第10話 事件は降りかかってくるもの ③
だから羽多野くんって呼んで欲しいって言ったのに……俺は自分のクラスに向かいながらさっきの光景を思い出していた。
生徒会役員の人達は、凛先輩が俺の事を徹くんって呼んだ事をどう思ったんだろうか? 何より凛先輩と付き合っているって言われてる、生徒会長の岡田先輩はどう思っただろうか?
怒っているんだろうな。
そりゃ自分の付き合っている女の子が、自分の知らない男の子の事を名前で呼んでたらいい気はしないもんな。
しかし、あれは何だったんだろうか?
俺はノートパソコンの画面の中で点滅していた文字を思い出していた。
『生徒会長岡田の不正を暴け』
いったいどういうことなのだろう? 生徒会長が不正をしているって事なのか?
それより何より、どうして俺のノートパソコンにあんな画面が映し出されたんだ?
わからない事だらけで、腕を組んで首をひねりながら廊下を歩いていた俺に、正面から重量感のあるものが飛びついてきた。
「うわっ!」
今日子が正面から俺に抱きついてきたのだ。
「ちょ、ちょっと、今日子……」
今日子は俺の首に手を巻きつけて完全に密着した状態になっている。おかげで前に組んだ俺の手に柔らかい二つの双丘が押し付けられてるし、顔は息がかかるくらいに近いしでなんともいえない気持ちよさといたたまれなさが同居している。
「今日子ちゃんは徹の事すごく心配していたんだぜ」
声のする方に目をやるとにっこり笑っている昌がいて、その隣にこくこくと顔を上下させてうなづいている真美ちゃんがいた。
教室を見渡すと他に生徒は無く、三人が俺の事を心配して残ってくれたのが分かった。
俺は今日子をやんわりと離す。
「ありがとうな。待っててくれて」
「ばか!」
今日子は顔を真っ赤にしてうつむきながら小声で言った。
「ちょっと生徒会の仕事を手伝ってて言われてさ……」
「ばか!」
今度は俺の顔を涙目で見て怒る。
「えっと……」
困った俺は昌を見て助けを求める。
「ったく、しょうがねえな。ファミレスで話し聞かせてもらうからな徹!もちろんお前のおごりでな!」
「了解」
「で、いいよな。今日子ちゃん」
「うん」
ようやく機嫌を直した今日子を見てほっとして、みんな自分の机に戻って帰り支度を始めた。
俺は前の席で帰り支度をしている昌に、他の二人に聞こえ無いように言った。
「ありがとう」
「今日子ちゃんにあんまり心配かけるなよな」
「うん。でも別に何か悪いことをして呼ばれたんじゃ無いんだぜ」
「いや、そういう意味じゃなくて、白石先輩と一緒に行ったって事がさ…………ん? ……まあいいか、お前に言ってもわかんないだろうしな」
「なんだよ、それ」
物知り顔で話す昌に少しムッとした俺だが、これだけは言っておかなきゃならなかった。
「昌も真美ちゃんも待っててくれたんだろ。ありがとう」
「まあな」
昌は少し照れたそぶりをしていたが、すぐに真顔になって教室の前の入り口に目をやった。
「でも、待っていたのは俺たちだけじゃないんだよな」
俺も昌の見ている方に目をやると、そこにはさっきまでいなかったはずの徳井が教室から出て行くところだった。
「徳井のやつ、さっきから教室を出たり入ったりしてたんだ。当然お前を待ってたわけじゃないだろうけどな」
「狙いは今日子か?」
「だろうな」
俺は今日子の方を見た。真美ちゃんとにこやかに話しながら帰り支度をしている。俺が見ているのに気づいた今日子は、顔を赤らめながら少し怒ったような声で言った。
「何よ……」
「いや……なんにも……」
「さっさと帰るわよ! 徹!」
今日子は徳井のことを気にかけている様子も無く。俺は幼なじみとして、もし今日子に何かあったらすぐに駆けつけて守ってやると心に決めた。
空が茜色に染まり、窓から入る陽の光が机や椅子の影を壁あたりまで延ばしている教室を俺たちは後にした。
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