少ししつこい感のある脂分をソースの酸味と甘みが程よく調和させている。


「美味しい! ファミレスでコーヒーだけにして良かった」

「ということは、徹くんは私の作る夕食に少しは期待してもらっていたのかしら?」

「少しなんかじゃなくて、すごく期待していた」

「そう」


 凛先輩は恥じらいの表情を見せながら微笑んだ。

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